蒼穹に仰いで眠れば、碧落一洗を映す私達の眼に涙を与える。
桑鶴七緒
蒼穹に仰いで眠れば、碧落一洗を映す私達の眼に涙を与える
クマンバチが刺したように雲がどんどん膨れ上がってくる。
陽が照らし出すほどにほんのりと色彩がついて瞬く間に雲は分離した。
潮の流れが砂浜沿いを駆け巡る。
防波堤の上に仰向けになって寝転がる私を遠くから誰かが呼んでいた。
「
うとうとと体が心地よくなってきているのに、何度も呼ばないでほしい。
その声はどんどん近くなってきて、やがて防波堤に登ってきて私の姿を見つけては駆けつけて立ち止まった。
「こっち向いてよ。聞こえていたんでしょう?」
「起こさないで。もう少しここにいる」
海鳥が岸壁に留まり鳴き声も忙しくなっている。
私の名前を呼んだ彼女は一クラス下の真帆。
小学校が一緒だった事もあり、高校に入ってからは時間が合えばこうして傍にいる人だ。
目元にかかる前髪の隙間から薄目を開けて見てみると、すでに彼女は隣に座って水平線を眺めていた。私は起き上がり同じ方向を見ては乱れた髪を直していた。
「これ、バック持ってきた。先生たち今頃探しているよ。どうするの?」
「帰ってもいいんだよ。今日はやる気ない」
「いつもじゃん。大丈夫?」
「適当にやる。前期テスト終わったばかりだし、だいたい平均点取れたからどうにかなるよ」
「余裕過ぎ……」
彼女は呆れていたがいつもの事だから大まかに考えていた。
次第に西の方から低い雲がじわりと湿りを覆いように広がりを見せてきた。真帆はスコールでも来そうな重たい空色を感じ始めて私にここから離れようと言ってきた。
悠長に背伸びをしてあくびが出た。
「真帆の家の人、私達の事嫌がっているって聞いた。ホント?」
「サボり癖があるから近寄るなとは言われた。私は気にしてないよ」
「それならいい。今日ももう少しいよう」
頬に一粒ふた粒と雨だれが落ちてきた。
更に低い雲は濃淡のような色を見せつけるかのように、
海岸近くにあるバンガローに似た平屋の小さな木造の小屋に向かって二人で一緒に走りだし、息を切らしては軒下に入ってしばらく雨宿りをすることにした。
ドアを開けると誰もいないのを見計らってテーブル席の椅子に並んで座った。
真帆は照明をつけてと言ってきたが、
わざと断ると膨れ面になり一瞬の愛らしさを見せてきた。
「迎えに来てもらうように、電話する」
「もう少し待って」
「このままだと風邪ひくよ。タオルすらないんだからさ」
「こっちに寄ってきて」
真帆は私に言われた通りに体を寄せてきた。
私は彼女の肩に腕をかけて微笑んだ。
やがて雨が治ってきて小雨になった頃、真帆がスマートフォンで自分の親に電話をして近くまで来るように告げていた。
会話が終わり電話を離してバックにしまおうとした時、彼女は私を見つめてきた。
「何?」
「今度出かける時は、私に連絡して」
「分かった」
二人で微笑み合うと冷えた体も温まってくる。
無性に優しくなれるこの時間の間を、誰もいない隙を見ては私達だけで創り上げてきた。
私達だけのもの───。
真帆の親が車で来ていると知らせを受けて、彼女が立ちあがろうとした時に片手を握りしめてあげた。
「また明日」
「うん。」
手を離してもその温もりは冷めることはなく、握り返してきた彼女の感触もしっかりと手の中で残っていた。
何事もなかったかのように私達は平然として、車の後方座席に乗り潮風が後を通り過ぎて行くのを感じながら海から離れていった。
夕暮れ時に差し掛かり心地よい二人の笑い声とともに、いつしか滲み出てきたかのように薄っすらと
了
蒼穹に仰いで眠れば、碧落一洗を映す私達の眼に涙を与える。 桑鶴七緒 @hyesu
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