ふきのとう
風と空
第1話 慈しむもの
「これなぁに?」
三歳になる息子が指刺す先には、春の訪れを教えてくれるものが雪の中から頭を出していた。
「ふきのとうっていうのよ。よく見つけたねぇ」
小さな頭を撫でて褒めると嬉しそうに笑う
「ふきのとうは
「としょかん?くまさんのえほんもみる!」
「ふふっ。蓮は熊さんの話好きだもんね。じゃあ、今日も静かにご本読めるかなぁ?」
「れんいいこにしてる!」
嬉しそうに私の手を引っ張りながら走り出す蓮。どこが良い子なんだか、思いながらもいつもの散歩コースを歩く。
色々な事に興味を持つ蓮。集中力ってあんまりもたないのに本が好きなのよねぇ。あの子にそっくり。
今は笑顔を見せてくれている蓮。
いつまで私を母親と見てくれるだろう。
私が蓮にとって母親なのは、蓮が事実を知るまでの偽りの真実。
そう、蓮は私の親友夫婦の子。
二人とも両親を早くに亡くしてたから家族に憧れ結婚し、喜びながら蓮を身籠った事を教えにきてくれたっけ。
でも母親は蓮を産んで亡くなり、父親は病院に駆けつける時に事故で亡くなった。
運命は私に喜びと共に絶望を運んできたわ。
私は残されたこの子が私と重なって勢いのまま引き取る事にしたの。今思えば考え無しだったわね。
そんな私と蓮を救ってくれたのが、お人好しの私の恋人。自分に損しかないのに助けたりするの。
随分前になるけどアパートなのに床板を剥がしたら子猫が出てきたみたいなの。数日前から声が聞こえていて、だんだん声がか弱くなってきたから剥がしたみたい。
勿論大家さんに怒鳴られて、自分持ちで修理業者に依頼してたけど。子猫も保護団体のところまでわざわざ渡しに行ったみたい。
馬鹿よねぇ。それでアパート追い出されているんだもの。でもそこから私との同居が始まった訳だけど。
一緒に住んで見てこんなに気の許せる人はいなかったわ。私をいつでも包み込んでくれるの。お金の問題だってなかったわ。彼も仕事をしていて、生活費出してくれるもの。
こんなに良い人だからこそ、蓮を引き取る時に別れ話を切り出したわ。でも、「なんで一人で責任を背負い込もうとするんだ!」って普段怒らないあの人に怒鳴られた。そしてこう言われたの。
「頼っていいんだ。甘えていいんだ。俺はその為に君のそばに居る。…… 一緒に苦労していこうよ」
一生分泣いたわ。親友が亡くなった時より泣いたかもしれない。だってやっぱり不安だった。強がっていた。私の心をあの人はすくいあげてくれた。
それからすぐに式を挙げずに二人で籍だけ入れたの。蓮は養子として家族になった。でも甘い時間はなかったわ。蓮の世話がすぐに始まったもの。
夜泣きにミルクにオムツの交換。育児が共同作業が必要なのは身に染みてわかったわ。私達はネットで調べたり同僚に聞いたり必死だった。
でもあの人がいてくれたから、いつも寄り添ってくれたから私達は生きてこれたの。
いつも上手く行くなんてそんなの無理。喧嘩だってするわ。大事なのは相手を思いやる心を忘れない事。悔しいけど、いつだってあの人の方が先に折れるの。本当に心の広さに尊敬するわ。
蓮の名前だってあの人が見つけてきてくれた。
「『蓮』って泥にまみれても美しく花を咲かせるだろう?この子はこれから困難だって多いかも知れない。でも乗り越える強さを持った子になって欲しい。そう思ってさ」
照れながら教えてくれたあの人の言葉は、ストンと私の心に入ったわ。蓮が大きくなって、事実に気付いた時乗り越えて欲しいもの。
だから私はその時まで蓮にたっぷり愛情を注ごう。偽りの真実を真実に変える為に。
「まま?おなかすいた」
考え込んでいた私の服を引っ張りながら言う蓮。朝ご飯食べてからそんなに時間経ってないのにね。
「もう少ししたらオヤツの時間だからちょっと待とうね」
「トマトたべる!」
「蓮トマト好きだもんねぇ。でもそれはお昼にしようね。図書館のイートインコーナーでオヤツ食べるからあともう少し頑張ってくれる?」
「れん、おにいちゃんになるんだもん!がまんできるよ!」
ニコニコと可愛い事を言ってくれる蓮をぎゅっと抱きしめて、また歩き出す。
今年はもう一人家族が増える。蓮はこう言うけど赤ちゃん返りするだろうなぁ。蓮の笑顔を見ながらも、苦笑してしまう。
歩いているうちに蓮がまたふきのとうを見つけた。
ふきのとうの花が咲いた後には地下茎から伸びる葉(ふき)が出てくる。フキはこのように花と葉柄が別々の時期に地下から出てくる面白い植物。
形は違っても根で繋がっているの。ふきのとうから養分を貰ってフキが立派になる頃にはふきのとう自身も土に溶けていくわ。
私達のふきのとうは大事なあの人。
あの大きな心で育ててもらっているの。
でも私もふきのとうでありたい。
あの人と蓮と生まれてくる大事な家族のために。
ふきのとう 風と空 @ron115
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