第13話 テミスの弱点


 テミスは学校を飛びだし森の方角へ走っていった。その日は風が強く雨が吹き荒れていた。テミスは土砂降りの中、林を駆ける。木々を抜けると崩壊したダンジョン跡に辿り着く。


「たしかこの辺りだったはず……」


 テミスは周囲を探った。すると、瓦礫の側でライオンのような獣人が地面にうな垂れていた。テミスの気配に気づいた獣人はゆっくりと立ち上がる。


「ここがブライネスの墓か?」


「はあ?」


「ブライネスの最後の言葉は何だった?」


「そんなの覚えてないよ」


 獣人は拳を掌に当てた。台風にも関わらず衝撃音がテミスの耳に届く。そして、獣人はテミスを憎悪の顔で睨んだ。


「ブライネスはなあ、俺の親友だったんだ!」


「それが何?」


「てめえに俺の気持ちが分かるか!? 親友を奪われた気持ちが!!」


 獣人は雨に紛れて涙を流してた。テミスはそれでも無表情に言う。


「大切な物を奪うのはお互い様でしょう? 正義がどっちかなんて知らない。死んだ方が負けなんだよ」


「くそったれがッ!!!」


 ドガン!


 獣人は目の前の瓦礫を殴りつけた。すると岩が粉砕されて大きなクレーターができた。テミスは腰から剣を抜く。


「あなたは私に勝てない。無駄な争いはしたくないんだ。だからこのまま帰ってもらうとありがたいんだけど」


「ふざけるな! 俺は死んでも親友の仇を討つ」


「くだらない。自分の命だって大切でしょ?」


「お前に何が分かる!」


 ブロウはテミスに向って突進してきた。2メートルの巨体とは思えないほどの俊敏性。テミスは剣をブロウに当てる。しかし―――。


 キンッ!


「俺の毛並みは鋼鉄なみだぜ!」


 ブロウの体毛はテミスの剣を弾く。ブロウはそのままテミスの腹部を殴った。テミスは空高く吹っ飛んだ。


「まだまだッ!」


 ブロウは跳躍しテミスの間近にきた。そして身動きできずにいるテミスに両手を組んで殴る。テミスは地面に叩き落された。ブロウは着地してから首をコキリと鳴らした。地面に倒れているテミスを見る。


「なんだ、こんなもんかよ」


 テミスが俯けに倒れているとブロウは背中を踏みつけた。そのままブロウは語る。


「ブライネスと俺は小さい頃から仲が良かった。いわゆる幼なじみってやつか? ブライネスが盲目な理由を知ってるか? あれは前の勇者に目を斬られたんだ。だからその子供に復讐したってバチは当たらねえだろ? なあそう思わねーか?」


 ブロウが足をどけると、テミスはゆっくり立ち上がる。口から出た血を拭いテミスはあざ笑った。


「知るかよバーカ。親の喧嘩に子供を巻き込むな。やられたらやり返すってのは強者のセリフ。負け犬がどれだけ正論吐いても、世の中そんなに甘くないんだよ!」


 テミスは両手を天に掲げた。そして雷属性の上級魔法を唱える。


「ライトニングヴィジテイション!」


 ズドドドドドーン!


 台風が吹き荒れる雲間から巨大な雷が落ちた。その雷はブロウの身体に直撃し体毛を丸焦げにした。体毛は煙を上げているがブロウ自体にそれほどダメージはないようだ。ブロウは拳を強く握り怒りのあまりわななく。


「この程度で、ブライネスは死んだのか?」


「ううん。剣でこま切れにした」


 ブロウの血管が切れる音がした。するとブロウは豹変し皮膚が赤黒くなる。俊敏性が上がり、テミスに連撃で殴りつける。テミスは両腕でガードする。


「久々にキレたッ! お前は俺が必ず殺す!」


 拳のラッシュが続き、テミスの制服がビリビリと破れていく。ブロウはゴム鞠を殴るようにテミスを殴り飛ばしてもてあそぶ。そしてブロウの強烈な一撃がテミスの顔面に入った。後方の岩壁にテミスはめり込んだ。ブロウは動かない的に向って空手家のように構えた。


「これで終わりだ。天地開闢(てんちかいびゃく)!」


 ブロウの拳から青白い光が膨れ上がる。半径10メートルほど広がった光は圧縮するように再びブロウの右拳に収束する。するとブロウの拳から黒い渦のような鳴門が無数に湧いてくる。そしてそのまま拳をテミスの心臓めがけて殴りつけた。


 ブウゥーン。ゴキッ!


 テミスのあばらが鈍く鳴った。テミスの口からは大量の血が噴き出す。ブロウの拳でダンジョン跡の瓦礫が吹き飛ぶ。後方の木々もなぎ倒され地面がえぐれていく。10メートルほどのえぐれた道が出来た。テミスはその先で仰向けで倒れている。


「ゴホゴホッ! っ痛てー……」


 テミスは心臓を抑えながら光属性の回復魔法を唱えた。


「サンライト」


 テミスの身体が緑色に包まれた。そして、服以外全て完治した。


「回復魔法も使えるのか!? ……お前は何なんだ!?」


「だから、ただの森の田舎者だって言ってんだろッー!」


 テミスは地面を蹴り猛スピードでブロウの腹部にもぐりむ。ブロウは反応できず、さっきまでテミスがいた10メートル先を見ている。懐に気づいた瞬間、テミスの強烈な正拳突きがブロウの腹部に打たれた。


「かはッ」


 ブロウの腹筋がべこりとへこむ。ブロウは呼吸が止まり、地面に膝と手をつく。無抵抗のライオンのように四つ足になったブロウに、テミスはそのまま顔面を蹴った。


「蹴りはあまり得意じゃないんだけど、なッ!」


 ブロウはサッカーボールのように吹き飛んだ。テミスはブロウの元へ歩いて行く。ブロウは意識が朦朧としながらテミスを見た。


「お前……本物のバケモノだな」


 ブロウは大の字になって目を閉じた。テミスは意図を汲み、拳を手刀に変える。そしてブロウの首に手を当てた。


「最後に言い残すことは?」


「ぜってー許さねー」


 ブロウは片目を開けてニヤリと笑った。テミスはブロウの首を掴み、手を挙げた。その瞬間、思いもよらぬ声がする。


「テミス?? ここで何をやってるんですか!?」


「え!? なんで!?」


 テミスが振り向くとそこにはアテナがいた。テミスはブロウを殺すことを躊躇する。


(ここで私の能力がバレるとマズい!? それともブロウを逃す方がマズいか!?)


 テミスは選択を迫られた。アテナに自分の能力がバレれば自分の存在が世間に知られ祖父との約束を破ってしまう。ブロウを逃せば再び仲間が襲われるかもしれない。テミスは2つの選択を天秤にかけ、悩んだ挙句ポツリと呟いた。


「ハーミット」


 テミスは祖父との約束を守り、力を隠すことを選択した。テミスの能力は平均値になった。するとブロウは大声で笑った。


「はっはっはっはっは!!! こんな化物にも弱点があったッ! それは仲間だ!」


 ブロウはテミスの一部始終を見て、本能的に気づいた。つまりテミスは仲間の前では強大な力を振るえない。ブロウは瀕死になりながらもテミスの手を弾き、颯爽と森の中へ逃げていった。アテナは呆然としてテミスを見つめる。


「テミス? 今のは?」


「あ~、うん」


(……どうしよう)


 テミスが沈黙し困惑していると、アテナはテミスの破れた制服を見る。


「怪我は大丈夫ですか?」


「え? う、うん。平気だよ」


 テミスは深く聞かないアテナに驚いた。そしてアテナはテミスの両手を強く握る。


「テミスが何を隠しているのかわかりません。本当は聞きたいですが、私はテミスを困らせたくないです。なので……いつかきっと話してください」


「うん……ごめん。ありがとアテナ」


 テミスとアテナは土砂降りの中、学校へ戻っていった。その帰り道、2人は一言も話さなかった。学校へ着くまでアテナはテミスの手をギュッと握り、決して離すことはなかった。

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