こうして、未来は崩れ去る

赤羽 倫果

こうして、未来は崩れ去る

 底冷えの朝、駐車場から職場へ。信号機までの道すがら、古びた空き家が建っている。


 かつて駄菓子屋だったけど、店番のおばちゃんが亡くなったため、今は誰も住んでいない。


 頭上の青空から粉雪が舞い散る。


 ガテン系の兄ちゃんたちの怒号とともに、

『あすなろ塾』

 真新しい看板が軒先にかかった。


「もう少し、右に寄せて」

「右だってよ!」


 鉄骨の足場から離れた場所で、男性が満足げに見上げる。明らかに彼は、周囲と違うオーラをまとっていた。


 なんとなく、見覚えのある横顔を眺めているわけにもいかず、早足で彼のワキを通り抜ける。


 彼が同級生の三橋くん。母との会話をきっかけに、ありし日々を懐かしむ。 

 あの光景を目にしてから、三日が過ぎていた。


 開塾から最初の春、玄関先で挨拶する子供たちと、にこやかに出迎える彼を見かける。


 次の夏、背中を丸めて打水する三橋くん。

 心なしか、以前より挨拶を交わす子供たちが減ったような気はした。


 季節は三度も巡り。歩道の雪もまばらに残る三月の中旬になると、風雨で鄙びた看板があばら屋と同化する。


 新しい年の始め、あの家は再び、鉄骨の足場で囲まれた。


 一体、何が起きたんだろ。

 こっちは、彼に想いをはせるほどのヒマを持ちあわせていない。


 まだまだ、花粉の季節が終わらない4月。


 忙しさも落ちついた昼時、換気のために窓を開け放つ。生暖かい風が厚手のカーテンをゆらした。



「あそこの家、家賃払ってもらえなくて、隣の病院に売りに出したって」



 カップ麺に湯を注ぐ側で、春日さんが口を開いた。


「ボランティアだけで塾をやるって大変よね」

「不況真っ只中に生活出来ないわよ」


 ああ、そうか……。看板を見上げる彼の眼差し。不気味な違和感を察知した理由。


 この結末がやって来る。

 そんな予感があったからだ。


「あそこの先生、どうするんですかね」

「先月、お亡くなりにって、聞いていないの」


 へぇ、そうなのって反応に、隣に座るノリちゃんが別の話題を切り出した。


 幼なじみが亡くなった。

 だけど、実感はわき起こらなかった。

 


「まさか、旦那がサツに呼ばれるなんて……聞いている」

「ん? まぁ」



 あの時、三橋くんの依頼を受けた、ガテン系のお兄さんたち。チサトの旦那さんも含まれていたんだね。


 愚痴を聞き流しつつ、適当なタイミングでうなる。


 大学進学も奨学金で賄い。利子の支払いだけで精一杯。定年を迎えた元担任に寄付金募ったら、にべもなく断られて……。

 

「ウチらの担任もむごいよね」

「むごい?」

「進学実績を上げるために、ミツやんに借金背負わせながら、あっさり見捨てるんだから……」


 奨学金は高校から借りていたらしく、

「ミツやんのお母さんも、定時制に行かせたかったんだよ」

 ボソッとため息混じりにこぼれたセリフ。


 聞いているだけで気持ち悪いったらありゃしない。


「せめて、商業高校で妥協していたら、こんな風にはならなかっただろうな」

「確かに」


「ウチらみたいな貧乏育ちが大学出ても、就職先はないに等しいから……」

「そうだね」


 三橋くんに進学をゴリ押しした人たち。 

 みんな、実家の力で公務員になれただけだったな。


 看板を見上げる彼を視界から遠ざけようと、下を向いたら、薄汚れの擦り切れたスニーカーが脳裏を過ぎる。


 最後に見た時の、笑うことのない窪んだ目と青い無精ひげ。


「この話、もうおしまい」

「だね」


 今を一人で生きるだけの私は、

『彼の後に続く子たちが、一人でも減りますように』

 と祈りながら、スマフォを持つ手を解放した。


 


 

 





 

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