第10話 スクリーム男爵の館


 蒸気機関車に揺られて数時間が経つと、古都オリエントに着いた。生徒たちは荷物を持って宿泊施設まで歩いていく。宿は駅から近い豪華なホテルだ。中に入るとメイドと執事がズラリと並び、魔法学校生徒一行を迎える。各々のパーティーは部屋に案内され荷物を置いて再び外に出た。担任教師たちが生徒に簡単な生活指導を話す。夕食までにはホテルに戻ってくるようにと伝え、生徒たちはクモの子を散らすように繁華街へ向う。勇者パーティーはさっそく昼食を採ることにした。


「まずは肉だッ!」


「お肉屋さんはどこかなー?」


 ジークの強い要望は魔物肉専門店【びっくりドラゴン】でドラゴンステーキを食べること。メアートがキョロキョロと店舗を探していると、アテナは地図を見ながら目的地を指差す。


「あそこがびっくりドラゴンです。ドラゴンがステーキを焼いてる看板です」


「自分の肉を焼くって、ずいぶんと自虐的なドラゴンだね~」


「また生えてくるんじゃないでしょうか?」


「そっか~トカゲと同じ原理か~」


 アテナとテミスは会話しながら店の中へ入っていった。ジークとメアートも後に続く。店はすでに満席、アテナは店内を見回す。お客に気づいた店員がすぐこちらへやってきた。その女性店員はドラゴンの角を模したカチューシャをしている。


「いらっしゃいませ、勇者様! ドラゴン退治お疲れ様です!」


「え? ドラゴンを倒さなきゃ食べられないんですか?」


「あ~、初めてのお客様ですね? ここは勇者様(お客様)がドラゴンを退治してステーキを食べるという設定でやらさせてもらっています。なのでスルーしてもらって構いません。ご注文をこちらのメニューからお選びください。席が空いたら御呼びします。ドラドラ!」


 女性店員はアテナにメニューを渡し、両手を招き猫のように招く仕草をして持ち場へ戻った。


「今のなんか可愛かったねー、ジーク君?」


「そうか? 俺はああいうあざといのは嫌いだ」


 メアートはジークに向けて店員と同じように手を招いてみせている。


「テミスはああいうの嫌いですか?」


「私は好きかな~。ドラドラ! ほらアテナも一緒に~、ドラドラ!」


 テミスはアテナに向けて執拗に何回も手を招く。どうやらアテナがやるまで続けるようだ。するとアテナも観念しテミスの真似をして手を猫のように構えた。


「ドラ……」


「お席が空きましたのでこちらへどうぞ~」


 空気を読まない女性店員が颯爽と現われた。アテナは顔を真っ赤にして俯いた。そのまま店員の誘導についていく。テミスは朗らかな顔でうんうん頷く。ジークはこっそりアテナを見て同じように赤面していた。そしてポツリとつぶやいた。


「あざといのも……悪くはないか」


 4人が席に付くとメニューをテーブルに広げ、それぞれが好きな物を注文した。10分程で全ての料理が運ばれてきた。テーブルの上には魔力草サラダ、竜鱗のポテト、一角ウサギの唐揚げ、ドラゴンステーキ、勇者特性オリジナルパフェなどが置かれた。ジークは真っ先にジュージュー音を立て香ばしい匂いのするドラゴンステーキをフォークで突き刺す。子供ドラゴンの尻尾の輪切りで厚さ5センチの骨付きステーキだ。それをグイっと持ち上げガブッとかぶりつく。


「これがドラゴンステーキ! 力がみなぎって来るぜ!」


「尻尾って意外と柔らかいんだねー」


「これはなかなかいけます」


 3人とも肉をかぶりついている傍ら、テミスは竜の鱗の形をしたポテトをもくもくと食べている。


(さて、次はスクリーム男爵の館。どうしたらアテナが恐怖から這い上がって来れるかな~?)


 テミスが考え込んでいると、自分の皿を平らげたジークがにやりと笑った。テミスの隙を伺い、ジークは手つかずのドラゴンステーキにフォークを突き刺した。


「いただきッ!」


「あっ」


 テミスのドラゴンステーキはジークの口へ入っていった。テミスは恨めしそうにジークを睨む。


「こんにゃろー!」


「痛てッ」


 テミスは空になった木製コップをジークに投げつけた。するとテミスが何かを閃いた。


(そっか! これだ!)


 勇者パーティーは昼食を食べ終えると店を出た。次の目的地は【スクリーム男爵の館】。テミスはびっくりドラゴンのレジ前に置いてあったパンフレットを眺める。


「アテナアテナ~、ほらここに次の目的地が載ってるよ~」


「へーそうなんですか」


 アテナは素っ気ない返事をして明後日の方を向いている。それでもテミスはアテナに話しかけた。


「そうそう実は私も昔は怖いの苦手だったんだよねー」


「えッ!? そうなんですか!? どうやって克服しましたか!?」


 アテナは急にテミスを食い入るように見た。テミスはアテナをなだめてから、目を老師のように細める。


「勇者アテナよ。わしの極意を伝授しよう」


「よ、よろしくお願いします!」


 テミスはアテナに耳打ちする。コソコソと要点を伝えるとアテナの顔がみるみる生気にみなぎってきた。


「よいか? アテナ。あとは実践あるのみじゃ」


「はい! 師匠」


 テミスは好々爺のようにふぉっふぉっふぉと笑っている。アテナはパンフレットに載っている【スクリーム男爵の館】の写真を見て、子供のように目を輝かせていた。


 数十分後、スクリーム男爵の館に着くと一同は早くもその不気味さに呑まれた。


「今って、まだ昼だよな?」


「うーん、なんだか寒気がするよー」


「さすがに雰囲気あるね」


「……」


 それぞれが感想を言った中、アテナは無言で俯いた。テミスは再び目を細めアテナの肩に手を置いた。


「その壱 まずは敵を知れ」


「は、はい! 師匠!」


 アテナはスクリーム男爵の館を恐る恐る見た。石造りで立派な建築物だ。庭を見ると、遠くを指差した偉人の石像や馬に跨る騎士の彫刻が飾ってある。建物の周りは鬱蒼とした森林で囲まれ、大きな樹木で日光が遮られている。そのためジメジメと湿気が溜まり陰気な場所になっていた。しかし、意外にも人の出入りは多い。平日の美術館のように、ゆったりと鑑賞できるくらいの人数が出入りしている。アテナは全体を眺め怖い原因が何なのか判明して安堵した。


「な、な~んだ。思ったより大した事なさそうです」


「ね? よく見れば、ただの建物だったでしょ?」


 アテナは落ち着きを取り戻した。4人は入館料1人銀貨3枚を支払って中に入った。館は2階建てで1階は主に絵画や彫刻などの芸術品が飾られている。絵の色彩は綺麗だが描かれたモチーフはこの館の男爵を象徴しているようだ。


「中は普通に綺麗ですね。ちょっと絵が怖いけど……」


「大丈夫大丈夫。よく見てアテナ、ただの絵の具だよ~」


 アテナとテミスは館内に飾られた油絵を次々と観ていく。2人は【悪魔の食卓】というタイトルの絵画を鑑賞した。角を生やした悪魔が人間の目玉をフォークで突き刺し、人間の手足が床に散乱している。テーブルには皿に乗った生首がこちらを見つめていた。


「これはギリギリだめそうです」


「ほらほら、赤と紫と茶色だよ~」


 階段を上るとドアのついていない小部屋が所々にあり、その部屋の中にスクリーム男爵の蒐集品が飾られていた。2階は男爵の趣味嗜好の品々が展示されているようだ。最初の部屋は【幼少期】という展示室。4人はその部屋に入っていった。


「見て見てジーク君ー、手帳があるよー」


「ほ~、普通の手帳も飾ってあるのか」


 メアートとジークは展示品をパッと見ると流れるようにどんどん進んでいった。2人とも解説を読まないタイプの鑑賞者のようだ。テミスとアテナも同じ展示品の前にきた。


「アテナ~、ほら手帳だって。ここはまだ心が綺麗な男爵だったのかな~。手帳にブックカバーもつけてる。肌色? 豚の皮?」


「こちらに解説文があります。えーと【これはスクリーム男爵が6才の頃、愛用していた手帳です。最上級の品質の紙と職人のこだわりの一品。ブックカバーは生後3カ月の乳児の皮で、デキて、イマ、ス】……」


 アテナは解説文を読んで機械のように固まった。テミスもさすがに男爵の悪趣味に寒気を覚え、無言でアテナの手を引きその部屋を出ていった。次は【実験室】という部屋。魔物のホルマリン漬けや拷問器具があり、壁には変わった形の剣などが展示されていた。そして最後の部屋は、スクリーム男爵の仕事部屋【書斎】。両開きのドアを開けると、横には大きいガラス張りの本棚が置いてあった。本の題名を見てみると、悪魔召喚魔法、呪術魔法上巻下巻、猟奇殺人者の歴史などがあった。本棚には鍵がかかりガラス張りで本が取り出せないようになっている。部屋の奥には重厚な机が置いてあった。男爵はそこで本を読んだり執筆したりと、人生の大半をこの場所で過ごしていた。


 そして机の上には、いつの間にかポツンと本が置かれていた。


「こんなのさっきあったか? 男爵の日記? 根暗な人間は文字も細けーな」


「ダメだよジーク君、人の日記は勝手に読んじゃいけないんだよー」


 ジークは机の上に置いてある日記をパラパラめくった。メアートは怒った仕草をしているが傍から見ても叱責しているようには見えない。するとアテナがジークに向って歩いていった。


「ちょっと! 展示品に触っちゃダメでしょ!」


「や~い、アテナに怒られた~いっけないんだ~」


 アテナはジークから日記を取り上げ、机に戻した。テミスは小学生のようにジークを挑発している。4人は和気あいあいとした雰囲気で部屋を出ようとするが―――。


「待ちなさい君たち」


 突然、誰も座っていないはずの机から声がした。アテナの顔は急に青ざめ、出口のドアをガチャガチャと開けようとする。だが、鍵が掛かってドアが開かなかった。


「そのドアは開きませんよ」


 虚空から聞こえる声に耳を貸さず、アテナはドアに向って手を向けた。


「プロミネンス!」


「ちょ待てッ! こんな所で魔法を使うな!」


 アテナは恐怖のあまり我を忘れて上級魔法を唱えた。しかし、ドアを吹き飛ばせるはずの紅炎はすぐに消滅してしまった。アテナとジークはポカンと口を開ける。すると再びどこからともなく淡々と語る声がする。


「この部屋は小生の部屋である。小生の日記を勝手に読み小生を愚弄した。お前たちには小生の粛清を与える。恐怖のどん底に突き落としてくれる」


 ガクンッ。


 突然、部屋の床が沈み室内が歪んでいく。勇者パーティーは別の次元に飛ばされた。

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