魔獣

「何だ、あの生き物は」


 カイルは思わずつぶやいた。目の前にいる巨大なオオカミは、どう見てもこの世の動物には見えなかった。


「あれは魔獣よ」


 いつの間にか、カイルのとなりに天使のリリアーヌが立っていた。カイルはいぶかるようにリリアーヌにたずねた。


「魔獣?」

「ええ。私たちのいる世界が天界。カイルのいる世界が人間界。あのケモノが住んでいる世界は魔界。あのケモノは魔界の生き物なのよ」

「どうして人間界に魔界の生き物がいるんだ?」

「わからないわ。三つの世界は容易に行き来できないの。だけど、たまに魔界の出入り口が人間界に開いてしまう事はあるみたい。あのケモノは、その出入り口から人間界に来てしまったんじゃないかしら」


 カイルは魔界のケモノが気の毒になり、リリアーヌに聞いた。


「リリアーヌ、あのケモノを魔界に戻す事はできないのか?」

「難しいわね。偶然できる出入り口を奇跡的に見つけられればできるかもしれないけど」

「・・・。そうか」


 このケモノを魔界に戻せないのでは仕方ない。とにかくこの巨大オオカミに畑を荒らさせないようにしなければいけない。


 カイルは強力な火魔法を出現させ、巨大オオカミに投げつけた。だが巨大オオカミは、スゥッと息を吸って、フウッと息を吐くと、カイルの魔法を弾き飛ばしてしまった。これにはカイルも驚いた。


 カイルは思わず笑ってしまった。巨大オオカミとの魔法戦が存外楽しかったからだ。今度は水攻撃魔法を発生させて、巨大オオカミに投げつけた。巨大オオカミはスウッと息を吸って、口からエネルギーのかたまりを作り出した。


 ガウッと巨大オオカミが咆哮した。カイルめがけて飛んできたエネルギーのかたまりは、カイルの水攻撃魔法を無効化し、カイルに襲いかかってきた。


 カイルは強力な風防御魔法の壁を作り、巨大オオカミの攻撃を防いだ。となりにいるリリアーヌが焦りながら言う。


「もう、カイル。全然歯が立たないじゃない!逃げましょうよ!」


 カイルはリリアーヌに、ニヤリと笑いながら答えた。


「いいや。こんな楽しい事、やめられるわけがない」

「楽しい?何をバカな事言ってるのよ!」

「楽しいじゃないか。俺はあのケモノを殺さなくていいんだ。あのケモノを動けなくするだけでいいんだ」


 リリアーヌはカイルの言っている意味がわからないようで、首をかしげていた。


 カイルは地面に手をついて、土鉱物魔法を発動させた。土からは、鉄で作られたワイヤーが何本も飛び出てきた。沢山のワイヤーは、あっという間に巨大オオカミに巻きついた。


 巨大オオカミは動きを封じられ、怒り狂っているようだ。激しく咆哮し、口から攻撃魔法を吐き出そうとした。そうはさせない。カイルは鉄のワイヤーを伸ばして、巨大オオカミの口が開けないよう、口輪をはめた。


 巨大オオカミは口をふさがれて、クゥンと悲しげに鳴いた。


 カイルの背後が騒がしくなった。後ろを振り向くと、村の男たちが剣やヤリを持ってドヤドヤとやって来て叫んだ。


「魔法使いさま!ありごとうございます!化け物を退治してくださって」

「とどめは、わしらでやります」

「畑を荒らされた恨みです」


 村の男たちはワイヤーでグルグル巻きにされ、動けなくなっている巨大オオカミを取り囲んで、剣を構えた。カイルは思わず叫んだ。



 

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