少年シリル

 カイルが意識を取り戻すと、自身の身体は小さな少年の姿になっていた。カイルはぼんやりと思考がまとまっていくのを感じた。まるでコーヒーにミルクを落としたように、カイルの意識と少年の意識が混ざりあっていった。


 少年の名はシリル。今年で十歳になる。カイルは生まれ変わったのだ。シリルは父親と母親の三人家族で、とても大切に育てられていた。だが前世の記憶があらわれて、カイルであった時の記憶を取り戻してからは、とても後ろめたい気持ちになった。


 前世の自分は殺し屋だったのだ。沢山の人間を殺したのだ。そんな自分が、両親に大切にされるなどおこがましいと思った。


 そういえば、カイルは友達と遊んだ帰り道の途中だった。早く家に帰らなければ母親が心配する。


 カイルはふと思いいたって、魔法を使ってみた。


 火よ。


 カイルの手のひらには火の魔法が出現した。どうやら現世の自分も、前世同様魔法が使えるようだ。


「前世の記憶が戻ったのね?」


 突然、耳元で女の声がした。カイルが驚いて振り向くと、そこには先ほどの美しい天使がいた。カイルは驚きながら天使に言った。


「アンタはさっきの」

「ええ、私はリリアーヌ。貴方の監視者よ?」


 また監視者か。カイルは苦笑してしまった。美しい天使リリアーヌは、カイルの苦笑に首をかしげた。


 リリアーヌは気を取り直してカイルに言った。


「じゃあ、天界で言われた通り、貴方はこれから百人の人間の命を助けるのよ?」

「ああ。それは構わないが、リリアーヌはずっと俺についているのか?」

「そうよ。カイルがこの世での任務をやり遂げるまで、私は貴方の側にいるわ」


 カイルはしげしげとリリアーヌを見つめた。カイルは今小柄な少年になっているので、彼女を見上げるかっこうだ。カイルはため息をついてリリアーヌに言った。


「アンタも物好きだな。俺なんか、地獄に行ったって良かったのに」


 カイルの言葉にリリアーヌは泣き出しそうな、悲しげな表情で答えた。


「だってカイル。貴方泣いていたじゃない」

「?。俺は泣いた事なんかないぞ。耐性をつけるためにどんなに毒薬を飲んで七転八倒しても、剣や魔法で傷つけられても、俺は泣いた記憶はないぞ」

「ええ、そうね。でも、心が泣いてた。カイル、貴方は心の中でいつも泣き叫んでいたわ。殺したくない、殺したくないって。でも、貴方の養父の殺し屋は、貴方が殺しの依頼をやり遂げないと、自分の部下を殺すと言って貴方を脅した。貴方は仲間が死ぬよりも、知らない標的を殺す方を選んだわ」

「・・・」


 カイルは驚いた。何故、天使のリリアーヌが過去の自分の心の中の事まで知っているのだろうか。



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