Birthday_SPY
杜侍音
Birthday_SPY
──ハッピーバースデートゥーユー♪
ハッピーバースデートゥーユー♪
ハッピーバースデーディア──
──ハッピーバースデートゥーユー──
「「「おめでとう‼︎」」」
「ありがとうみんなー!」
「早く火消してよ!」
「動画撮ってるから、いい表情くれよ〜」
「もう、分かったって〜。じゃあ、いきまーす……ふぅ〜……」
蝋燭の灯だけが本日の主役を照らしていた。
それがひとたび吹き消されれば、ここは暗闇に包まれる。ただそれを晴らすかの如く、この場は拍手と歓声で大いに盛り上がっていた。
だが、その音に混じって、何かが倒れたような鈍い音がした。
「うわ、なに?」
さらに主役を含めて何人かが、顔に生温かい液体がかかった。このような演出は友達の誰も用意してはいない。
不審に思った参加者の一人が部屋の電気を点ける。
「ちょ、ねぇ⁉︎ 大丈夫⁉︎」
幸せな時間は、まるでサプライズのように悲劇へと変貌する。
この場面を動画に収めていた子が首から血を流し、床に倒れていた。
「き、キャァァァァ⁉︎」
白いバースデーケーキが紅い斑点で色付けられる。
先程、顔に付着したのは倒れた撮影者──主役の彼氏の──
『また、殺人事件』
『組織的犯罪か』
『模倣犯の可能性』 『昨日だけで三人』
『これは呪いだ‼︎』 『犯人の狙いは何か』
『速報ch:最近日本の治安ヤバすぎw』
『警察の対応に批判殺到』
『──被害者同士の面識はなく、年齢や性別、事件発生地域に特徴はない。しかし、唯一の共通点として全員の誕生日が──』
「いやぁ最近、物騒な事件が多いよな〜。しかもこれなんて隣町じゃん。彼女の誕生日会中に彼氏が殺されたとか、悲惨だなー。ほらお前もこれ見てみろよ」
高校で同じクラスの隣席となり、絡んでくるようになった彼──つまりは友人がぼやきながら、スマホ画面をこちらに見せる。
ここのところずっと寝不足なので、ブルーライトが目に刺さり痛い。
昼休み、教室で母親の手作り愛情弁当を食べながらネットニュースを見ている友人と、それを目の前にしてパンを頬張る俺。
全国どこでも見られる同じような光景。会話内容も今世間を賑わしているものなのでどこでも聞ける話。
「ああ」
「知ってるか? 被害者の共通点。全員2月16日生まれなんだとよ。じゃあ何でこの日が誕生日の奴だけが殺されていると思う? きっとこの日になんかあんだよ! カルト教団が悪魔を復活させるための生贄だとか、そういう!」
友人はNewTubeで観た陰謀論にハマっているようだ。
好きに妄想するのは構わんが、どうせ全部外れているんだから、少しは冷静になってほしい。
「なんだよ冷たい目でこっち見んなよ」
「さましてあげてるんだ」
「今日は十分寒いっつーの。ったく、大人びた奴だぜ」
「そんな都市伝説、今の子供ですら信じないぞ。ただの偶然だろ」
「本当にそうか〜? いいのか? お前の好きな
同じクラスの
みんな下の名前に〝ちゃん〟付けで呼んであげるほど、明るく誰とでもすぐに仲良くなる。
俺だって同じだ。もっとも仲良しのその先には踏み込めないのだが。
彼女に一目惚れした俺は、誕生日くらいの情報は当然のように持っている。
クラシックバレエを10年も続けており、全校集会にて壇上で表彰されるほどくらいには、大きなコンクールに出場している。
スラッとした美貌の上にクシャッとなる全てを包み込んでくれる優しい笑顔。
今も友達数人と机をくっつけながら、大好きなチョココロネを食べている。学校近くのパン屋さんで買ったものだ。俺も同じ店で購入したものを食べている。
「おいおい、そんなに見たってチョコは貰えないぞ」
「わ、分かってるよ」
今日は2月14日。
つまりはバレンタインデーだ。
友人が「昼は教室で食おうぜ。もしかしたら女の子からチョコ貰えるかもしれないだろ! 義理チョコとか、せめて本命のおこぼれとかでも!」と言って、いつもの食堂じゃなくて、ここで食べているが成果はなし。
「はぁ、誰でもいいからチョコ欲しい〜。まだ俺1だぞ」
「ママからのチョコも入れんのかよ」
「ばっ……! いいんだよ!」
弁当と一緒に個包装のチョコが三つ付属されている。そういえば今日は火曜日だからスーパーでポイント3倍セールやってたな。帰りに寄ってみるか。お得だし。
「おーい、聞いてるか? この事件も気になるけどさ、他にも面白い話があってさ」
「まだあるのか都市伝説」
「いやいや、これは信憑性の高い話よ〜……最強のスパイが今日本に来てる話」
どうやら義理チョコの配布すらしていなさそうな茉莉ちゃんから、ろくに話したこともない俺がチョコを貰うなんてのは夢のまた夢の話で──
「ちょいちょい! マジなんだって!」
「スパイって……いや、まぁスパイは存在するけども、何を以って最強と言われてるんだよ」
「それがな、全人類のとある情報を持ってるって言われてるんだよ……」
「全人類の……何?」
「……誕生日」
……くだらない。俺は溜息をついた。
誕生日を知ったところで何の役にも立たなそうだ。
そんな誕生日を知っているスパイよりも、まだ高校生の殺し屋が誕生していた方が信用できる。
「おいおい、もしかしたらそいつが連続殺人犯かもしれないんだぞ⁉︎ 2月16日生まれだけが殺される理由を、きっと、いいや確実に知ってるはずだ……!」
「いや、いいよ。茉莉ちゃんが狙われるわけないよ。この世に何人同じ誕生日の奴がいると思うんだ」
「大体2200万人くらいだろ? 人口80億と仮定して、365日で割ればそれくらいだ。2月29日や誤差はあるだろうけど。日本人だけなら27万人くらいか……てことはまだまだ被害者が増えるかもなぁ……」
何でそんな計算早いんだよ。と思ったが、そういえば全国模試でも上位常連組であるほど、使える奴ではあった。
真偽の不明な与太話を信じるのは馬鹿か頭良い奴とよく聞いたもんだが、どうやら本当みたいだ。証拠が目の前にいるからそれだけは信じてやるよ。
「とにかく明後日だな。2月16日になれば、全て分かるよな」
友人は嬉々として喋り続けていた。
しかし、その日を待たずとして、事件が起きた。雰囲気でしか知らなかったみんなが、ハッキリとこの事件を認識することとなる。
翌日、比嘉茉莉が学校に来なかったから。
**
2月15日深夜、彼女のいない学校から帰ってきた俺は電気が消えた部屋で、窓の外に浮かぶ裏三日月を見上げていた。
学校で会えなかったのは寂しいが、俺には俺のすることがある。各地を巡り集めたものを開封し、準備していた時だった。
景色の遠くで黒い影が何かが横切った気がする。
「──こんばんは」
「……え」
振り返ると、そこには女がいた。
夜の闇色を身に纏い、紅い瞳は視線を外すことなくこちらをジッと見ている。
目を外せば殺される。本能がそう呼びかけていた。
年齢は20代ぐらいだろうか。だが、服装を変えれば何歳とでも言い張れるような若々しさと優艶さを兼ね備えていた。
「だ、誰だ⁉︎」
「あ、わたしはジャスミンと申します。こんばんは。
見知らぬ女性は俺の名前を知っていた。
それだけじゃない。
「11月24日生まれ。誕生花はピラカンサ。日本ではこの日、鰹節の日や和食の日みたいです。久々に日本食が食べたいですね。それと──」
何故か俺の誕生日と、それに関した情報にとても詳しかった。誕生日の俺ですらそんなに知らない。
日本ではと言っていたので、彼女は外国籍か。しかし、外見だけでは人種も出身国も判別できない。とにかく今は日本語も堪能だし顔付きもアジア人寄りな気がする。
……誕生日……もしかして──
「お前が噂の、最強のスパイ……?」
「……はい。そういう噂が流れているみたいですね。私はただみなさんの誕生日を知ってるだけですが」
素直に認める女。
外面だけではただの華奢な女だが、もし、本当に噂の奴ならば自分の身が危険だ。
とにかくここに招待していない不法侵入者には変わりはない。
「最強のスパイだとか知らないが、出て行かないなら警察呼ぶぞ」
「いいのですか? 警察をここに呼んで。私は構いませんよ」
「何を言ってるんだ。このまま事を荒立てずに、穏便に済ませてあげようとしているんだ」
「最近、2月16日生まれの方々が殺されている事件を知っていますか?」
「──ああ。都市伝説好きの友人から聞いたよ」
「今、同じ2月16日生まれの比嘉茉莉さんが行方不明なんです──その子は今、どこですか?」
こいつ、もしかして茉莉ちゃんの命を狙っているのか……⁉︎
……そうはさせない。
俺はポケットに隠していた小型ナイフを取り出し、間も与えず向かっ……⁉︎
……呼吸が……!
「かはっ⁉︎ ……なんで……」
「神経毒です。遅効性の。こちらにお邪魔した際に
痺れる手を後ろにまわすと、確かに何かある。
毛糸のように細い、吹けば飛んでしまいそうな針が刺さっていた。
こいつのせいで俺は今、麻痺と呼吸困難に陥っているのか……!
「私達が名乗るのは、相手の最期を確約した時です。一応、死ぬ前にお聞きしたいのですが……あぁ、こちらですか」
「がっ……や、やめ、ろっ……」
意識が朦朧とする中、僅かに目をやった方向を女は見逃してくれず、そのまま段ボールに向かう。
このままではダメだ。俺は歯の奥に隠した錠剤を噛み砕く。
「良かった。まだ生きてた。大丈夫そうですね。茉莉さん」
段ボールの中に大切に閉まっていた茉莉ちゃんを……!
明日は彼女の誕生日なんだ。
そのために無機質なコンクリートに囲まれた
ケーキも手作りで用意したんだ。彼女の好きなチョコレートのケーキだ。材料が安く買えたから大きなサイズに挑戦したんだ。
だからこそ、世界の中で祝福するのが俺から彼女だけになるように、まだ消し続けなきゃいけないんだ。
この女を見た茉莉ちゃんが泣いてるだろ。流す涙は嬉しい時だけで十分なんだよっ……‼︎
……あぁ、面倒だ。他の誕生日の奴を消せば、2月16日生まれの希少さが下がるから避けてやったというのに。
もう、面倒だ。邪魔するなら誰であろうと命を吹き消すだけだ。
「うぐっ……ぐぁぁああ⁉︎」
脳のリミッターが外れる筋力増強剤、いわばドラッグを摂取することで麻痺を自力解除した。
彼女を祝福できるのは今年で最初で最期かもしれない。
でも、俺は君のために、全ての力を振り絞り、ナイフを再度握り締める。こんなことならもっと色々と暗器を仕込めば良かったよ。危ないからと渋るんじゃなかった。
茉莉ちゃんに気を取られ、背を向けた女に問答無用で襲いかかるが、ノールックで軽々蹴飛ばされてしまった。
気付いた時には既に壁に叩きつけられ、飾っていた風船が弾ける。中から赤い紙吹雪が舞い散った……クソッ……。
「須藤成斗。本名のままですよね。殺し屋になったのなら名前は捨てないといけませんよ。ナイフのみで小銭稼ぎ程度の暗殺でしたらどちらでもいいかもしれませんけど」
……なるべく、ありのままの俺を好きになってもらいたいからな……。
「とあるバレエコンクールで一目惚れしたあなたは付いていくように、実際は21才であるのに情報を改竄し、同じ高校に入学した。これが、ありのままですか」
何だよ、相手の心でも読めるのかよ、こいつは……。
「はっ……誕生日以外も知ってるみたいじゃないか」
「誕生日から大体の性格や行動が占えるんです。私の統計が世界一最強です」
「……366通りしかないじゃないかっ……」
……馬鹿馬鹿しい。
こんな、クラスに一人はいるみんなの誕生日を把握してる奴の最上級に殺されるとは……初めての高校生活が俺の手を鈍らせたかな……。
◇ ◇ ◇
泣きまくる茉莉を、ジャスミンがそっと頭を撫でてあげる。
すると、糸が切れたように寝てしまう。
「記憶障害を起こす毒です。丸一日はすっぽり記憶がなくなって混乱するでしょうが、今日は帰って寝ましょう。明日は大切な誕生日ですから」
翌日、家族や友人に心配されたものの、彼女に記憶がないので事件自体があやふやとなった。
ただ一人、都市伝説好きの男は友人がいなくなったことを心配し、そして不審に思うようになった。
──舞うは月下。
色のない闇の中を駆け抜け続ける。
理由などとうに忘れた。ただ、一つだけ覚えている言葉。
『お誕生日おめでとう』
楽しい一日をまた迎えるためにも。
女は誰にも知られずに人々の日々を守る。
目指すは祝福だけが溢れる世界。
Birthday_SPY 杜侍音 @nekousagi
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