第3話 僕の記憶

 僕の母はちょっと遠いところにいる。

 母は断言できるほど、常人だ。

 それなのに父は捨てた。

 理解できなかった。

 でもそれでも僕は家族を守ってきた。

 必死に。

 料理を作るのも、毎日学校に通っていたのも僕が母から認められるため。

「そろそろ学校へ行かなくちゃ」

 湊が呟くと、警官が困ったように眉根を寄せる。

「君は重要参考人だ。学校は休みだよ」

「そう、なのですね……」

「で。母親は?」

 警官は別の警官とやりとりを始める。

「なにぃ!?」

「どうしたのですか?」

 湊は驚いたような顔をして警官を見る。

「いや、なんでもない。お昼は何か食べたいものあるか?」

「ええと。なんでもいいです」

 病気じゃなければ、いい子なのかもしれない。

 警官は取り調べ室から出ると、他の警官へと話しかける。

「で、あの子の母は本当に記憶にないのか?」

「はい。精神的な病気で、記憶が飛んでいるそうです。それもかなり昔まで。今は子どもを産んだことすら覚えていない、らしいです……」

「じゃあ、あの子はどうすればいい?」

「児童養護施設ですかね。しかたないでしょう?」

 苦々しい顔になる警官。

「あの状態だと友達はできそうにない、な……」

 あの精神状態では……。

 でもそれしかない。

 数日後、湊は養護施設へ身柄を渡した。

「父と兄の料理は大丈夫なのですか?」

「ああ。母がなんとかしてくれる」

「そっか。安心ですね」

 湊と警官のやりとりを終えると、湊は施設に預けられた。

 毎日のように家族を思い、生きている。

 薬物を抜いたせいで、全身が切り刻まれるような痛みを訴えているという。

 身体中からにじみ出る脂汗。額を血が滲むほど、こすったりしているそうだ。

 警察と病院、それに児童養護施設の連携によりなんとか成り立っている湊。

 彼がまともになり、社会人になったのは十二年後のことだった。


 自分のルートを探すために記憶を頼りに家族の元へと向かう。

 自宅に行くと、そこは綺麗に片付いていた。

 そこに兄も父もいない。もちろん母も。

 俺は残っていたベッドの上に身を任せ、まどろみに任せて瞼を落とす。

 兄の葬儀にも間に合わなかった。

 ショックが大きく、俺はその場で目覚ます。

「ここは、どこ……?」

 洗面所で血で塗れた手を洗おうとする。

 鏡を見ると、僕は想う。

「これ誰? 僕?」

 割れた鏡に映る僕はすべてを忘れていた。

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