魔法世界に転移した俺は科学兵器で無双する~高度に発達した科学技術は魔法と見分けがつかないってね~

遠野紫

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「……ここは?」


 何の変哲も無い青年、鹿島虎太郎かしまこたろうは目覚めると同時にそう言った。

 全く見覚えの無い街に突っ立っていたのだからそう言った反応になっても無理は無いだろう。


 彼は状況確認のために辺りを見回す。中世ヨーロッパのような建築が目立つなと考えるものの、どれだけ記憶をたどってもそのようなテーマパークに行った記憶も海外に飛んだ記憶も無かった。

 

「あぁ……またか」


 しかし実際のところ虎太郎にはこの現象に覚えがあった。

 異世界への転移だ。彼は瞬時にそれに気付いていた。

 と言うのも、彼は不定期に度々異世界へと飛ぶことがあるのだ。


「仕方が無い。元の世界で目が覚めるまでの辛抱だろう」


 そう判断したのも経験によるものだった。

 今までに同じような状況になった時も、現実で目が覚めれば何事も無かったかのように戻ることが出来たのだ。

 きっと今回も同じだろう。このまま放っておけば気付いたら慣れ親しんだベッドの中で目を覚ますこととなる。

 そう考えた彼は決して焦ることは無かった。

 

「しかしまあ……それまで何もしないと言うのは中々に退屈な物だ。せっかくだし冒険者ギルドとやらに向かうとしよう。あそこに行けば面白いことも起こるだろうしな」


 目覚めまでの暇つぶしをするため、虎太郎は冒険者ギルドへと向かうのだった。


――――――


[魔法都市アルタリア 冒険者ギルド]


 冒険者ギルドに訪れた虎太郎は酒を頼み、席に座る。

 規模の大きいギルドでは軽食や酒の提供を行っているところも多く、ここアルタリアのギルドもそうだった。


「それにしても、いつ来てもこの冒険者ギルドというのは賑やかで良い所だな。冒険者同士での会話や武器の手入れの音。それに吟遊詩人の歌や演奏だってある。これだけ大きな街であれば人数が多く規模も大きい。そんな喧騒に塗れながら酒を飲むのも中々悪くない」


 冒険者ギルド特有の雰囲気という物が彼は好きだった。

 そうやってギルドの空気を楽しみながら酒を飲んでいた虎太郎の前に一人の男が現れた。


「アンタ、見ねえ顔だな……新人か?」


 一人酒を楽しんでいた虎太郎に水を差すように男はそう言った。


「ああ。この街に来たのも初めてなんだ」


 虎太郎はそう答える。

 嘘は言っていない。このアルタリアという街に来たのもそうだが、異世界に転移してしまう体質も割と最近発現したものだった。

 つまり転移自体もそう多く経験している訳では無いのだ。


「そうか。なら忠告……いや警告か。近い内にこの街に災いが訪れる。新人なら早い内に離れた方が良いぜ」

「災い……? 具体的には何が起こると言うんだ?」


 目の前の冒険者は身に付けている装備や雰囲気からしてかなりの手練れであることが見て取れる。

 新人を怖がらせるためにハッタリをかましているという訳でも無いだろう。

 それに気付いた虎太郎は災いについて深く聞いておく必要があると考え、男に聞き返した。


「すまねえ、詳しくはわからねえんだ。俺の持つギフトは『予感』でな。幸運や災いをざっくりと感知できるものの、その中身までは範囲外なんだ」

「そうなのか。それにしてはギルド内の者たちは楽観的なようだが?」

 

 そんな大規模な災いが訪れると言うのであれば、それをギルドや騎士団にでも伝えればいい。

 そうすれば先んじて対策が出来るだろう。

 しかし実際は違う。街中からもギルドからもそんな気配は一切見受けられない。

 そんな状況に虎太郎が疑問を持つのは当然のことだった。


「それを言われると困っちまうが……まあ仕方のねえことと割り切るしかねえな。ギフト自体そう多く周知されている訳では無えからよ。俺がどうこう言った所で組織が動く訳では無いさ」

「なるほど、そういうことか。それで個人的に動いていると」

「まあそう言う流れだな。俺としても新人に巻き込まれて欲しくは無いからな」


 感情の乗った話し方だったこともあり、虎太郎は彼の発言に虚偽は無いと考えた。

 実際のところ彼自身も今までにギフトと呼ばれる物を持っている人とは数えられる程しか出会っていないのだ。

 故にギフトが一般的に知られている物で無くとも無理は無いと彼は理解していた。

 

「警告は感謝する。ただ、俺はこの街から出るつもりは無い」

「……随分と強気だな」

「ああ。災いがどんなものであろうと、俺がこの街にいれば問題は無いからな」

 

 虎太郎は自身に溢れた笑みを浮かべながらそう言った。





「……来たか」


 日が暮れ始めた頃、遠方に魔物の大群が姿を現した。

 どうやら昼間の男が言っていた災いというのは魔物による襲撃だったようだ。

 魔物の群れにはゴブリンやオークなどの人型の魔物からワイバーンや獣型の魔物も存在している。

 

「スタンピードだ! 戦える者は街を守れ!」

「うおおおぉぉぉッッ!!」


 そんな魔物達から街を守るように複数の冒険者が各々の武器を持ち展開していく。

 皆質のいい装備を纏った者ばかりであり、それなりの実力者だという事がわかる。

 昼間の男の尽力もあってかそれらの冒険者の中に新人と思わしき者はいないようだった。

 既にこの街から離れたか、それとも街の中にいるのか。

 どちらにしろ無駄な血が流れないに越したことは無いだろう。


「さて、このまま戦いを眺めるのもまた一興だろうが……昼間あれだけ強く出た以上はそうは行かないな」

 

 冒険者たちが徐々に追い詰められているのを見た虎太郎は動き始めた。


「クソッ! 昼間までは全く予兆すらなかったってのに、ワイバーンクラスの魔物までいやがるのか!?」

「文句を言ったって始まらねえ! 今は少しでも奴らの数を減らせ!」


 街の正面辺りが特に苦戦しているようで、徐々に押し返されている。それを虎太郎は見逃さなかった。


「ひとまずあの辺りに一発撃ちこんでみるとするか」

 

 虎太郎は携帯型ロケットランチャーを虚空から生み出し構える。

 あまりにも非現実的な光景だが、これは彼の持つ能力によるものだ。

 科学兵器を自由に生み出すことが可能となる……それが彼の持つ能力であり、この程度の兵器を生み出すのは容易いことだった。


「っと、俺としたことが後ろ側の確認を忘れていた。これだけ街から離れていれば特に気を付ける物は無いだろうが、念には念を入れねばな」


 彼が今構えているロケットランチャーは反動を抑えるために発射時に後方に多量のガスを噴射する。

 そのため後ろの確認をしないまま撃つと大変なことになる可能性があるのだが、幸い今彼の後方に危険は無かった。


「……ここだ」


 虎太郎はワイバーンが集まっている地点を狙い、引き金を引いた。

 その瞬間ロケット弾が発射機から射出され、ワイバーンの群れに向かって飛んで行く。


「な、何事だ!?」

「この爆発の規模……まさか上位魔法か!?」


 着弾したロケット弾は爆発し、ワイバーンらの堅牢な外皮をも容易く吹き飛ばした。

 その威力と迫力を前にした冒険者たちは今の攻撃が上位魔法によるものでは無いかと判断していたが無理も無いだろう。


「上位魔法……か。高度に発達した科学技術は魔法にも匹敵する。いや、むしろ魔法よりも威力は高いかもしれないな」


 冒険者たちの発言を耳にした虎太郎はそう呟き、再びロケットランチャーを虚空から生み出した。

 

「さて、お楽しみはまだまだこれからだ」


 虎太郎は魔物の群れに次々とロケット弾を撃ち込んでいく。

 その圧倒的な火力と殲滅力を前に魔物の群れは街へたどり着くことが出来ずにいた。


 しかし、しばらくして魔物たちの動きが変わった。

 今まではそれぞれが自由に動き回っていたのだが、突然連携を取り始めたのだ。


「……様子がおかしい。急に統率の取れた動きを……となるとアレか」


 虎太郎は構えていたロケットランチャーを置き、魔物の群れを注視する。


「ビンゴだな」


 虎太郎の視線の先。そこには一際大きな人型の魔物がいた。


「奴が親玉か。統率力が上がった原因はアレで間違いないだろう。なら……」


 虎太郎はロケットランチャーの時と同じように、虚空からスナイパーライフルを生み出した。

 そしてスコープを調整し、魔物の親玉を狙う。


 狙いが定まったのか虎太郎は引き金を引いた。

 

「……外したか」


 魔物の親玉へと一直線に放たれた弾丸はそのまま命中するかのように見えた。

 しかし実際は弾丸は命中することは無く、親玉はピンピンとしている。


「だが問題は無い。もう一度撃てば良いだけだ」


 虎太郎はライフルのボルトを引き、次弾を装填する。

 そして再び親玉を狙い、撃った。

 だがまたも親玉に弾丸が命中することは無かった。


「また外した? ……いや違うな。何かに弾かれている」


 虎太郎は弾丸の不自然な動きに気付いていた。

 親玉の直前まではまっすぐに進んでいた弾丸が、急に明後日の方向に弾かれていたのだ。


「魔法によるバリアか。となるとこの銃では無理だな」


 そう言って虎太郎はライフルを消し、代わりに巨大なレールガンを生み出した。


「要はバリアごと破壊できる火力で攻撃すれば良いという事だ」


 彼がレールガンのスイッチを入れると共に、レールに強力な電磁力が生まれて行く。

 そして引き金を引いた瞬間、轟音とともに魔族の親玉はバリアごと吹き飛んだ。


「これで奴らは散り散りになるだろう。後は各個撃破して行けば……誰だ?」


 虎太郎は拳銃を生み出し、彼の後ろに現れた気配に向かって突きつけた。


「へえ、面白い能力を持っているね」


 一人の少女が木の影から現れた。

 しかしただの少女では無いだろう。虎太郎の能力について何かを知っているような口ぶりをしているのだから。


「この能力について知っているのか。只者では無いようだな」

「そりゃもちろん。だって……」


 少女はそう言って虎太郎と同じように虚空から銃を取り出した。

 しかしその見た目は虎太郎の生み出すそれとは大きく違う。


「私も力を使えるからね。ビームライフルを始めて見た感想はどうかな?」


 虎太郎の知るどの金属とも一致しない謎の素材によって構成されている銃。

 それを少女はビームライフルと呼んだ。


「ほう、見たところ俺よりもさらに後の時代の武器か」

「そうだね。これに慣れちゃうともう実弾なんて古臭いものは使えないよ」


 少女は煽るように半笑いでそう答えた。


「それで、君の目的は何だ?」

「簡単だよ。こちらの管理を外れた君を消しに来た。それだけさ」

「管理……だと?」

「悪いけど君に知る権利は無いよ」


 少女はそう言って虎太郎に向けてビームライフルを放った。


「遅いな」

「なっ!?」


 虎太郎は放たれた光線を避け、少女の元に肉薄した。


「その大きさではこの距離の相手に対処出来ないはずだ」

「くっ……甘いよ!」


 少女は謎の装置を生み出し、足元へ投げる。

 次の瞬間、彼女の周りを半透明のバリアが覆った。


「残念だったね。これで私に攻撃は通らない。不意打ちを受けた時はどうなるかと思ったけど、対策さえ出来れば旧式になんか負けはしない」

「そうか。旧式には……か。なら、これならどうだ?」

「……どうして、どうして君がそれを……?」


 少女は虎太郎が生み出した武器を見て驚愕した。

 彼の手には少女の持つ物と同じ銃が握られているのだ。


「ありえない……君の能力ではあの時代の兵器しか生み出せないはず……」

「生憎だが、俺の能力は科学兵器を生み出す能力だ。君が科学技術によって作られたその銃を武器として使った瞬間、それは俺の能力の範囲に入った」

「そんなことが……いや、ハッタリだ。私を騙そうとして見せかけだけの物を生み出したんだ……!」


 少女は恐怖に震えながらも無理やり自分にそう言い聞かせた。

 そうしないと恐怖に埋め尽くされそうになっていた。


「残念だが本物だ」

「ひっ!?」


 虎太郎は銃が本物であることを証明しようと少女の足元へ光線を放つ。

 威力は相当高いようで、着弾した箇所の地面は大きく抉れ黒く焦げていた。


「君は俺を撃って来た。なら俺も君に撃ち返すのは当然のことだろう? まさか、自分はそのバリアの中で一方的に撃つ側でいようと思っていた訳ではあるまい?」

「やめて……こ、来ないで……」


 虎太郎は一歩また一歩と少女の方へ近づいて行く。

 そのあまりの威圧感に完全に負けてしまった少女はただ懇願することしか出来なかった。


「まあ待て、まだ殺しはしない。君を送り込んできた存在について知らなければいけないからな」

「わかった……わかったから殺さないで……」

「む……気絶したか」


 限界を迎えたのか少女は気絶してしまった。

 そんな少女を抱え、虎太郎は宿屋へと向かったのだった。


――――――


「ん……」

「目覚めたか」

 

 少女は目覚めた。虎太郎の泊まっている部屋の椅子に縛り付けられた状態で。


「な、なにこれ……まさか私に変なことしたんじゃ……!」

「安心しろ。そう言ったことはしていない」

「……その言葉が信じられるとでも?」


 少女は訝し気に虎太郎を睨む。


「ははっ、それもそうだな。まあそんなことは良い。聞きたいのは君の後ろにいる存在についてだ。突き詰めて行けば俺の能力や転移についてもわかるかもしれないからな」


 虎太郎は早速本題に入った。それこそが彼が少女を部屋に運び込んだ目的だった。


「……言えない」

「そうか。ならこちらにも手はある」


 答えようとしない少女に対して虎太郎は中世の拷問器具を生み出して見せた。


「苦悩の梨だったか……? これも広義では科学技術による兵器だ」

「なんなのその能力は……範囲がおかしいにも程がある……! でもそんなことされても、これだけは絶対に……」

「そうか? 足が震えているぞ?」


 口では強がっている少女だったが、拷問器具を見せつけられて恐怖に怯え切っていた。


「それだけ怯えていながら話す気は無い……か。もしや言わないのではなく、言えないのか?」

「っ!?」


 虎太郎のその言葉に少女は強く反応した。


「なるほど。となると厄介だな。君から聞き出せないとなると、また君のように誰かが送り込まれてくるのを待つしかない」

「……多分どれだけ待っても意味は無い。送り込まれてくる者は皆、情報漏洩の対策のために脳を弄られているから」

「言えない理由はそれか。なら有効な情報源にはなり得ない……いや、手はあるかもしれん」


 虎太郎は何か思いついたのか少女を縛っていた縄を解き始めた。


「何のつもり?」

「君の記憶自体を見させてもらうことにした」

「そんなことが出来るの?」

「以前こちらに転移した時に記憶を操作する魔法があったのを思い出したんだ。それと同系統の魔法であれば記憶の中身を知ることが出来るかもしれない」


 それはここが魔法世界だという事を踏まえて改めて考えた結果出て来た答えだった。

 彼は偶然にも以前そう言った魔法に出会っていたのだ。


「そんな魔法が……でもそれはそれとして、なんで私の縄を解いたの?」

「君が一緒に来た方が速い」

「え、ちょっと……」


 虎太郎は少女を担ぎ上げ、部屋の窓から外へ出る。


「このまま連れて行く。しっかり掴まっていろ」

「待って、連れて行くって……ここ二階なのにぃぃっ!?」


 彼女の言うように、虎太郎が泊まっていた部屋は二階だった。

 そこから飛び降りれば普通の人間であれば怪我は免れないだろう。


「……あれ?」


 しかし二人が地に叩きつけられることは無かった。

 逆にどんどん地面は遠くなって行っている。

 

「ドローンだ。こいつで魔法を知った場所まで飛んで行く」

「武器だけじゃなくてこんな物も生み出せるの……?」

「科学技術で作られた兵……」

「いやわかった。そういうことにしておく」


 虎太郎が生み出したのはドローンだった。

 彼は自動運転機能を積ませたそれにぶらさがっていたのだ。

 

 そうしてしばらく空の旅をしていた二人の元に、何やら大型の魔物が近づいていた。


「妙な物に目を付けられたな」

「え、何?」

「しっかり掴まっていろ」

「え? ちょ、ちょっと待って何で手を離してるの!?」


 虎太郎は今まで少女の腰に回していた方の手でサブマシンガンを生み出した。


「グギャオォォォッッ!!」

「あれはファイアドラゴン!?」


 全身を真っ赤な鱗で覆っているドラゴンは雄たけびを上げながら虎太郎の元へ向かって行く。


「ほう、君は魔物について知っているようだな」

「それは……」

「それも言えないか。まあ良い。今はアイツをどうにかしよう」


 虎太郎はサブマシンガンをファイアドラゴンに向かって撃ち続ける。


「ちょ、ちょっと……こっちに薬莢が飛ばないようにしてよ……?」

「心配するな。少し熱いだけだ」

「それが駄目なんだけど!?」


 全弾撃ち尽くしたのか虎太郎は持っていたサブマシンガンを消し、再び同じ物を生み出した。


「……リロードはしないの?」

「新しく生み出した方が速い。特に何かを消費する訳でも無いしな」


 実際、虎太郎は片腕でドローンを掴んでいないといけないため常に片腕が塞がっている状態だった。

 その状況下であれば確かに装填するよりも新しく生み出した方が効率的だった。

 生み出す際に何も消費しないと言うのであればなおさらだ。

 

「……これだと威力が足りないか」

「ならもっと大きな武器は?」

「片腕で使える武器となると限られてくる。威力が大きい武器はだいたい反動が大きくサイズも大きい。とてもじゃないが片腕で扱えるものでは無いからな」

「そう……あ、ならこれはどう?」


 少女はそう言ってビームライフルと同じような見た目をした小型の銃を生み出した。


「それは?」

「これは小型のビームライフル。威力は下がるけどそれでも十分なはず」

「わかった。やってみよう」


 虎太郎は少女の生み出した銃をそっくりそのまま自分で生み出した。


「グギャオォォ! グギャッッ!?」

「ほう、中々の威力だ」


 虎太郎の放った光線はサブマシンガンではまともに傷もつかなかったファイアドラゴンの外皮を貫いた。

 効果があることを確信した虎太郎はそのまま続けてファイアドラゴンの翼を撃ち抜いた。


「これでもう追ってはこられまい」

「良かった……」

「しかし、俺に更なる力を与えてしまって良かったのか?」

「だってこのまま君がやられたら私も落下する。そうなったら確実に……」


 訪れたかもしれない「もしも」を想像して少女は震えあがる。


「そう言う事か」


 虎太郎はそれ以上少女に問うことは無かった。


――――――


「で、なんでまた私縛られてるの?」


 目的地の街に着いた虎太郎は再び少女を縛り付けていた。


「俺はもうじきこの世界から消えるからな」

「消える……ああ、転移のこと? それなら心配は無いよ」


 少女は意味深にそう言った。


「何だと?」

「だってもう君は元の世界に戻ることは無いから」

「それはどういう……そうか、管理から外れたと言うのはそういうことか」


 虎太郎は少女とあったばかりの時の彼女の発言を思い出す。

 少女が虎太郎を襲った理由がそれだったのだ。


「理解が速いね。そう。管理から外れた君はもう元の世界に戻ることは無い」

「なら、なおさら君たちについて調べなければならないようだ。俺は絶対に戻らなければいけない」

「……やっぱりそうなんだ」

「それにしても、今のは言っても大丈夫なんだな」


 虎太郎は少女にそう問う。 

 拷問されそうになっても言えなかった過去がある以上、そう簡単に情報を出すことが不自然に思えたのだ。


「統制されている情報とされていない情報があるからね」

「なるほどな。まあ、その辺についても記憶を直接見れば解決する話だ。しかし戻ることが無いとなると……」


 虎太郎は少女を見ながら黙り込む。


「な、何……?」

「このままこの世界で寝て過ごすことになるのか……とな」

「それに何の問題が……ちょ、ちょっと変なこと考えてないよね!?」


 少女は身動きが取れない中、少しでも虎太郎から体を隠そうとする。

 縄で縛られていることで服がめくれ上がり肌の露出が増えている。そのため彼女がそういった行動をとるのもわからなくはない。

 もっとも縄によって服が引っ張られ彼女の体の凹凸が露わになっていたため、あまり意味は無いように思えるが。


「なに、君の扱いについてだ。俺を殺しに来た相手と一緒の部屋で寝るのは危険すぎると思ってな」

「それはそうだけど……まさか追い出すなんてことしない……よね?」

「……」


 それもありか。と言った表情で虎太郎は少女を見る。


「黙らないでよ! え、本当にするつもり!? このまま逃げちゃうかもしれないよ!?」

「それなら縛ったまま放り出せば解決する話だ」

「それはもっと駄目だからね!? お願い、縛ったままで良いからここにいさせて! 縛られたまま外に放置されたらどうなるかわからないからぁっ!」


 結局少女の全力の懇願もあって、虎太郎は彼女を家具に縛り付けたまま寝ることにしたのだった。





「酷い目に遭った……」

「顔色が悪いな。眠れなかったのか?」

「誰のせいだと思って……いや良いよもう。それより……銃を突きつけるのやめてくれない?」


 少女の言うように虎太郎は彼女に銃を突き付けていた。


「君が逃げない保証は無いからな」

「はぁ……わかった、わかったよ」 

 

 少女は諦めたのかそれ以降その話題を出すことは無かった。


 そうして二人が歩き続けていると、一件の小屋が見えて来た。

 一見して何の変哲も無い小屋。しかし、どこか異質な雰囲気を纏っていた。


「……ここであってるの?」

「ああ、確かここだったはずだ。ここに記憶の魔法を得意とするエルフが住んでいた」

「おや、アンタたちは?」


 二人の後ろから声が聞こえた。

 

「ここはしがない魔術師しかいないけど何か用かな?」

「……貴方に用があって来たんだ」

「そうかい? 物好きもいたもんだね。まあ入りな」


 二人に声をかけたのはエルフの少女だった。

 いや、少女なのは見た目だけでエルフ的にはそれなりの年齢なのかもしれない。

 そんな貫禄が彼女にはあった。


「それで、何の用があってこんな所まで来たんだい?」

「単刀直入に聞かせてもらおう。貴方は記憶に関する魔法を得意としていた。それは間違い無いか?」

「そうだね。そのせいでこんな所で密かに暮らさなきゃいけなくなった訳だけど……」


 エルフの女性は遠い目をしながらそう答えた。

 まるで大事な何かをどこかに置いてきてしまっているかのようだ。


「では頼みたいことがある。彼女の記憶を見たいんだ」

「記憶を? そりゃ出来るけど、目的は何だい?」

「えっと、訳あって記憶を失ってしまって……貴方の力があれば思い出せると聞いて……」


 少女は虎太郎に銃を突き付けられながら、事前に打ち合わせした言葉を紡いでいく。


「そうかい。それならお安い御用さ」


 エルフは少女の額に手を当て、詠唱を始めた。

 しばらくしてエルフが詠唱を終えると同時に、少女の前に謎の物体が現れたのだった。


「あの……これは?」

「記憶の結晶さ。これには本人も知覚していない記憶が封じ込められている。例え事故や病気で記憶を失ったとしても、ここに記憶が残ってさえいれば復元は可能なのさ」

「では……」


 少女がその記憶の結晶を手に取ろうとした時、小屋の扉が強く開け放たれた。


「頭を下げろ!」

「ぅえっ!?」


 虎太郎は瞬時に少女の頭を掴み、その場にしゃがませる。

 次の瞬間、小屋の中に大量の光線が撃ち込まれた。

 

「ぐべっ……」


 反応が遅れたエルフは全身を撃ち抜かれ、一瞬の内に焼け焦げてしまった。

 肉の焼ける臭いと血の臭いが混ざり合い、小屋の中に充満する。

 そんな中に一人の少年が入って来た。


「あれ、お前たちは避けたのか」

「君は……トゥエルブ……? どうしてここに……」

 

 少女は小屋の中へと入って来た少年に見覚えがあるようで、彼の事をトゥエルブと呼んだ。


「おやおやイレブン。まさかこんな所で出会うなんてね……なんて、そんなわけ無いでしょ」


 トゥエルブと呼ばれた少年の方も少女のことを知っているのか、彼女のことをイレブンと呼んだ。


「何だ、知り合いか?」

「私が失敗したら送り込まれてくるはずだった存在……でも私はまだ生きて……」

「おいおい、もう少しで情報を持っていかれるところだったんだぞ。もうお前に役目は無い」

「やめて……まだ私は出来るから……」


 トゥエルブは銃を構え直し、イレブンを狙う。


「さよなら、お姉ちゃん」

「こっちだ」

「きゃっ!?」


 虎太郎はイレブンの服を掴んで引寄せた後、即座にスモークグレネードを投げた。


「くっ、こんな旧式の目くらまし程度で僕から逃れられると思うな!」

「生憎と、一瞬隙さえ出来ればこちらの物だ」


 トゥエルブの背後に周っていた虎太郎はゼロ距離でスタングレネードを炸裂させた。


「あぐぁっ!?」


 衝撃を直接受けてしまったトゥエルブは動きを止める。


「今の内だ」

「……」


 虎太郎はイレブンを抱えて小屋から脱出することに成功した。

 その間、イレブンは一言も話すことは無かった。





 二人がドローンを使って遠くへと逃げていた最中、イレブンはようやく口を開いた。


「……どうしてこんなことに」

「さっきの少年は君の事をお姉ちゃんと言っていたな」

「……彼はトゥエルブ。私の次の型番であり、私が失敗した時のための予備」


 イレブンは恐怖に怯えながらもゆっくりと話を続ける。


「きっと私が君に捕まったから、私ごと始末しに来たんだ……」

「型番と言っていたな。君はアンドロイドか何かなのか」

「わからない……。たぶんそうだと思う……でも人間の記憶もあるの。多分元になった少女の記憶」

「ベースに人間を使ったAIという事か。……こんな状態の君に頼むのも酷かもしれないがこれを」

「えっ、これって……」


 虎太郎は記憶の結晶を取り出し、イレブンに見せた。


「これ、さっき破壊されたんじゃ……」


 確かに記憶の結晶は小屋を襲ったトゥエルブによって破壊されていた。

 しかし今そこに存在しているのも確かだった。


「壊される前に確保しておいたんだ」

「いつのまに……。それで、君は使わないの……?」

「どうやらこいつは本人以外には使えないみたいでな。君自身が使えば恐らく記憶を上書きすることが出来る。弄られた部分も含めてな」

「そんなに上手くいくかな……?」

「やってみてくれ」


 虎太郎はまっすぐにイレブンの目を見つめる。


「……うん、わかった。やってみる」


 イレブンは虎太郎の手から記憶の結晶を受け取り、それを自身の額へと近づけた。


「ぐっ……!」


 苦悶の表情を浮かべながらも、彼女は決して手を放さなかった。

 少しして、記憶の結晶は完全に彼女の中に溶けるように入っていった。


「はぁ……はぁ……」

「上手くいったか?」

「……うん。……でもさ、私が嘘をつくとか思わないの? 言えなかった部分が言えるようになっても、それが本当の事なのかは君にはわからないでしょ?」

「そうなれば拷問すれば良いだけだ。情報の統制を上書き出来たのなら後は君の意思次第だろう」

「……最悪だけど、確かにその通り」


 イレブンは虎太郎に向けて初めて純粋に笑みを浮かべた。

 

「……どうした?」

「……何でもない」


 しかしそれが彼に届くことは無かった。


「なら改めて聞こう。君の後ろにいる存在は何だ」

「……うん、今なら言える。私たちは魔法世界を手に入れることを目的とした軍事組織」

「軍事組織……か。どこの国のだ」

「どこって訳じゃ無い。色んな国の力ある者が集まってる」

「……思ったより事は複雑かもしれないな」


 イレブンから伝えられる情報を聞いた虎太郎は難しい顔をして考え込む。

 想定していたよりも組織の規模が大きかったのだ。

 せいぜい一企業か複数の企業程度だと考えていたのが、実際は国を跨いだ巨大組織だったのだ。

 そうなっても仕方ない所ではある。


 しかしそれでも彼は諦める気は無かった。


「もっと情報が欲しい」

「わ、わかったから……その、顔が……」


 更なる情報を求めイレブンに詰め寄る虎太郎。

 それに対してイレブンは頬を染め、視線を泳がせた。


「すまん、飛びながらだと危険だな」

「いや、そう言う事じゃ……」


 結局二人は安心できる場所に行ってから情報を纏めることにしたのだった。


――――――


「……本当に戦う気なんだね」

「ああ、元よりそのつもりで君を捕らえたのだからな」


 虎太郎は装備を整えながらそう話す。


「君の情報で行くべき場所もわかった。君のような存在が送られてくる座標……そこに行き、また新しく送り込まれてきた時に乗り込む」


 記憶の結晶によって情報統制から逃れたイレブンは、自身の持つ情報を出来るだけ虎太郎へ伝えた。

 その中に、彼女のような存在がこの魔法世界に送り込まれてくる座標の情報があったのだ。

 また、その際に彼女たちの本拠地への転移門が開くことも同時に伝えられた。

 虎太郎はそこに行き転移門が開くと共に彼女らの本距離へと攻め込もうとしているのだった。


「……私も連れてって」

「何を言っているんだ。元よりそのつもりだが?」

「あ、そうなの?」


 てっきり自分は置いて行かれる物だと思っていたイレブンは虎太郎の予想外の答えに驚きを隠せなかった。


「このまま君を放置するのは悪手だろう。こちら側で何をされるかわからん。それにいざとなれば交渉材料にもなる」

「あぁ……つまり人質ってことね……」


 イレブンは自分の扱いが最初から全く変わっていないことに対して少し不満気な表情を見せるが、同時に一緒に連れて行ってくれることに安堵もしていた。


「さて、早い方が良い。そろそろ出るとしよう」

「準備はもう良いの?」

「万全を……と言いたい所だが、トゥエルブはまだ生きているからな。それに俺に情報が漏れたことも遠くない内にバレるだろう。その前に本拠地へと乗り込んだ方が勝算がある」


 完全な対策と準備をするだけの時間は無いと、虎太郎はそう言いながら再びドローンを生み出した。

 そして今まで同じようにイレブンを担ぎ上げ、彼女から伝えられた座標へと飛んだ。





「ここか」


 二人が到着したのは街や村などが一切ない場所だった。

 別の世界から転移してくると言う都合上、人に見られない方が良いと言うことなのだろう。


「トゥエルブが失敗したのは奴らも既にわかっているはずだ。であれば次が送られて来るのも時間の問題だろうな」

「……向こうに乗り込んだらその後はどうするの?」

「奴らの親玉を叩く。そして可能なら組織そのものを瓦解させる」

「そうなんだ……ぶわっ!?」

「来たようだ」


 虎太郎はイレブンを掴み、共に草むらに隠れた。


「あれが転移門のようだな」


 虎太郎の視線の先に巨大な魔法陣が現れ、その中心に扉のような物が姿を現した。


「また失敗……。私の出番まで回って来ちゃった……」


 扉が開き、中から一人の少女が出てくる。


「サーティーン……」

「彼女のことも知っているのか」

「私たちは基本的に兄弟のようなものだからね」

「そうか。……目の前で兄弟殺しのようなことをしてすまない」


 虎太郎はそう言って隣にいるイレブンに頭を下げる。

 声色こそ変わらないものの、表情は少し気まずそうなそれに変わっている。


「気にしないで良い。私も君を殺そうとしたからさ」

「そうか。そうだったな」

「……ちょっとあっさりし過ぎじゃない?」


 イレブンにそう言われ、なら良いかと言う風に虎太郎は元の表情に戻った。


「よし、転移門が消えん内に乗り込むぞ」

「……わかった」


 二人は同時に草むらから飛び出す。


「あぁっ……!? どうしてここに……!」


 二人に気付いたサーティーンは酷く驚いていた。

 流石に転移してすぐにターゲットに出会うとは思ってもいなかったのだろう。


「お願い……し、死んで……!」


 サーティーンはイレブンたちと同じようにビームライフルを生み出し、虎太郎に向けて放った。

 しかしイレブンと戦った時と同じように虎太郎は自身に向かって放たれた光線を避け、サーティーンへと肉薄した。


「君も彼女と同じように隙だらけだな。戦闘訓練などは行っていないのか?」

「ひぃっ!?」

「おっと」


 虎太郎はイレブンの時と同じように接近戦に持ち込もうとしたが、今度は上手くは行かなかった。

 サーティーンは小型のビームライフルを生み出し、虎太郎に向けて撃ち始めたのだ。


「ほう、判断は良い。近接戦において大きな武器はデメリットにしかならんからな。だが……」

「あぐぁっ……」


 間近で撃たれる光線を避けながら虎太郎は彼女へと近づいて行き、そのまま腹部に拳を入れた。


「狙いが荒いな。先読みをして狙わなければ俺には当たらんぞ」

「ぅ……ぐっ……。ねえ、イレブンはどうしてこんな奴と一緒に居るの……」

「まだ喋れるだけの余裕があるか。大したものだ」


 サーティーンは腹部を抑えながらイレブンに向かってそう聞いた。


「私は……脅されて……いや……」

「やっぱりそうなんだ……」

「待って、違うの……いや違くは無いけど……」

「良いの、イレブンは悪くないから……」


 はっきりとしない答えを繰り返すイレブンだったが、サーティーンは自分の中で勝手に納得したようだった。


「姉妹愛というものか? だが悪いな。もう時間が無いみたいなんだ」


 虎太郎は徐々に消え始めている扉を見ながらそう言う。


「……目的はそれだったんだ。でも残念。貴方は中には行けない……だって」

「不味い……!」


 何かに気付いたイレブンは虎太郎へと向かって走り出す。


「貴方はここで私と一緒に死ぬから……!!」

「駄目っ!!」

「自爆か……確かにそれなら俺を倒せるかもしれんな。……発動すればの話だが」

「……あれ……どうして爆発しないの」


 サーティーンはいつまで経っても自爆システムが起動しないことに困惑する。

 

「ジャミングだ。君たちがアンドロイドだという事はイレブンから聞いている。もしやと思いあらかじめ仕込んでおいたが、どうやら効果はあったようだな」

「そんな……」

「よ、良かったぁ……」

「安心している場合では無いぞ。転移門が消えかけているんだ。消えない内に通らねば」

「うわっ」


 虎太郎はイレブンの手を引っ張り、泣き崩れているサーティーンの横を通り過ぎて行く。

 そして魔法陣の中心にある扉を開き、中へと入った。


「……ここが奴らの本拠地か」


 扉を通り過ぎた二人の前に広がるのは、それまでの魔法世界とは似ても似つかぬ真っ白い壁で覆われた空間だった。


「まさかこんなに早く戻ってくることになるなんてね。この中の構造は私もそれなりにわかるから案内するよ」

「そうか。なら頼んだ」


 ここからは任せてと言うかのように、イレブンは虎太郎の前に出て彼を案内し始める。

 

「君はここで生まれたのか?」

「うん。生まれたと言うより作られたって言う方が正しいかな?」

「なら工場もここに併設されているという事か。状況次第ではそちらも破壊しておこう」


 二人は随時情報共有をしつつ、歩みを進めて行く。

 そしてしばらく歩いた後に、行き止まりへと行きついたのだった。


「あれ、おかしい……ここは道が繋がっていたはず」

「……嵌められたか」

「え……?」


 虎太郎の予想外の発言にイレブンが反応する。と同時に、突然辺り一帯の壁が開き中から武装した兵士が現れた。


「はっはっは、その通りだよ虎太郎」

「……アンタが組織の親玉か」


 兵士の中から現れた一人の男に虎太郎はそう返す。

 この場に現れた高価なスーツに身を包む男性。誰が考えてもその結論にいたるのは当然だろう。


「おお、血気盛んなのは良いことだ。だがこれほどの兵士を前にしていつまで強気でいられるかな」

「どうして……こんなことに……」

「気付いていないのか。まあ無理も無い。君の記憶は二重に弄ってあった。それだけの話だよ」


 目の前で起こっていることが理解しきれないと言った様子のイレブンに、男性は得意げに語り続ける。


「転移門の座標は君たちを送り込むのに必要な情報だから消去することは出来ない。ならそれを逆に利用してやろうと考えたのだ。敢えて座標を虎太郎に教え、君に植え込んだ偽の建物構造を使ってこの袋小路に追い込む。そうして一斉に攻撃してジ・エンドと言う訳だ」

「そんな……」


 男に真相を語られ、イレブンはその場に崩れ落ちる。


「君は自分の意思で虎太郎を救おうとしていたようだが、それ自体が我々の仕込んだ彼への罠だったのだ。ふっ、実に滑稽なものだな」

「それで、俺への罠が何だと言うんだ?」

「……」


 虎太郎はいつの間にか男の背後に回っており、ビームライフルを突きつけていた。


「……どうやって後ろに回った。周りの兵士はどうしたと言うのだ」

「奴らは既に片付けた」

「馬鹿な……今もそこに立っているでは無いか」

「ああ、立っているとも。立っているだけだがな」

「何……? おい、お前ら! こいつをどうにかしろ! ……嘘だ、こんなことありえるはずが……」


 周りにいる兵士は男の言葉に一切の反応を示さない。


「……死んでる」 


 イレブンは立っている兵士が皆心臓を撃ち抜かれていることに気付き、思わずそう呟いていた。


「光線で心臓を撃ち抜いたんだ。反動も無いし筋肉は硬直したままになっている」

「貴様……!」

「おっと、妙な動きはするな。まだアンタに死んでもらっては困るからな」


 腰のホルスターから銃を取り出そうとした男に釘を刺すように虎太郎は銃を強く突きつける。


「わ、わかった……。目的はなんだ……金か? それとも……」

「俺の目的はアンタらの組織を完全に瓦解させることだ。そのために聞きたいことが山ほどある」

「残念だがそれは不可能だ」

「何故だ」

「我らの組織は各国の重鎮が集まっている。国会議員や警察、果ては大学の教授や教員にまで及んでいる。もうとっくに壊滅させられる様な規模では無いのだよ」


 男は意地の悪い笑みを浮かべながら得意気にそう言う。

 もう今からでは何をしても無駄だ。そう言いたいかの如く虎太郎をあざ笑っている。


「なるほど。なら質問を変えよう。俺を殺そうとする理由は何だ」

「貴様にそれを知る必要は無い」

「そんなことが言える状態か?」

「ぐぁっ……!? あがぁぁあっ……」


 虎太郎は何の躊躇いも無く男の片腕を折った。


「わかった、わかったから止めてくれ……! 貴様を殺そうとしている理由はただ一つ! 貴様が我々の作り出した能力の……」

「おい、どうした。……死んでいるだと?」


 男は途中まで言いかけたが、そこで突然息絶えたようだった。


「ねえ、何が起こってるの……」

「わからん。だが、間違いなく口封じの類だろうな。恐らくこの状況を想定して動いている者が他にいる」

「それってまだ敵が来るってこと……?」

「そうだろうな。だが一々相手はしてられん」


 虎太郎は拘束していた男の亡骸を壁の方に捨て、対戦車ロケットランチャーを生み出した。


「え、何をするつもりなの!?」

「壁を破壊して無理やり進む。君の持つ情報が完全な物でないと分かった以上、これが一番早い」


 虎太郎はイレブンを壁から離れさせ、ロケットランチャーの引き金を引いた。

 次の瞬間、爆音と共に壁に大穴が開く。するとそこにはまた別の通路が存在していた。

 

「兵士が通って来た通路か。ここからなら奴らの中枢まで行けるかもしれんな。行くぞ」


 二人はロケット弾によって開けられた大穴を抜け、その先の通路を進んでいく。

 しかしそう簡単には行かせてはくれないようだった。


「増援か。まあ、あれだけ派手にやれば仕方の無いことではあるな」


 虎太郎は持っていたロケットランチャ-を消し、代わりに重機関銃を生み出す。

 そして向かって来る兵士に向かって撃ち始めた。


「それって相当反動が大きいんじゃ……」

「確かに他の武器と比べればな。だが使えない程では無い」

「いや、手で持って使うのはおかしいよ!?」


 虎太郎は固定式の重機関銃を手で持ち、無理やり使っていたのだ。

 重量も反動も凄まじいもののはずだった。

 しかし虎太郎は何食わぬ顔で撃ち続けている。


「進みながら殲滅した方が効率的だ」

「それはそうだけどさ……」


 今までの異常な行動もあって、イレブンは半ば諦めていた。


 そのまま向かって来る敵を殲滅しながら二人は進んで行く。

 そしてカードキーで開く重厚な扉にぶち当たったのだった。

 が、虎太郎はいつものようにロケットランチャーで扉をセキュリティごと破壊して無理やり通って行った。

 そしてその先のエレベーターを降りて行った先に、彼の求めるものはあった。


「ここが中枢か」


 大きめの空間に大量のモニターが設置されている。

 そして各モニターには魔法世界が映し出されていた。


「ついにここまで来てしまった……か」


 空間の真ん中程にある椅子に座った女性が後ろを向いたまま虎太郎に話しかける。


「アンタがあの男を殺したのか」

「余計なことを話そうとしたからね」

「ならアンタから聞けばいいってことだな」

「出来るなら……ね」

「虎太郎、危ない!」


 イレブンがそう言うと共に大量の銃が生み出され、虎太郎に向かって一斉に放たれた。


「これだけの攻撃を受ければ流石の貴方も……」

「残念だがそうはいかない」

「虎太郎……!」


 あれだけの銃撃を受けてなお、虎太郎は無傷だった。


「……なるほどね。ビームバリアの出力を上げて全てを弾いたのか」


 虎太郎の足元にはイレブンが使ったあのバリア装置がいくつか転がっていた。


「いつの間に……」

「ビーム兵器を完全に無効化出来るだけの出力にするのには、流石にかなりの時間を使ったがな」

「そう。でも残念」

「負け惜しみ……か? がはっ……」


 虎太郎は突然発せられた発砲音と共に血を吐き、その場に崩れ落ちた。

 ビームバリアは今も張られている状態であり、攻撃が通るはずは無い。

 しかしビームバリアにも欠点があるのだ。


「ビームバリアは特殊加工された実弾を防ぐことは出来ないの。それを知らなかった貴方の負けよ。いかにオリジナルと言えど出血多量には勝てない」

「虎太郎……虎太郎……!!」

「やめた方が良い」


 イレブンは虎太郎の元へと駆け寄ろうとするが、女性はそれを止めた。


「今彼はビームバリアの中にいる。無理やり入ろうとすれば貴方の方がバリアによって弾かれ、最悪消失することになる」

「そんな……」

「だから大人しく……嘘、どうして銃が私の前にあ」


 女性は目の前に現れた銃によって撃ち抜かれた。


「えっ……何、何なの……!?」


 突然過ぎて何が起こっているのかわからないイレブンはパニックになりかけていた。


「落ち着くんだ」


 そんな彼女を、倒れていたはずの虎太郎が抱きしめる。


「虎太郎……?」


 何故虎太郎が生きているのかを理解出来無かったイレブンだが、彼に抱かれている内にだんだんと落ち着きを取り戻していった。


「なんで……実弾を撃たれて死んじゃったんじゃ……」

「確かに撃たれたが直前で致命傷は避けた。奴を油断させるためにな」

「油断……?」

「時間をかければ何をされるかわからない。だから確実に一撃で決めるために油断させた」

「もう……それならそうと先に行ってよ……」

 

 イレブンは虎太郎に抱き着いたまま涙を浮かべながら文句を言う。


「君の記憶が奴ら側に流れている可能性を捨てきれなかったんだ。悪かった」

「ぐすっ……生きてて良かった」


 虎太郎の胸の中でイレブンは泣き続ける。


「心配かけたな。ただ、今はそんな場合では無いんだ」

「……うん、わかった」


 イレブンは虎太郎から離れ、立ち上がった。


「情報だよね。ここなら色々と見つかるかもしれない」

「そうだな。あの女性が言っていたオリジナルという言葉の意味も気になる」


 虎太郎はそう言って女性の近くにあるパネルを操作し始める。


「何かわかりそう?」

「ああ、機密情報もここからアクセス出来るようだ。……これは」


 虎太郎は自身の能力についてのデータを見つけた。


「俺の能力についてか。今更どうと言うことは無いが一応見ておこう。ふむ、ほとんど俺の知っている物と変わりはないが……む?」

「どうしたの? 何か気になることでもあった?」

「俺の能力についてでは無いが……それを利用した計画が存在しているようだ」


 パネルを操作し、虎太郎はモニターにその内容を映し出した。


「これって……!」

「恐らくイレブン達のことだろうな」


 そこに書かれていたのは虎太郎の能力をアンドロイドにコピーし、戦争用の道具として各国へ売るというものだった。


「なるほど。それで俺をオリジナルと言っていたのか。この計画を辿って行けば俺の転移についてもわかるかもしれんな」


 虎太郎はさらに計画に関するデータを漁って行く。

 そこには倫理的に問題のある情報ばかりが記されていた。


「アンドロイドは人の子供の精神をコピーし、それをベースにAIとして作り替えたもの……これは何となく知ってたけど……。うっ、最初から私たちって使い捨てだったんだ……」


 それを見たイレブンは悲哀に苛まれる。

 自分がただの使い捨ての駒だったと理解してしまったのだ。


「あまり気分が良いものでは無いな。……これは。イレブンたちが俺を狙っていた理由はこれか」


 虎太郎がデータを読み進めて行くと、気になる情報に目が止まった。

 プロトタイプは兵器としての実用性を試すために、オリジナルである鹿島虎太郎を殺すことを目的としている。

 そこにはそう書いてあったのだ。


「俺を殺しに来た理由はこれでわかったが、プロトタイプと言うのが気になるな。まあいい、次に転移についてだ」


 虎太郎はさらに情報を探す。自身が魔法世界に転移してしまう理由を解明しようとしていた。


「これか」


 『魔法世界への侵攻計画』と言う名のデータを虎太郎は見つけたのだった。

 しかしそこには魔法世界についての情報や転移方法などが書いてあるだけで、虎太郎の転移体質については書かれていなかった。


「一切の情報が無いな。しかし管理から外れたと言うのであればこの組織が何かしら関係しているはずだが……うん?」


 計画について記されたデータにまた別のデータが紐づけられていることに虎太郎は気付く。

 巧妙に隠されていることから相当重要なデータであることは確かだろう。

 

「……」


 虎太郎は誘われるようにそのデータを開いた。


「これは……ぐっ……」


 そこに書かれていた情報を見た虎太郎は頭を抑え苦しみ始める。


「虎太郎!?」

「大丈夫だ……。はぁ……はぁ……思い出したぞ。俺はあの時……死んだ」

「それってどういうこと……? だって今虎太郎は……」

「……これを見ろ」


 そこに書かれていたのは虎太郎の死因と死体の姿を映した画像だった。


「どういうこと……じゃあ今ここにいる虎太郎は……」

「道理で記憶があやふやな訳だ……まさか俺もアンドロイドだったとはな」


 データには虎太郎のアンドロイド化に関する情報も書かれていたのだ。

 

 彼は元々は何の変哲も無い青年だった。

 しかしある時、能力に目覚めてしまったのだ。科学兵器を自由に生み出せるという能力に。

 それを知った組織は彼を事故に見せかけて殺すことでその能力を手に入れた。


 ……ように見えた。

 実際は彼の魂は死してなお生きていたのだ。

 体から離れた彼の魂は能力と共に組織が開発していたアンドロイドに乗り移り、同様に組織の研究対象だった魔法世界へと逃げ込んだ。


 また彼が定期的に転移していたのは実際に世界間を転移していたわけでは無く、アンドロイドの体に魂が記憶を馴染ませようとすることで発生した一種の夢のようなものだった。

 彼の意識は魂としての意識とアンドロイドとしての意識の間で行ったり来たりを繰り返していたのだ。

 

 一方組織の方も虎太郎の魂が異世界に逃げたことを知り、彼の死体をアンドロイドに移植して能力を発現させオリジナルである虎太郎を追わせた。

 管理から外れた……それもアンドロイドたちにもっともらしい理由付けをするための植え付けでしか無かったのだ。


「つまり……全ては俺を取り戻すためのブラフ……!」

「知られて……しまったか……」

「っ!? 駄目!!」


 突然の事だった。

 虎太郎が殺したはずの女性が再び動き出し、彼に向けて銃を向けていた。

 

「……イレブン?」


 そしてその攻撃から虎太郎を庇うように、イレブンが前に出たのだった。


「……ここでお別れみたい。私、虎太郎と一緒にいるの嫌いじゃ無かったよ……」


 撃たれた場所から火花を上げつつ、イレブンは無理やり口を開く。


「殺そうとした私の事をあんなに大事にしてくれて、ありがとう……」


 イレブンの体からまるで血液のように電解液が次々と流れ出して行く。

 このままでは機能停止するのも時間の問題だろう。


「……」

「狙いが外れた……か。だから……アンドロイドに感情はいらないと……言ったのに……ね」

 

 女性はそのまま力なく倒れた。と同時に、警告音声が鳴り響いた。


「マザーAIの絶命を確認。施設の自爆装置を起動します」


 女性が絶命したことで、施設全体の証拠隠滅用の自爆装置が起動したのだった。


「時間が無いな。こっちの問題も早く終わらせるとしよう」


 虎太郎はそう言うとイレブンの胴体部分を生み出した。 

 そして彼女の患部をそのまま新しい物に置き換えたのだった。


「……かはっ……え、あれっなんで私生きてるのっ!?」

「先程見た情報の中にあっただろう。アンドロイドは兵器として売られる予定だと。ならば……」

「俺の能力の範囲内だ……でしょ?」


 虎太郎が言うよりも前にイレブンは食い気味でそう言い放った。


「何だ、わかっているじゃ無いか」

「もう何度もそれで驚かされたからね」


 イレブンは少し呆れたように笑う。


「施設の自爆装置が起動しました。関係者は直ちに退避することを推奨します」


 そんな二人に割り込むように、生気の無い機械音声が何度もそう繰り返した。


「ねえ、自爆装置がどうたらって!?」

「そのようだな。これ以上の情報が得られなくなるのは残念だが、施設全体が爆発すると言うのであれば目的の一つは達成できる」

「そんなこと言ってる場合じゃないよ……! このままだと私たちも巻き込まれる……!」

「ああ、もちろんそのまま巻き込まれるつもりは無いさ」


 虎太郎はイレブンを抱え上げ、元来た道を戻り始める。


「出口はわかるの?」

「わからん。だが重要施設というのはだいたい奥深くにあるものだ。あの空間から離れれば離れるだけ外に近づくはずだろう」

「そんな簡単な話なのかな……?」

「いざとなれば壁を破壊していけば良い」


 虎太郎はそう言って走り続ける。

 しかしどれだけ走っても外へ続く道は見つけられずにいた。

 爆発までのカウントダウンも秒読みとなっており、お世辞にも余裕があるとは言えない。


「仕方が無い。こうなったら直接外への穴を開ける」


 虎太郎は抱えていたイレブンを下ろしレールガンを生み出した。そして壁に向けて引き金を引く。

 次の瞬間には轟音と共に壁に穴が開いていたが、その先に外の光が見えることは無かった。

 

「……一直線に撃ち抜いてなお外が見えないか。となるとここは地下だな。なら上に向けて撃つのが正解だ」


 虎太郎は新しくレールガンを生み出す。

 一度撃つと長い充電時間が必要になるため、新しく生み出した方が速いと言う判断だった。


「ビンゴだ」 


 虎太郎が上へ向けて引き金を引き、天井に一直線に穴を開ける。

 すると遥か遠くに光が見えたのだった。

 

「行くぞ」

「きゃっ!?」


 虎太郎はドローンを生み出し、イレブンを抱えて光へと飛んで行く。


「5……4……3……2……1……」


 無機質な声によるカウントダウンが終わると共に、二人の後方で爆音が発生する。

 そして熱と衝撃が彼らを追い始めた。


「ねえ、なんか来てるよ!?」

「安心しろ。少し痛くて熱いだけだ」

「それが駄目なんだけど!」


 二人が穴から脱出し横にそれたのと爆発の熱が穴から噴出したのはほぼ同時だった。


「危なかった……」

「これで一つ施設が無くなったか。だが少なくとも各国に同じような施設があると考えて良いだろうな。奴らが残っている限り俺を狙いに来るのは確実……うん?」


 虎太郎は先の事を考えていたが、何かに気付いたのか視線の先にある山を注視した。


「どうしたの?」

「……魔物だ」

「えっ、でもこっちに魔物がいるはずは……そんな……」


 そんなはずは無いと反論しようとしたイレブンだったが、虎太郎の視線の先に実際に魔物が飛んでいるのを見て言葉を失う。


「どういう原理でこちらに現れたはわからんが、今の爆発が関係しているのは確かだろうな」

「このままだとこっちの世界が……」

「させないさ」


 虎太郎はジェット戦闘機や戦車、軍用ヘリを大量に生み出し魔物へ向かわせる。

 そして圧倒的な火力と殲滅力が魔物を蹂躙し始めた。


「高度に発達した科学技術は魔法と見分けがつかないものだ。例え相手が魔物であっても、俺がアンドロイドであったとしても、決して負けることは無い」


 その後二人のアンドロイドが世界を救うことになるのだが、それはまた別の話。

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魔法世界に転移した俺は科学兵器で無双する~高度に発達した科学技術は魔法と見分けがつかないってね~ 遠野紫 @mizu_yokan

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