僕の神様

生焼け海鵜

第1話

「ねぇ赤赤さま? どうして居るの?」 


 赤。閼伽あか。赫。


 私は今、河原そんな場所で焚火をしている。立ち昇っていく煙は薄れ消え、空は息を吐くように光度を落とした。そして最後は空の深海を私が泳ぐ事になる。


 瓶箱に座り火を突く私。火は答えるようにパチパチと音を立てて鳴いた。まるで雄雌モザイクを笑うかのように。手招きして抱き寄せるように。


 性別とは何なのだろうか? 姿形違う物なのだろうか? 雌雄モザイクの私。

 厳密には、私は生物学上の雌となる。しかし、その現実を受け入れる事が出来ない。


 容姿は良いと言われた。だけど、かわいい服は着たくない。半袖シャツに半袖ズボンそれが着たい。それだけだった。

 だからこうして、好きでもないアウトドアでその夢を果たしている。ここなら誰も居ない。きっと居ないはずだ。私は私らしく、否定する人は誰も居ない。

 構造は言った。精神は関係ない。只管にその機能、役名を全うするのみだ。と。

 精神は言った。自分のしたいように生きて、したいように死ねばいい。と。

 食い違う、肉体と倫理。


 女、その体は、月の暦を描いて消えてく。目は男のそれとは違い、色彩感覚に長けている。皮膚は、水のような脂肪をその水面下で飼っいて、皮だけの男と比べ外傷に弱い。一説に、下半身を模したと言われる胸さえも、その分泌機能に関与しない。


 人に渡せるなら、誰にでも渡せる体を操作して生きている。女の役目を果たす体。


 役目とは何だろうか。私は、社会的にどのような役目を担っているだろうか。

 私は目を閉じて、今の環境を振り返る。


 教育は、洗脳のように自発的な思考を抑制し、形だけの民主制を維持しているだけだろうか?

 薬は、その効力により、尽きる命を救った上で、そのボロボロの命を、それを国民、日本人口と称すのだろうか?

 仕事は、無意味に存在してカルト宗教の如く心を束縛し、形上の平和を形成しているのだろうか?

 メディアは、その仕事の下で成り立って自発性の低い国民を弄びながら、洗脳と印象操作を駆使し社会を牛耳るのだろうか?


 役目はなんだろうか。横に並んだ世界は、人間を処理装置に平行処理をして何が起きるだろうか?

 何故だ。


 なんだ?


 私は、役目に脱構築思考を走らせてみる。その単語、その定義に存在する要素を抽出しテーブルに並べる。並べられた要素を見て、何と似ているか、それを考える。


 役目。それは仕事とも考えられる。役目。それは使命とも考えられる。

 仕事。それは役目とも考えられる。使命。それは役目とも考えられる。


 役目とは何だろう。思考がループする。

 役目は、与えられるもの? 又は、存在する理由? 役目を無くしたならば、何が起きるだろうか?

 もしくは、役目なんて存在しなくて、そう思っているだけなのだろうか?

 人間はなんだろうか?


 人間は、他の生物が好き勝手生きた環境で生きているのだろうか? または、他の生物が作り上げた美しい環境で生きているのだろうか?

 そうだ。生物は、好き勝手生きている。役目なんてない。ならば、私も一つの生命として、自由に生きて良いのだろうか?



 現状で分かる事は、盲目で自発性のない、それは意思が無いと言っても良い程の国の駒、歯車になる事。横に並んで、みんな同じ考え、価値観を持って。上の人達の為に自由と言う名の軟禁で生きる。

 自分で思って滑稽で無意味で愉快だと感じた。


 私は女。その体だけの証明で女。間違えた証明書を持って、私は上の人達の為に生きるのだろうか? 私は無限の労働力。お金は払われるが、それは奴隷間での価値のやり取りに似ている。

 嫌だ。俺は男だ。女じゃない。


 私は囁いた。ならば、その視線を下げた先、足先の視界を妨害する存在は何なの、だと。

 社会は、お前を女として認識して、女として権利が与えられている。


 俺は男だ。恋人などを守る側の存在になりたい。

 そう言い切りたい。


 性転換と言う手もある。だが、それで良いのだろうか? それは、見たくない現実から逃避したとも捉える事ができる物。


 私は、俺はなんだ?

 一体。


 視界が赤い。それは生物上の概念では珍しい色。


 あくびを漏らした深い空は澄んでいて、俺ではその下を通る事を許されないだろう。

 しかし、その空の下で生まれて、今、鼓動を刻んでいる。


 役目を全うする。それが私の仕事。私の仕事。

 自由を全うする。それが俺の仕事。俺の仕事。

 嘆いたって変わらないなんて、知っている。それも痛い程に。

 生きた心地がしない。


 あはは。そうだよね。私は女なんだ。私は、子を産み育てるそれが役目。役目不全は許されない。駒はジワジワと私に毒を注入するから。横並びの精神を押し付けて。

 

 視界が赤い。それは血なのか火なのか分からない。只管に赤い。それは赤い。


 緑は永遠とも思える長さで、冷たく冷徹に睨みつける蛇。

 青の育む環境は気まぐれで、温かく温厚に包み込む海月。

 赤は他を押しのける思考で、愚かに誠実に働き続ける人。



 滑稽だ。なんて憐憫だ。

 緑色の命を、青色の環境で、赤色の役目を全うする。それが私だ。


 背後の山では、山火事が起きていた。そして山肌を撫でるように温かく乾いた風が落ちてくる。

 どうやら、山小屋が火元のよう。


 火は自身の役目を全うしていた。血すらも焼き。全てを無に帰す。


 そう横目で流し、思った。


 逃げてきた河鵜カワウは言った。愚かだと。

 逃げてきた栗鼠リスは怖いと言って走っていく。

 逃げてきた蝙蝠コウモリはため息をついた。 

 立っている人間は楽しそうに笑った。


 そうだ。燃えてしまえ。何もかも、そして役目さえも。


 私は立ち上がり、瓶箱の上に立った。両手を広げ、笑うように口角を上げる。


「誰だ、人間に性別を教えた存在は。もっと好みは漠然としていて良い。誰を好きになろうが、何を身に着けようが、どんな事柄を執行しようが好きに出来れば良い。性別なんて糞くらえ」


 空は濁っていた。その煙によって。

 そんな空の元、俺は生きている。炎のように情熱的に、また海のように力強く、人のように器用に。繊細に。自然から生まれた生命を抱えて生きてやる。



 赤。赤。赤。赤。

 燃えろ燃えろ。燃えろ。


 

 そう、夢を見た。

 辺りは、もうすっかり日が昇っていて、何もなかったかのように、静まり返っている。

 

 誰かが置き忘れたバケツで泳ぐ鮎が、口を開いた。

「君は頑張っているよ。世界は、男女平等と言う難問を解決できると信じて止まないが、余はもう已んでいると思うよ。


 これが結果さ。君は苦しんでいる。それが結果なのさ。役目なんて存在しない。強いて言えば、大切な人の夢を役目なんて言ってもいい。愛しく尊い存在を見つけると良い。それを見つめて、捧げられる存在を。

 この世には沢山の人が居る。大切な物を無くした時、探さないで絶望するかい? 例え塵のような希望でさえ大切だと思い、それに賭けるだろう?

 それと一緒さ。頑張れなんて言わない。ただ、待つだけで良い。海月は泳げない。だが波の力で泳いでいるだろう? 蛇は自身だけで温まらない。でも日の光で温まるだろう? 人も一緒さ。流されて動くならば、それでもいい。無理すらしなくていい。ただ夢とも思える希望を抱けば良い事は必ず起こる。何度諦めたっていい。諦めた時、何がダメだったか考える事が大切だ。再度、始めなくたって良い。だって初期地点では無いのだから。


 分かるかい?」


 今日も、赤い日が昇っている。それは息を吸うように。


 君は、どう思うだろうか。

 君は、役目や性別を何だと思うだろうか?


 性別は生命の役目を具現化した物だ。性行為すら、その行為すら、役目を具現化した物だ。

 その生命の役目を拒んだって良い。次を見つける事が出来て、それを幸せだと思えるのならば。

 拒む事を世界への、緑への冒涜だと思うなら、所詮は、生命が成しえる事だと、自然な事だと思えば良い。


 ただ数を増やすだけの世界を無意味に難解にした人間達。でも人間が出来るのであれば、それは人間の枠組み、生命の枠組みの中に納まっているという事。


 君の役目は一体、何なんだろうね。

 好きな趣味に没頭するのが役目。

 好きな生物を愛すのは役目。

 

 画面の中でも良い。宗教の神様でも良い。


 何か、生きている理由になる役目を見つけると良い。

 今すぐにとは言わない。世界は地球。そう流体さ。

 ならば、行きたい座標にも、いずれ辿れるさ。

 信じなくてもいい。好きにして良い。


 だって、君が幸せだと思える世界が、きっと何処かにあるはずだから。


 幸せ。それは白色。

 希望。それは赤色。

 共存。それは青色。

 始り。それは緑色。

 終り。それは黒色。


 恋人を愛すのは、マゼンタ色。

 生命と一緒に生きるのは、シアン色。

 胸を叩いて前に進んだのは、イエロー色。



 やりがい。それは桜色だった。



 あのね、赤赤シャクカ様。僕見つけたよ。僕の行きたい場所は白色の場所。僕、頑張るよ。


 ゆらりゆらり流されて僕らで見つめる赤い色

 天にかざしたテノヒラは、今日も赤く染まってる


 そう話した僕は、閼伽を飲み干して、歩みを進めた。

 途方もない、未来の旅路に。

 それは希望だった。

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僕の神様 生焼け海鵜 @gazou_umiu

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