第11話 アテナの災難


 勇者パーティーはスクリーム男爵によって別次元に飛ばされた。薄暗い場所で深夜のように人気がなく日が昇らない夜の世界。4人は互いに顔を確認し辺りを見回した。


「ここはどこ?」


「分からない。でも気をつけて、何か嫌な予感がする」


 アテナがテミスに話しかけた。メアートとジークは周囲を散策している。


「人も建物も何もないぜ」


「さっきまで部屋の中だったよねー?」


 4人がそれぞれ探索していると、遠くの方でポツンと光が見えた。その光が徐々に近づいてくると轟音が響く。4人は耳を塞ぎ、目の前に現れた化物に驚愕した。刺々しく改造されたハーレーダビッドソンにまたがる骸骨の暴走族。周囲には青白い魂が浮遊している。4人の前で骸骨はバイクを止めて降りてきた。


「おうおうおう! お前らが兄貴の顔に泥を塗った野郎か!?」


 骸骨は昔のヘヴィメタルバンドのような革ジャンに棘が生えた服装をしている。身長は3メートルほど、腰を折り曲げ4人にガンを飛ばした。


「私たち何もしていません!」


 アテナは胸を張って堂々と主張する。テミスはアテナを見て、首を傾げた。


「あれ? アテナ、怖くないの?」


「はい。私が怖いのは実体のないもの。今、目の前にいる骸骨は実体です」


 骸骨はアテナに顔を近づけた。アテナの身長ほどにある頭蓋骨は大きな声を発する。


「馬鹿野郎ッ! 兄貴が根暗だとか言ったろ!? それに人様の日記を勝手に読むんじゃねー!」


 骸骨の威嚇でアテナの黒髪がなびいた。そして、アテナはその張本人を指差した。


「犯人はアイツです」


「なッ!? お前、俺を売るのか!?」


 ジークは寝耳に水だった。骸骨はジークの前に立ちはだかり骨だらけの拳の関節を鳴らしている。


「覚悟できてんだろうな!?」


「売られた喧嘩は買ってやる! 来いよ、骸骨野郎!」


 ジークは大剣を構えた。骸骨は大きく拳を振り上げジークを殴りつけた。ジークは大剣の側面でガードしたが、後方へ吹っ飛んだ。


「痛ってー! この馬鹿力がッ!」


 ジークは骸骨に向って大剣を振る。すると骸骨は大きく跳躍した。そしてジャケットの中からバタフライナイフを取り出した。骸骨は小気味よくナイフを組み立てる技を披露して、ジークに向けて突き出した。


「ナイフって言っても、俺の剣と同じかよ」


 骸骨の折り畳み式ナイフはジークの大剣ほどの刃先だ。骸骨のナイフさばきは、まるで昭和のヤンキーのようだ。


「おらおらおら! こんなもんじゃ済まされねーぞ!?」


「くそッ!」


 骸骨の変則的なナイフさばきにジークは素早く大剣でガードする。骸骨は大技を繰り出すとき、必ずナイフを閉じてから開くという動作があった。ジークはその癖を数回見て、骸骨の攻撃パターンを見極った。骸骨が次の大技に入る瞬間、ジークは大剣を振り上げた。


「いい加減に―――しろッ!」


 骸骨の右腕が粉砕された。ナイフは地面に突き刺さり、骸骨の動きが止まった。


「俺のナイフさばきを見極っただと!?」


「無駄が多すぎんだよ」


 ジークは大剣を薙いで骸骨の首を飛ばした。骸骨の首は地面にドスンと落ちた。


「おつかれさまー、ジーク君はやっぱり強いねー」


「やれば出来る子だったんだ~」


 メアートとテミスがジークを褒めた。しかしジークは浮かばない顔で大剣を背中の鞘におさめた。


「簡単に仲間を売るんじゃねーよ、アテナ」


「自業自得でしょ?」


 ジークとアテナは互いをにらみ合った。テミスが間に入り2人を宥める。


「まあまあ、これで男爵の気も済んだことでしょ? 早く元に戻って修学旅行の続きをエンジョイ―――」


 ゴゴゴゴゴゴゴッ!!!


 テミスの言葉を遮り、地面が激しく揺れた。そして虚空から再び声がした。


「許せない! 小生を愚弄したばかりか子分までッ!」


 地鳴りと共にスクリーム男爵のうめき声が耳をつんざく。すると、どこからともなく大量の化物がおどろおどろしい声を発しながら4人を襲ってきた。


「キャーーーーーーー!!!」


 アテナは血相を変えてテミスに抱きついた。テミスは首を締め付けられアテナの腕をタップする。


「アテナアテナ、苦しい……」


「あッごめんなさい!」


 アテナは混乱している。テミスはアテナに向って声をかけた。


「レッスン2! 恐怖を声に出せ!」


「はいッ、師匠!」


 アテナは大量に向かってくる化物たちをキッと見た。


「怖い怖い怖い怖いッ! その足が気持ち悪いッ!」


 アテナは剣を振りまくる。足が緑色で全身マリモのような化物を切り裂いた。


「目が多すぎるッ!」


 体中に目がついているぎょろぎょろ目玉の浮遊魚を真っ二つに―――。


「あんた、頭いくつあんの!?」


 頭が観覧車のようについていた火車を突き刺した。


「その調子だよ! アテナ」


(これならアテナが【逆境スキル】を取得できる)


 次々とアテナは化物を切り裂いていく。メアートとジークも同様に殲滅していった。テミスも自分の能力を平均に下げる【ハーミット】を起動してから化物を退治していく。そして、大量の化物の死骸が地面を埋めた。


「ハアハアハア……これで終わり?」


 テミスは肩で息をする。他の3人も息を整えている。アテナは剣を地面に突き立てうなだれている。どうやら肉体的にも精神的にも限界に達したようだ。


「テミス、助かりました」


「うん」


(ステータス鑑定!)



 アテナ

 【レベル】27

 【体力】3200

 【魔力】 250

 【攻撃力】38

 【防御力】34

 【素早さ】28


  取得スキル 【ジャッジメントスキル】

  魔法属性  【光属性】

  武器装備  【剣、大剣、刀、ダガー】


  スキルポイント 【27】



(あれ!? まだ【逆境スキル】取得してない!?)


 ドスーン、ドスーン。


 4人は顔を上げた。遠くから地鳴りが響き、真っ黒な巨人がこちらへ向かって歩いてくる。そして徐々に全貌が見えてくると、アテナは借りてきた猫のようにピタりと止まった。その巨人は明治の軍服のような恰好をしていた。腰には儀礼刀を佩いている。身なりは正装だが身体は芋虫の大群だった。


「小生はスクリーム男爵。そなたたちを成敗しにきた」


 スクリーム男爵は腰から儀礼刀を抜いた。長さ8メートルほどの大きな刀。それをアテナに向って振り下ろした。呆然と立ち尽くすアテナは動く気配がない。テミスは慌ててアテナをお姫様抱っこをして逃げた。


「アテナ! しっかり!」


「無理無理無理無理! あんなの勝てっこない!」


「ちょっと、ここで待ってて」


 テミスはアテナを降ろし剣を抜いた。そしてスクリーム男爵に立ち向かっていく。芋虫は大きい個体で体長1メートルほどもある。スクリーム男爵の骨には大小さまざまな芋虫がまとわりついている。地面にはボトボトと芋虫が落ちてきて、4人を襲う。ジークとメアートはそれぞれ援護しあって対処する。テミスは大きい芋虫を斬り裂いて進みながら、スクリーム男爵の足元まできた。


「小生は陸軍将校である。この者たちは皆、小生の部下。部下の仇は小生が討つ」


 スクリーム男爵は刀を大振りする。テミスは咄嗟にしゃがんで避けた。しかし刀を振った反動で芋虫がボトボト落ちてくる。


「これじゃキリがない」


 テミスはスクリーム男爵に向って手をかざした。


「フレイム!」


 テミスの手から炎の玉が飛びだした。数匹の芋虫が焼け落ちてくる。芋虫たちは地面をくねくねさせて苦しそうにもがいている。スクリーム男爵はそれを見て再び肩を震わした。


「これ以上、小生の同胞を傷つけることは許さない!」


 スクリーム男爵の大振りが何回も続く。最後の一撃でテミスの肩をかすめた。右肩からは血が流れ、剣を左手に持ちかえる。


「それだけ部下を思いやれるんだったら、拷問とかするなッ!」


 テミスは剣をスクリーム男爵の顔めがけて投げつけた。しかし眉間あたりの頭蓋骨に当たって剣は弾かれた。


「小生は拷問などしてはいない」


「じゃあ、あの拷問器具は? 本は? あんたが蒐集した趣味悪い展示品はなに!?」


「あれは全て敵軍から徴収したものである。どこの博物館にも置いてくれないので小生の館に保管しておいたのである」


「え? もしかしてスクリーム男爵って、実はいい人?」


「小生はお国のために任務を全うした人生だったのである」


 スクリーム男爵はどこかさみし気に俯いた。テミスは戦う理由がなくなり、両手を挙げた。


「ごめん! 私勘違いしてた。そもそも悪いのはこっちだもんね?」


「む? 小生は謝罪を要求する」


「分かった! ジーク、こっちきて」


 スクリーム男爵は剣をおさめた。すると芋虫たちも攻撃をすることをやめた。そしてジークがスクリーム男爵の前まできた。


「なんだよテミス? こいつと一騎打ちか?」


「違うよ、ジーク。スクリーム男爵は思ったよりいい人だった。あんたが日記を勝手に触ったのが悪かったの。だから謝ってすむ問題よ」


「まあ、そうだな。確かに勝手に触った俺が悪かった。すまなかったスクリーム男爵」


 ジークは頭を深く下げた。それを見たスクリーム男爵は和解の握手を求める。スクリーム男爵の右手には小さい芋虫が無数に這っている。ジークは臆することなくスクリーム男爵の人差し指を握った。ジークの手には芋虫がワラワラと登って来る。


「これでいいだろ? テミス?」


「うん、ありがとうジーク」


 テミスとジークが後ろを振り向き歩いて行くと、スクリーム男爵が2人を呼び止めた。


「小生も少しやり過ぎてしまった。皆と仲直りの握手をしたい」


「え? あ、う、うん? も、もちろん!」


 テミスは動揺し冷や汗を流しながら、芋虫だらけのスクリーム男爵の指を握った。メアートの元にもスクリーム男爵は行って握手を求めた。メアートは両手で覆うようにして芋虫を少しも嫌がらなかった。そして最後にアテナの元へ行く。スクリーム男爵が手を差し出すと、アテナは目が灰色になった。


「どうかしたのであるか? 小生は仲良しの握手をしたいのである」


 アテナが握手を躊躇していると、テミスが耳元で囁いた。


「レッスン3 恐怖を感受せよ」


「は、はい! 師匠!」


 アテナは芋虫だらけのスクリーム男爵の指を握った。そしてキレた。


「プロミネンスプロミネンスプロミネンスプロミネンスプロミネンスプロミネンス」


 薄暗い夜空にたくさんの花火が上がった。それはまるで夏祭りの青春のようだ。スクリーム男爵とアテナを覗く3人は紅炎の爆裂にしばらく魅入られていた。すると遠くからバイクの轟音が響いた。


「兄貴~そっちは大丈夫ですか~!?」


 ジークが首を落としたヘヴィメタル風の骸骨が手を振りこちらへきた。


「お前、死んだんじゃないのか?」


 ジークがヘヴィメタルの骸骨を指差した。


「しばらくすると、もとに戻るんですよ。だってここは死後の世界だから」


「さて名残惜しいですが、小生は皆さんを元の世界に送り届けなくてはなりません」


 スクリーム男爵は勇者パーティーに一礼した。そして、刀を天にかざした。


「地獄の番人よ! この者たちを日の下に帰したまえ!」


 4人の視界が歪み意識が薄れていく。スクリーム男爵とヘヴィメタルの骸骨は仲良く手を振っている。4人の意識が戻ると、そこは元の場所。スクリーム男爵の館だった。4人は互いに顔を見つめあい安堵する。


「帰って来たのか?」


「楽しかったねージーク君」


「なんとかなった~、アテナ大丈夫だった?」


「はい。テミスのいう通りでした。恐怖の底へ行くと、恐怖が怒りに変わり、その怒りが原動力となり爆発的なエネルギーへ変換されていく。つまり【恐怖は力】ですね?」


「うん! 逆境から這い上がって来るには感情が必要なの。それは人によっては恐怖、憎しみ、怒りやプライド。私の場合は悔しさ。後悔し続けて力に変えてきた」


 4人は改めてスクリーム男爵の館を見回した。すると机の上には一枚のメモ用紙が置かれている。そこには―――。



【親愛なる小生の友へ。またいつでも来てください。地獄で待ってます。スクリーム男爵と部下より】



「行かんわッ!」


 テミスがツッコミを入れると、メモ用紙は消えていった。4人は談笑しながらスクリーム男爵の館を出ていった。


(そうだ! アテナはどうなった!? ステータス鑑定!)



 アテナ

 【レベル】27

 【体力】3200

 【魔力】 250

 【攻撃力】38

 【防御力】34

 【素早さ】28


  取得スキル 【ジャッジメントスキル】【逆境スキル】

  魔法属性  【光属性】

  武器装備  【剣、大剣、刀、ダガー】


  スキルポイント 【2】



(よし! 逆境スキルを会得してる。任務完了!)


 勇者パーティーはその後、修学旅行を楽しんだ。



    ◇◇◇◇


ーーー魔王城。


「魔王様! ブライネスが殺されたって本当か!?」


「ああ」


「なんで何もしない!?」


「害虫は勇者だけではなかった」


「どういう意味だ!」


「テミス……あいつは危険だ」


 魔王は玉座のひじ掛けに手を置いた。これ以上会話を続ける気がないらしい。全身毛むくじゃらの獣男が床から立ち上がった。


「それじゃあ! 俺にやらせてくれ!」


「お前じゃ無理だ」


 魔王はギロリと獣男を睨んだ。しかし獣男は怯まず続けた。


「ブライネスは俺の親友だ! 親友の仇は俺が討つ!」


 獣男は全身の毛が逆立った。今にも激情して暴れる寸前だ。魔王はため息を吐いた。


「勝手にしろ」


「おう!」


 獣男は拳をバチンと鳴らして魔王城を出ていった。テミスに殺された盲目の吸血鬼ブライネスの敵討ちに王都ユークレースへと向かった。

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