5.ハレルヤ!祝福すべき彼の日よ!

しろわん第26回参加作品。テーマ『幸せが始まる日』


 きっと俺の人生は、本当ならば幸せな部類に入るのだろう。


 いつも通りに決まった時間に起床して、いつもと同じ電車に乗って学校へ向かう。遅くもなく、早くもない時間に教室にたどり着く。そしていつもと同じように中に入って――


 「ん?」


 珍しい。教室の引き戸が閉められていた。別にだからなんだということだが、いつもと違うということは気になってしまうだろう。それにいくら手袋越しとはいえ、極力何にも触れたくなかった。いつも触らなくていいものに、触らなくてはいけないなんて、朝から気が滅入る。誰かが来るまでここで立っているかと一瞬考えたが、間抜けすぎるのですぐにやめることにする。肺に溜まった息を吐いて、教室の引き戸を開ける。


 「剛力たんじょーびおめでとー!」


 教室に入ったと同時に、パンと乾いた音が自分へ向けられた。突然のことに理解が追い付かず、なんのリアクションも取れずに目を丸くしていると、友達の一人が何やらたすきを持ってこちらへ駆け寄ってきた。


 「剛力、ハピバ! ハピバだって!」

 「う、わ」


 有無を言わさずに勢いのままに友達にたすきをかけられて、クラスメイトが揃って拍手をする。たすきには『本日の主役』と書かれていて、ようやく俺は今日が自分の誕生日で、それを祝われていることに気付いた。先程の音は、おそらくクラッカーの音だろう。


 「つーわけでプレゼント!」


 ラッピングされた袋を差し出される。俺はそれを受けることに少しためらったが、断るなんて失礼なことはできない。だから触れる手の面積を極力少なくなるようにしてそれを受け取った。


 「ありがとう。中、見ていいか?」


 重量的にはそんなに重くはないし、何やら箱状のものがいくつか入っているようだ。


 「いつも手袋はめてっからさ、石鹸とかどうかなって」

 「俺が潔癖っていいたいのかよ」

 「だってさ~」

 「おい、これ全部石鹸とかまじか」


 こんなたくさん使えねぇよ、と笑って言う。


 「一生をかけて使ってくれよ!」

 「お前らなぁ」


 他愛のない会話をしながら、自席へと歩いていく。

 誕生日は好きだ。こんな俺でも好きなのだ、きっと嫌いなやつなんていないだろう。


「ありがとう。今日は最高の日だよ」


 心の底から笑って礼を言えば、「来月は俺の頼むぞ!」と友達の一人がちゃっかりとしたことを言った。



 授業が終われば、寄り道をすることなく帰宅する。静かな部屋に、返事のないただいまが響く。玄関に乱暴に荷物を置き、プレゼントだけを持って洗面所へ行く。

 手袋をしたたまま蛇口をひねり水を出す。そして袋から石鹸を一つ取り出し、開封してからようやく手袋を取った。大丈夫、きっと大丈夫。自分を励ましながら石鹸を掴んで流れる水にその手を突っ込む。挟んだ手で石鹸を擦れば、すぐに泡が立った。

 ほら、大丈夫だった。

 ダイヤモンドにならなかったことに安堵し、石鹸が滑り落ちないように気を付けながら箱の上に置く。そして手に付いた泡をすべて落とせば、石鹸で洗えたことで手がさっぱりとして気持ちがよかった。明日もこれを使おう。それで使いきったら、また別の石鹸を使おう。

 まず何も置いていなかった石鹸置きに使った石鹸を置こう。そして先程の使った石鹸に手を伸ばせば、拳ほどの大きさのダイヤモンドがあった。


 「はは……。やっぱり、そうだよな」


 ごめん。せっかくもらったのに、一回しか使えなかったよ。心中で友達に謝りながら、ダイヤモンドを持ってリビングへ行く。ローテーブルにダイヤモンドを置き、近くの引き出しに入れていハンマーを取り出した。


 「仕方がない。仕方がないんだ」


 ハンマーを振り上げて、思い切りダイヤモンドへ向けて叩き落とす。必死に、何度もダイヤモンドを叩けば、疲れを感じる頃にはダイヤモンドは粉々になっていた。泣きそうになりながら、ゴミ箱にダイヤモンドを捨てる。

 友達だけでなくクラスメイトの全員が誕生日を祝ってくれて、プレゼントまでくれる。プレゼントも、俺のことをよく考えて選んでくれたやつだ。きっと俺の人生は、本当ならば幸せな部類に入るのだろう。なのにこのきら星のように輝くゴミが、そんなわけがないと自己中心的に否定する。こんな気持ちになったのは、久しぶりだった。今日は最高の日だったのに、こんな日はなければいいと思わずにはいられない。

 けれども誕生日は好きだ。だって誕生日は――


 「それで、お前はいつ死ぬんだ?」


 ゆっくりと、それでも確実に自分の死に近付いている証だから。

 

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