第6話 バグプレーヤー


「今日の授業は4人チームを組みダンジョン探索をして、奥の祭壇でこのリンゴを取ってきてください」


 Aクラスの担任教師は生徒に今日の課題を出した。能力測定の結果、Aクラス(優秀)、Bクラス(普通)、Cクラス(劣等生)に分けらた。一番人数が多いのは普通の生徒Bクラス、次に劣等生Cクラス、そして最も人数が少ないのは優秀な生徒Aクラスとなっている。アテナとテミスは優秀な生徒Aクラスに分けられた。Aクラスの人数は36人/639人。アテナは他の生徒には目もくれず、テミスの手を取った。


「テミス、一緒のチームでいいですね」


「おー、アテナ早いね? もちろんいいよ」


 アテナはジッとテミスを観察している。まるで動物の生態を探っている生物学者のようだ。テミスは少しだけ戸惑い教室を見回す。


「アテナー、あと2人誰がいいかな~?」


「えっ? そ、そうですね……」


 アテナはつかつかと教室を歩いた。


「あなた、それとあなたも」


 アテナは教室内で一番背の高い赤髪の男子生徒と一番背の低い巨乳の女子生徒の手を取った。赤髪の男子生徒はアテナの手を途中で振り払う。


「ちょッ、待て! 勝手に決めるな」


「何か不満でも?」


 アテナは依然として強気で答えた。赤髪の男子生徒は身体を前かがみにしてアテナにガンを飛ばす。


「あるに決まってるだろ!」


 赤髪の男子生徒はアテナの胸ぐらを掴んだ。即座にアテナは相手の手首の脈を強く圧した。


「い痛てててててッ!」


 男子生徒はアテナの胸ぐらから手を離した。


「ほら、私の方が強い。本当は誰でもいいのですがあなたは目立つから。おとりに最適かと」


「なめてんじゃねーぞッ!」


 赤髪の男子生徒はアテナに殴りかかる。アテナはため息を吐き男の拳を軽く受け流した。そして後方へ回り込み、膝裏をトンと蹴り関節を曲げた。男はされるがままに床に膝をついた。アテナは男の首にそっと手を当てる。


「これであなたは二度、命を落としています」


「クソッ」


 アテナと赤髪の男子生徒の騒ぎで教室内は静まり返った。すると巨乳の女子生徒が口を開く。


「けんかはダメですよー。ほらジーク君もアテナちゃんもー」


 巨乳の女子生徒は赤髪のジークとアテナの手を取って、仲良しの握手をさせた。


「やめろッ、メアート!」


 ジークは頬を赤めて咄嗟にアテナの手を振り払う。メアートは背の高いジークを見あげニコニコと笑う。


「でもー、さっきジーク君ねー? アテナちゃんの事じーっと見てたんだよー?」


「ばッお前!」


「へ~、どうする? アテナ?」


 テミスは赤髪のジークをニマニマと見ながらアテナに訊ねた。アテナはキッとジークを睨みつける。


「不潔です」


「ありゃりゃ儚い恋でしたな~」


「ジーク君はー、こういう美人さんがタイプだったんだねー」


「てめえらッ……いい加減にしろよ!?」


 こうして生真面目アテナ、自由奔放テミス、おっとりメアート、短気なジークの4人パーティーが結成された。


 Aクラスの生徒たちは各々パーティ―を組み教室を出た。学校から少し離れた所にあるダンジョンの祠の前に到着する。担任教師は痩せ身で病弱だが王族の護衛騎士として名が知られていた。剣と魔法は一流の教師。一度、生徒たちに魔物を倒すデモンストレーションを見せる。その時、魔物の弱点や魔物を倒した後の素材の取り方など簡単にレクチャーしてみせた。


 魔物の倒し方を学んだ生徒たちは、各々パーティーの代表を決めた。そして代表がくじを引き、番号の順番にダンジョンへ入っていく。担任教師は9個のリンゴに番号を書いた。番号が見えない状態でリンゴを置き、各々パーティーの代表が一斉に取る。アテナは一番右端のリンゴを取った。


「1番アテナ、2番マリウス、3番……」


 担任教師が次々と順番を呼んでいく。すると、2番を引いたマリウスはテミスに向って歩いていった。そしてテミスに指を差す。


「テミス! お前には絶対負けないぞ!」


「わ、わたし??」


 テミスはキョトンとした。マリウスはブロンド髪をオールバックにした金持貴族出身。パーティーメンバーはガタイのいい男2人とセクシークールな女騎士1人。3人ともマリウスのお付きだ。


「坊ちゃまは高貴なブルトゥス家の長男であらせられる」


「田舎者のテミス、貴様は坊ちゃまの噛ませ犬となるのだ」


 お付きの筋肉男2人がテミスを挑発した。男たちの後方では腕を組んだ女騎士が嘲笑っている。


「つまりテミス。あなたマリウス様の練習相手になりなさいということ」


「糧になれと??」


「ブルとコリーあまり威圧するな。テミスがびびっている。それとエリー、練習相手ではない格下の練習相手だ」


 テミスは受け身の態度でにこやかな表情で固まっている。


(め、めんどくせー)


「テミス、行きますよ! 私たちは1番目です」


「あーアテナが呼んでるー。じゃあ私はこれで失礼します。えーと、まーまーまー……マー君」


「マ、マー君だとッ!?」


 マリウスはその場でわなわなと震えた。お付きたちは急いでマリウスにフォローの言葉をかける。テミスはさっさと退避しアテナの元へ走って行った。


 アテナたちのパーティーがダンジョンに入ると、壁にはランプが燈されていた。ここは採掘場の跡で鉱石を運ぶトロッコや洞内を照らすランプがまだ残っている。先ほど教師が実演したモンスターが数体出てくると、まずアテナが特攻し、続いて大剣を持ったジークが援護、その後方から回復支援をするメアートという流れだった。その作戦でここにいるモンスターは簡単に殲滅できた。テミスは仲間の優秀さに安堵する。何もしていないテミスにジークはとうとう口出しする。


「てめー、テミス! また見てるだけかよ!」


「いや~ごめんごめん。次からは参加するからさ」


「チッ」


 ジークは大剣を背中の鞘に収めた。テミスは物陰でこっそりとつぶやく。


「ハーミット」


(これで私は30分間平均能力になった。ここのモンスターレベルなら問題ないよね)


「なんか、開けた場所に出たぞ?」


「ここがチェックポイントでしょうか?」


「確かー、さっきのリンゴがここに置いてあるんだよねー」


 ジークとアテナは広い空洞にまだ魔物がいないか探索している。メアートは奥の廃れた祭壇に行き、教会祭壇の上に置いてあるリンゴの番号を確認している。テミスは入口で魔物が来ないか見張りをする。


「あれー? 1番だけ、ないよー?」


 メアートがテミスの方を向いて首を傾げた。その瞬間―――。


 ドスッ。


「メアートッ!?」


「ごふぅ……」


 メアートの口から血が大量に出た。左胸からは剣が突き出てすぐに引っ込んだ。メアートの心臓を一突き。メアートは即死だった。訳も分からずジークは頭に血がのぼり意識が飛んだ。メアートが倒れた場所へ駆け寄ると―――。


 ザシュッ。


「貴様……」


 ジークの身体は竹のように真っ二つに切り裂かれた。遠くにいたアテナとテミスは、すぐさま戦闘態勢にはいった。一瞬で斬殺させた目に見えぬほどの速さ。アテナは目をつぶった。


「プロミネンス!」


 アテナは天井に向けて上級魔法を放った。紅炎が頭上に噴出し天井は赤く燃え上がる。すると上から大きなコウモリが降りてきた。そのコウモリは瞼が縫い針で縫ってあった。そして羽を広げて剣を突き出す。


「さすがは勇者アテナ! わたくしの居場所を目で探さないとは!」


 コウモリの騎士は剣を鞘にしまい礼儀正しくお辞儀した。


「わたくしの名はブライネス。盲目の吸血鬼です」


 ブライネスは目が見えないが、超音波で相手の位置や地形を探ることができる。


「魔王の部下ね!」


「その通りでございます」


「何しに来た!」


 アテナは殺された2人を見た。拳を固く握りブライネスをキッと睨みつける。


「あなたを殺しに」


 ブライネスは薄気味悪い笑みを浮かべた。そして突然、アテナに斬りかかる。


 ガキンッ!


「何とッ!」


 ブライネスの剣を防いだのはテミス。ブライネスの高速の突きを剣の側面で止めた。


「聞いてアテナ! 私はあいつの剣筋が見える! 隙を見て魔法を撃って!」


「分かりました!」


 テミスは【ハーミット】の効力で平均能力だったが戦闘のカンは衰えていなかった。ブライネスは躊躇せずアテナの命を狙ってくる。それをテミスは動きずらい身体でなんとか防ぐ。激しい攻防が続く。アテナは徐々にブライネスの影を目で追えるようになってきた。


「驚きました! この短時間でわたくしの動きを追えるまでに成長された! やはり魔王様は正しかった。大きな害虫ほど先に仕留めたほうがいい!」


「来るよ! アテナ!」


「はい!」


 ブライネスの速度がさらに上がった。アテナの心臓を突き刺す瞬間、テミスは咄嗟に魔法を唱えた。


「フレイム!」


「おっと危ない」


 ブライネスはのけ反り直撃を回避した。アテナはその場で尻もちをつく。テミスはアテナの前に立ち両手を広げた。


「絶対に殺させない!」


「……テミス」


 アテナの力量を遥かに超えた敵。アテナは奥歯を噛んだ。


「私さえ、私さえしっかりしていれば……」


「違うよアテナ!」


 テミスは後ろにいるアテナに言った。


「ここは私にまかせて。絶対に大丈夫だから」


 テミスの額からは汗が滲み出ていた。すでに身体は限界、平均能力では到底敵う相手ではなかった。テミスはブライネスを注視しながら思考する。


(あと5分! 何か手はない!? 時間さえ何とかなればこんな奴ッ!)


「おや? あなた……何かおかしいですね??」


 ブライネスはテミスを見て首を傾げた。盲目であるゆえ視覚できない部分を感知したようだ。時間が経つにつれ、テミスの能力の違和感に気づいた。


(まさかバレた!? ハーミットはまだ切れてないのに!?)


 ブライネスはテミスの深部から溢れる魔力を感知する。その裏側に隠された潜在能力が徐々に開放されていくのを見て驚愕した。


「まだ底が見えない?? ……これはひょっとすると魔王様よりも……上?」


 ブライネスはテミスの強大な魔力にいち早く気付いた。テミスの秘められた能力はすでに魔王の力をも上回り、力が開放されれば自分など敵ではないと。そのことを理解すると、ブライネスは焦り本気になる。


「これはいけません! 勇者アテナのお友達の方が大きな害虫です! この力は脅威! 即刻処分しなければいけませんッ!」


「くッ、今度は私!?」


(これなら何とか凌げるか!?)


 ブライネスはテミスに剣を向けた。テミスに迫り、突きを乱れ撃つ。テミスは腕を刺され足を斬られボロボロになっていく。だが、なんとか致命傷だけは避けていた。


「テミス!」


 アテナは血だらけになっていくテミスを見て立ち上がった。そしてブライネスの攻撃を目測し手をかざす。


「これで最後の一突きです」


「プロミネンスッ!」


 ブライネスは不意を突かれ紅炎に包まれた。コウモリの羽が焼き焦げ、ブライネスはその場に倒れた。黒煙が天井へのぼり辺りの視界がぼやける。


「やりました、テミス! 怪我は大丈夫ですか!?」


 アテネは急いでテミスの元へ駆けていった。テミスは腕を抑え痛みに耐えている。


「やったね、アテナ……」


 ザクッ。


「えっ?」


 アテナの左胸から剣が突き出た。片翼を失ったブライネスは我を忘れて高笑いする。


「あーはッはッはッは! やりましたよ魔王様! 勇者アテナを殺しました!」


 テミスはそのまま倒れるアテナを抱えた。


「嘘だ……嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ」


「テミス……ごめん、なさい」


 アテナは死んだ。テミスはアテナを抱えたまま、高笑いする吸血鬼を鋭く睨んだ。


「絶対に許さない」


「おっと」


 ブライネスは悪寒を感じ一瞬で我を取り戻した。


「危ない危ない。これは危険な駆け引きでした。魔王様の命令は【勇者アテナを殺す】こと。あなたではありません。つまり引っ掛かったのですよ? 私のペテンに」


「……」


 テミスは無言でブライネスに剣を振った。しかし―――。


「今のあなたでは私は倒せないでしょう。力が解放される前にわたくしは退散させて頂きます」


 ブライネスは焼き焦げた羽を再生し、ダンジョンを飛び去っていった。


 テミスの前には仲間の死体が3体。テミスは涙が溢れ地面を思いっきり殴った。


「くそッくそくそくそくそくそーーーーー!!!」


 テミスの怒りが洞窟内に虚しくこだました。すると突然、頭の中で声がした。


『バグを見つけてください』


「こんな所でバグを見つけて何になるの!?」


『バグを見つけてください』


「勇者アテナが死んだのよ!?」


『バグを見つけてください』


 壊れた機械のように何度も頭の中で繰り返す女性アナウンサーの声。テミスは泣きじゃくりながら辺りを見回した。すると、教会祭壇の下にリンゴが1つだけ転がっていた。リンゴからは電子バグが発生している。それはアテナがくじで引いた1番と書かれたリンゴ。


 テミスはその果実を無心で拾った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る