墓守りの腕時計
改淀川大新(旧筆名: 淀川 大 )
墓守りの腕時計
一族で墓を守っていくのが日本の伝統なのだと、物心ついた頃から教わってきた。一般的にもそれが真実だと思われているだろう。
だから、杏一郎は幼い頃から月に一度は父と共に墓に足を運び、供養は勿論、墓石をきれいに洗ったり、敷地に生えた雑草や墓石についた苔を取り除いたりしてきた。
しかし、今のように家単位で墓が建立されて納骨場として一族で共有されるようになったのは明治以降の話である。それ以前、墓は個人別に建てられていた。今でも個人別に建てられた江戸時代以前の古い墓を観光地などで目にする事がある。墓は一家で守るのが伝統とは、誰もが信じてきた偽りの真実なのだ。青年となった杏一郎はそう思っていた。
刺すような日照りの下で、杏一郎は腕時計を覗いた。正午前だ。首筋の玉汗を軍手で拭い、ペットボトルの水を流し込むように飲む。
軍手を外して帽子を取った杏一郎は、墓に線香を供えて拝礼すると、横の墓誌を眺めた。亡くなった祖父母や父から逸話を聞いている、五代前からの先祖の名前が刻まれている。
腕時計を覗いた杏一郎は、少し頷いてから、草を詰めたゴミ袋と墓参りの道具袋を両手に提げて、狭い通路を歩いていった。
家に帰ると、軒下の日陰で大工職人たちが弁当を食べていた。杏一郎は会釈をして通り過ぎ、資材や電動工具が放り置かれ状態で開け広げられたままの玄関を通って中に入る。
上がり框とその先の一部の床板を剥がしたら、玄関の
杏一郎の腕時計は昨年夏に脳梗塞で倒れた父から受け継いだ物だ。あの墓と共に曾祖父から代々受け継がれてきている物の中の一つである。その父が今日、施設から帰ってくる。その時刻までに工事は終わるだろうか。考えながら腕時計を見る。帰宅する予定の時刻、そこからは杏一郎たち家族が中心となって介護しなければならない。大変だろうが、それでもいい。杏一郎はそう納得していた。あの墓に入っている人々も皆そうしてきたと聞いているからだ。
杏一郎は今日、初めてこの腕時計をして墓に行った。墓守りの腕時計、それを見つめながら、杏一郎は思う。偽りの真実でもいい。真実は真実だから。
墓守りの腕時計 改淀川大新(旧筆名: 淀川 大 ) @Hiroshi-Yodokawa
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