巨大オオカミ

「やめろ!」


 カイルの鋭い声に、村の男たちが不思議そうにカイルに振り向いた。カイルは腹の中がぐつぐつと熱くなるのがわかった。これは怒りだ。無抵抗な相手を殺そうとする行動に対しての。


 カイルは前世では、依頼された仕事でしか命を殺めなかった。この巨大オオカミは組織に依頼されたわけではない。カイルは怒りを抑えこんで言った。


「このケモノは間違って魔界からやって来てしまった魔物なのだ。いわばコイツも被害者なんだ。命は取らないでくれないか?」


 カイルの申し出に、村の男たちは血相を変えて反論した。


「そんな事できません。今ここで逃したら、また畑を荒らされてしまいます!」

「お前たちだって、このケモノと同じ立場だったらどうするのだ?突然別な国に迷い込んで、腹が減って作物を食べていたら、いきなり剣を持った奴らに襲われたのだぞ?理不尽だとは思わないのか?それに、このケモノは村人を一人も殺していないではないか」


 カイルの言葉に村の男たちは困った顔をした。だが一番年長の男が答えた。


「魔法使いさま。確かにこのケモノには同情のよちがあります。ですが、畑を荒らす以上我々にとっては害獣なのです。処分しなければいけません」


 カイルは巨大オオカミをチラリと見た。先ほどカイルと戦っていた時は興奮して荒々しかったが、今では落ち着いて、大人しく事のなり行きを見守っているようだった。


 カイルは視線を巨大オオカミから村の男たちに戻して言った。


「わかった。昨夜村長が、畑を荒らす化け物を退治すれば、俺に報酬をくれると言っていた。ならばこのケモノを俺に報酬としてくれないか?」


 カイルの突然の申し出に、村の男たちは顔を見合わせて小声で話し合った。カイルの横にいるリリアーヌは、やっかい事をしょい込むなとぐちぐち言っているが、カイルは無視をきめこんだ。


 しばらくすると一番年長の男がカイルに巨大オオカミを引き渡すと言った。カイルは頭を下げて礼を言うと、巨大オオカミの側に近寄った。


 巨大オオカミは真っ赤な瞳でジッとカイルを見つめていた。もしかしたら人間の言葉を理解しているのかもしれない。カイルは穏やかな声で言った。


「おい、聞いての通りだ。お前の命は今から俺が預かる。もし受け入れてくれるなら、その立派なしっぽを振ってくれないか?」


 カイルの言葉に、巨大オオカミは赤い目を細め、丸太のようなシッポをバタバタと振った。カイルはうなずいて、巨大オオカミを拘束している鉄のワイヤーを消した。だが口輪だけはそのままにした。


 カイルは巨大オオカミをうながして、村を後にした。

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