4.青空に煌めくゴミカス
しろわん第23回
テーマ『呼吸困難な光の下で』
――暑い。
通気性の悪い制服で、炎天下の中で汗だくになりながら自転車を漕ぐ。風を切って走っているのに、その風は熱風でさらに体を火照らせる。署についたら、真っ先に水を飲もう。本当はどこかコンビニに寄って飲み物を買いたい。でもそれができないのは、市民の目があるからとかではなく、単純に今は財布を持っていないからだ。
暑さでめまいがしてきた。もうすぐ署だから、大丈夫、俺なら頑張れる。これぐらいの我慢は、我慢にもならない。
赤信号だ。自転車を停止させた俺は、灼熱の中で信号が変わるのを待つ。上からも下からも、焼けるような熱が体を蝕む。熱中症になりかけているのだろうか、息が苦しくなってきた。浅い呼吸を繰り返しながら、これはまずいと判断する。たしか近くに公園があったはすだ。そこで水でも飲もう。もうろうとする意識をかき分けて、公園の場所を思い出す。そしておぼつかない足取りで自転車を押しながら、俺は公園へ向かった。
さすがにこの暑さだ、公園には誰もいなかった。いつもなら遊具で遊んでいる子供も、ベンチでぼうっと虚空を見ている青年も、犬の散歩をしている人もいない。皆涼しい室内にいるのだろう。それが正しいし、そうであってほしいと願う。
それに誰もいないのは、俺にとって好都合だった。
人の目が完全にないのなら、少し行儀が悪いが顔を洗いたい。ハンカチは持っているので、濡れた顔はすぐに拭ける。
公園の入り口に自転車を停めて、一目散に水飲み場へと向かう。誰もいないとは言ったけど、いつ人が来るかもわからない。だから早急に済まさなくてはならないのだ。灼熱の中で先程よりも大粒の汗をかきながら走っていけば、広場の隅に設置されている水飲み場にはすぐ着いた。まずは顔を……と思いスピンドルへ触れて、自分が手袋を着けたままだったことに気付く。
「……」
ここで手袋を外すのが、当然なのだろう。しかしそれすらもためらってしまうのは、一重にこの『能力』のせいだ。無作為に、無意識に、触れたものをダイヤモンドにする能力。今だって、手袋を取って蛇口に触れたら、金属の蛇口はダイヤモンドに変わってしまうかもしれない。俺はそれが、どうしようもないほどに怖かった。
怖い、暑い、苦しい、暑い――息が、止まりそうだ。
このままでは死んでしまう。そう思うと働かない意識で、手袋を外してスピンドルを捻っていた。あぁ、俺は何をしているんだ。何かをダイヤモンドにしてしまうぐらいなら自分が死ぬほうがマシなのに、俺は自分の命を優先させてしまった。
けれど幸運なことに、触れた場所はダイヤモンドにならなかった。水道管を通って、蛇口から水が勢いよく出てくる。よかった、と俺は二重の意味で安堵する。
早く顔を洗って、水を飲もう。そして、署へ向かわなければ。
吹き出る水を、素手で受け止める。かなり温いが、それでも外気よりは冷たい。
目を閉じて、顔に水をかけようとした。
「……?」
なのに、なにも顔に当たらない。水を手で上手く受け止められていなかったのだろうか? ゆっくりと目を開ければ、俺の手のひらには飛沫の形をしたダイヤモンドがあった。
「ひっ!」
最悪の光景に怯んだ俺は、手のひらにあるダイヤモンドを落としてしまった。隠さなければ、壊さなければ。誰かにみつかる前に、この忌々しい存在を消さなければ!
砂の地面に転がるダイヤモンドをつかみ、制服のズボンへと入れる。念のため周囲を見回すが、人がいるような気配はない。手袋をつけて、俺は本来の目的であった水を飲むこをせずに、公園の出口に置いてある自転車のもとへ走って戻った。そして公園から逃げるように、自転車を走らせた。
公務中であるにも関わらず、家に戻った俺はリビングに置いてあるハンマーを手に取った。そして高く振りかざし、ポケットから出してテーブルの上に置いたダイヤモンドへと鎚を打ち付ける。衝撃には弱いダイヤモンドは、すぐに粉々になった。それでも俺は安心できなくて、砂のような粒子になるまで何度もダイヤモンドを砕く。
すべてが終わった頃には、汗すら流れなくなっていた。震える手でダイヤモンドを集めてゴミ箱へ捨てると、全身の力が抜けてしまい、俺はその場に座り込んでしまった。
苦しい。息が上手くできない。乱反射して部屋の中へとさしこむ太陽の光が、室内でさらに反射を重ねて俺へと降り注ぐ。
「……暑い」
どうせなら、このまま呼吸ができなくなり死んでしまえばいい。
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