墓守りの腕時計

外清内ダク

墓守りの腕時計


 もちろん、レコードキーパーがちまたで“墓守”なんて蔑称されてるのは知ってる。でも私達が働かなければ人類史の莫大な知的遺産はうしなわれ、永久の忘却に沈んでしまう。予算の無駄だの時代錯誤だのと好き勝手にののしられても、私は仕事に誇りを持ってる。これは誰かが為すべきこと。為さなければならないことなんだ。

 この仕事に必須の装備は、言うまでもなく腕時計だ。時代によっていろんな方式があったそうだが、私達が支給されてるのは小型のセシウム133マイクロウェーブ原子アトミック時計クロック。誤差の理論値は29150年に1秒。正確無比な針の動きを偏執狂モノマニア的に注視しながら、ミリ秒単位の精度でもって私達は船を制御し続ける。

 きっかけは21世紀頃。当時最大の爆発は人口でも核でもなく情報だった。紙や布という牧歌的な物理媒体から解き放たれた情報は、たちまち人口増を遥かに凌ぐ勢いで自己増殖しはじめた。後世に残すべき知の遺産は、かなり慎重に選別してなお全地球の書庫アーカイブに収納可能な量を7桁ほど上回っており、当時世代の人間が寿命で死んだ瞬間に莫大な知識が消滅するだろうことは確定的だった。

 必要だったんだ。知識を黙示録の時まで保存しておく超惑星規模の地下墓所カタコンベが。

 ここアレクサンドリナ大図書星には12017個の超小規模ブラックホールが開いている。そこに取り込まれた物体は、超重力による時空の歪みで細く長く引き伸ばされて、太さを持たないスパゲティになってしまう。ここに情報をしまう。どんな莫大な情報も、理想的に線径ゼロまで圧縮できるなら無限に詰め込んでおけるわけ。

 だが問題もある。情報スパゲティはジワジワと穴に引きずり込まれ、やがて事象のイベント水平線ホライゾンを越えて二度と戻れなくなる。だから私達が行く。記録媒体を山積みにした宇宙船でブラックホールに飛び込み、戻れなくなる一歩手前で逆噴射をかける。精密無比な時計の針と人間体内の時間感覚のズレを感じ取り、ズレのない深度に船を持ち上げ続けるのだ。それは機械にはできない、曖昧模糊な魂を持った人間にしか成し得ないこと。そうして私達は知識を守る。いつか誰かに必要とされ、引き出されるその日まで。あるいは誰にも必要とされぬまま、宇宙が終わるその日まで。

 誰が馬鹿にしたって構わない。これが私の大事な役目。

 さよなら。ついに分かってくれなかった人。

 何万年かして再び私が戻った時、あなたの行く末の記録を見るのが……実はちょっと楽しみだよ。


THE END.

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墓守りの腕時計 外清内ダク @darkcrowshin

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