第9話 勇者に欠けたモノ
リベンジを果たしたテミスはいつも通り学校へ行った。今日はダンジョン探索の日。担任教師に言われ生徒たちは各々4人パーティーを組む。そして、ダンジョンの祠に着くと一同はポカーンと口を開けた。ダンジョンは崩壊し岩山は崩れている。テミスはわざとらしく口笛を吹いていた。だが、誰も人がやったとは思っていなかった。結局、魔法学校のダンジョン探索は中止された。
4月が過ぎると陽気が盛んになり、草木が生い茂り新緑が景色をあざやかに染めた。魔法学校の授業が進み新入生は芽吹きのように力をつけていく。5月になると生徒たちは学校にもずいぶんと慣れていった。そして今月は親睦を深めるためと社会を知るために修学旅行の行事がある。
「それでは、修学旅行の行き先は古都オリエントとなります」
担任教師が場所を告げると生徒たちは歓声をあげた。古都オリエントは古代建築物や物流の中継地点で人や物で賑わい、世界でも有名な観光地。
「私、オリエントでウサギローブ買いた~い」
「俺は断然、勇者の紋章が入ったミスリルの剣だな」
「やっぱ甘いものもいいよね~、オリエント名物のレインボーパフェとか」
「食といったら、ドラゴンステーキも捨てがたい」
生徒たちの頭はすでに修学旅行でいっぱいだ。テミスは前世の記憶となんら変わることのない修学旅行にほくそ笑む。
(修学旅行か、懐かしいな~。やっぱ恋バナとかお土産とか、他校のヤンキーと喧嘩とかするのかな~)
テミスのニヤニヤを見てアテナは訝しい顔をする。
「やっぱりテミスも、その、修学旅行は楽しみですか?」
「まあね~、普段は見たことない友達の顔が見られるからね~」
「見たことない顔……私もテミスの……ぶつぶつ」
「今なにか私の名前言った~?」
「い、いえ。言ってません」
「そっか~」
2人の横では赤髪のジークと巨乳のメアートが会話をしている。身長差がクラスで一番の凸凹コンビだ。
「ジーク君はー、やっぱ男の子だから剣とか欲しいのー?」
「俺はチャラチャラした剣なんぞ欲しくねーよ。それよりも肉だ! メアート、絶対に俺はドラゴンステーキを食べるぞ!」
「ジーク君とーテミスちゃんとー、あとアテナちゃんも一緒にねー」
「アテナとか別にどっちでもいいだろッ!?」
「私が何?」
ジークが頬を赤めて否定していると、後ろからアテナが会話に入ってきた。
「別に何でもねーよ! お前には関係ねー」
「さっき、肉とかチャラチャラとか聞こえたんだけど」
「ジーク君はー、アテナちゃんとお肉が食べたいんだよねー」
「だから、違うっつの!」
修学旅行のメンバーはダンジョン探索で組んだ4人パーティー。親睦を深めるという意味もあるが、冒険者としての結束力を高めるためでもある。お互いの趣味嗜好を知っていた方が生存率が上がるというデータもある。生徒たちは浮かれているが、教師たちにとっては生徒たちの死亡リスクを回避させるため、重要な学校行事であると認識されている。
「では明日、朝7時までに魔法学校の校門まで遅れず来てください」
「はーい」
翌朝、新入生たちは学校の門に集合し駅に向かった。そこから蒸気機関車に乗って古都オリエントへ。各パーティーは4人用の席についた。勇者パーティーは旅ルートを相談する。テミスはふと窓を眺めて風景を見た。外は山々が遠くに見え、大河は緩やかなカーブを描く。まるで風景画のような景色。その間、3人はそれぞれ行きたい場所をめぐって言い争っている。テミスは目を閉じ思いにふけった。
(なんかいいな、こういうの。今日はゆっくり旅を楽しみますか~)
《でも、何か忘れてない?》
(め、女神ッ!? 自然に心に入ってこないでよ!)
《ごめんごめん、普段はシャットダウンしてるから平気よ平気。それよりも私たちは勇者アテナを育てなくちゃならないのよ?》
(う、うん。それは分かってる。でもどうやって? 経験値を稼ぐためには魔物を倒さないといけないし……)
《そこで、今回の修学旅行の課題を発表します》
(え~!? 旅くらい楽しませてよ! 私だって今までずっと修行してたんだからさ~)
《もちろんテミスが楽しい課題よ》
(それならいいけど。で、何をやったらいいの?)
《勇者アテナに【スキル】を会得させてください》
(スキルって生れた時に賦与されるケースとボスを倒した時にもらえるんだよね?)
《そうそう。まずはアテナのスキルをステータス鑑定で見てみて》
(わかった。ステータス鑑定!)
アテナ
【レベル】25
【体力】3000
【魔力】 240
【攻撃力】35
【防御力】30
【素早さ】24
取得スキル 【ジャッジメントスキル】
魔法属性 【光属性】
武器装備 【剣、大剣、刀、ダガー】
スキルポイント 【25】
(お~成長してますな~。あれ? 魔力って新しい?)
《吸血鬼を倒したとき取得した【魔力感知スキル】のおかげね》
(そっか)
《ちなみに【ジャッジメントスキル】ってのは正しい裁決ができるスキルよ》
(それでアテナはルールに厳しいのか。で、何を覚えさせたらいいの?)
《勇者アテナに欠けているスキル【逆境スキル】よ》
(どういうスキル?)
《読んで字のごとく、どんな困難にも負けない強靭な精神力よ。あなたは前世、ラグビーの練習でそのスキルを取得していたの。東条正義にあってアテナに欠けているもの》
(あ~そういうこと。つまり自分のケツは自分で拭けってことね)
《その素質を持ったあなたが勇者転生を拒否した。それで、その素質が1つ欠けたアテナが代理で勇者になった。ということは、あなたがその逆境のなんたるかをアテナに教えることで上手くことが丸くおさまるっていうこと》
(強靭な精神力を教えるって言われても、私に何ができるの?)
《苦痛よ。その人にとって苦痛を与えることで精神が鍛えられる》
(……なるほど。心当たりがある。私はラグビーが一番好きだったけど、一番苦しかったのもラグビー。つまり、その人にとって、どん底を味合わせればいいってことね)
《よくできまちたね~パチパチパチ》
(ここは幼稚園かッ!?)
《とにかくこの修学旅行中、アテナに苦痛を与えるの! アテナがそれを乗り越えた時【逆境スキル】が身につくわ! 分かりまちたか~?》
(は~い!)
テミスはノリで幼稚園児のように大きく手をあげた。横にいたアテナは驚いてテミスの顔を覗き込む。
「テミス? どうかしましたか? 行きたいところでもあるのですか?」
「え? うーんと。そうだ! 私、スクリーム男爵の館に行きたーい」
「おいおいマジかよテミス!? いい度胸してんじゃねーかよ!」
「テミスちゃんはー怖いの好きなのー?」
「す、スクリーム……」
ジークは見直したと言わんばかりにテミスの肩をがっしり掴んだ。メアートは相変わらずニコニコと見ている。そしてアテナの顔は顔面蒼白になっていた。スクリーム男爵の館とは猟奇的殺人者の住んでいた館。彼の悪趣味な蒐集品をそのまま展示しているという一風変わった恐怖の博物館。それとそこは、世界でも有名な幽霊スポットとしても認知されていた。
「あれ? アテナー? どしたー?」
「テミス……本当に行くんですか? 私、幽霊が苦手で……スクリーム男爵の館は……その、よく出るって……」
「私、科学信者なんだよね! だから、幽霊とか女神とか信じてないの! 怖いのって結局、自分が創りあげた虚像だからさ。アテナはそういうの信じてるの?」
テミスは以前からアテナが見えない何かに怯えている様子を観察していた。そしてテミスの予想通り、アテナの苦手なものは【ホラー】だった。夜中に突然きしむ音が聞こえたりするとアテナはビクッと身体をこわばらせていた。アテナは困惑した顔で言った。
「わ、私だって幽霊とか信じてませんからッ!」
「わ~い! じゃ行こー!」
アテナはロボットのように固まり、ひきつった顔で笑っていた。
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