墓守りの腕時計
惟風
墓守りの腕時計
「また新しいオトコ見繕わなきゃ」
カウンターに突っ伏したまま、涼子は小さく呟いた。弱いクセに無理してウイスキーなんて呷って。
この女は振られると決まって私を呼び出しては飲んだくれる。
大口を叩いている、というわけではないのが腹立たしい。涼子とは大学の時からの付き合いだけど、男を切らしたことがない。明日にでも捕まえるだろう。
白い肌は薄暗いバーの中でも輝くように艶めいている。
長い手足はどんな所作も様になるし、かき上げる髪はいつだってサラサラだ。
濃く長い睫毛に縁どられた瞳は、陳腐な例えだけど宝石みたい。
要するに、容姿がすこぶる良いのだ。
でも、その魅力を全てブチ壊す苛烈さと気ままさのせいで、男を作るのには不自由しないが三ヶ月と持たない。男だけでなく女友達とも続かない。私以外とは。
「もうコレいらなーい」
涼子はコトリと指輪を置いた。
「ねえ、これアンタにあげる」
まただ。
涼子は、破局する度にプレゼントされた品々を押し付けてくる。
ピアス、バッグ、コート……サイズが合う合わないもおかまいなし。
そして、いつも決まってねだってくる。
「代わりにアンタのソレちょーだい」
涼子は私の左手首を指差す。どこにでもある量産品の腕時計を私は嵌めている。安物だけど、大学時代のバイトの初給料で買ったお気に入りだ。
「絶対ヤだ」
「じゃあ、アンタが死んだらちょうだいね」
「縁起でもないこと言わないでってば」
ここまでのやり取りが、ここ数年の鉄板。
涼子は人のモノを欲しがる女だ。勿論、私の彼氏も三回は寝取られた。ゲームも本も財布も「ちょーだい」されたものは全て与えてきた。でも、この腕時計だけは譲らない。
涼子に呑み込まれる前に好きになって手に入れた、唯一のモノだから。
「ま、ちゃんと私の墓の掃除してくれるなら考えてあげても良いわよ」
生活リズムはめちゃくちゃだし、暴飲暴食するし――それでも見た目に不摂生が現れないのが恨めしい――きっと涼子の方が私より早死にするだろう。墓守りをするのは私で、そのシワシワの腕にはボロボロの時計が嵌まっているんだ。
でも、とたまに考える。
私が先に死んでしまって、涼子からもらった服やアクセサリーで飾られた私が棺桶に横たわる光景を。
私の墓の前で、古びた安時計を握りしめた涼子が一人寂しく立ち竦むのを。
唯一の友人を亡くして、このどうしようもなく憎たらしくて愛おしい女が打ちひしがれてくれるなら。
何と素敵なことだろう。
墓守りの腕時計 惟風 @ifuw
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