第5話 魔法学校 入学式


「テミスよ。お前はもう十分に強くなった。これからは隠れた強者として生きていけ」


「どういうこと? ジーちゃん?」


「最近、噂の勇者が王都に現われた。それと同時に魔物の動きも活発になった。おそらく魔王が復活したのじゃろう。お前はすでに前の勇者よりも強く、すでに魔王も倒せるだろう」


「前の勇者って? ジーちゃんの知り合い?」


「前勇者パーティーの魔法使いじゃ」


「ジーちゃんはスゴイな~」


「お前を鍛えていて気づいたのだが、テミス、お前は能力の上限値がない。どういう訳か鍛えれば鍛えただけ強くなる規格外の存在。わしは興味本位で全ての魔法を教えた。するとお前は全ての魔法を取得した。これはわしの過ちじゃ」


「そっか。でも悪用しないよ」


「そう。お前なら大丈夫。だが、お前を利用したい奴はたくさんいるじゃろ?」


「なるほど」


「そこで、最後の魔法を教える」


「最後の魔法?」


「うむ、手を出せ」


「う、うん」


 老人はテミスの手を覆った。


「ハーミット」


 テミスの右手の甲に賢者の紋様が浮かんで消えた。


「これは?」


「これで、お前はどこでも年相応の平均能力を使えるようになった。しかし、本来の能力は常時開放されておる。自分の能力を隠すときだけ【ハーミット】と唱えればよい」


「分かった、ありがとうジーちゃん」


 テミスは旅支度を整えると、勇者の居る王都ユークレースへと旅立っていった。


 王都に到着したテミスは宿に泊まり次の日の入学式に備えた。魔法学校の入学式当日、テミスは制服に着替えた。赤いジャケットに白いワイシャツとリボン、グレーのミニスカート。ジャケットの胸の紋章には金の刺繍で魔法学校のエンブレムが入っている。


 テミスは宿を出て魔法学校へ向かった。学校の門はすでに開かれ、中に入ると同じ制服の生徒がたくさんいた。テミスの目立つ金髪と端正な顔立ちは皆の視線を集める。


「結構、人いるな~。なんとまあ立派なこと」


 校舎は6階建てのバロック建築。庭園には立派な芸術彫刻が飾られている。テミスは口を開けたまま馬に跨る勇者の彫刻を鑑賞していた。


「ちょっと、そこのあなた」


「はい? 私のこと?」


「そう。金髪のあなた」


「なんでしょう?」


「校則違反です」


「この彫刻は見ると呪われるとか?」


「違います! あなたスカート丈、短すぎます!」


「あ~」


 テミスに注意したのは、黒髪ロングの美少女。凛々しい顔立ちでスカート丈は膝上5センチメートル。それに対し、テミスは膝上20センチメートル。魔法学校の校則ではスカート丈は膝上10センチメートルまでと規定されている。黒髪美少女は風紀委員のようにテミスの服装をチェックする。


「それにワイシャツのリボンもだらしないです。もっと上に。スカートはここです。それと、ここに寝ぐせが」


「んー」


 テミスは黒髪美少女にされるがままに身なりを整えられていく。厳しいチェックが終わると、黒髪美少女は右手を差し出した。


「自己紹介が遅れました。私の名はアテナ。勇者の末裔です」


「私はテミス。森の田舎者です」


 アテナは自己紹介をすると颯爽と校舎の中へ入っていった。テミスはキチンとした身なりで、再び馬に乗った勇者の彫刻を見あげる。


(勇者ね~、ジーちゃんが言ってた人か……)


 学校の鐘が鳴り、テミスも校舎へ入っていった。入学式は新入生639名、教師13名、学校関係者12名が各々の位置で並んでいる。司会者の簡単なあいさつから始まり、国歌斉唱、校長のあいさつ、市長の祝辞、生徒会長の歓迎の言葉、そして新入生の誓いへと進む。


 テミスは途中から立ったまま寝てしまった。テミスの目が覚めると、壇上には先ほどの勇者の末裔アテナが話していた。


「……私たち新入生は今日から学園で志操堅固(しそうけんご)を実行し、事上磨錬(じじょうまれん)に励み、救世済民(きゅうせいさいみん)に務めます」


 アテナはスピーチが終わると壇上から降りていった。そして司会者の閉式の言葉で締めくくられる。テミスは訳の分からない四字熟語を聞いて、顔をしかめていた。


「急性催眠??」


 パチパチパチパチ。


 入学式が終わると新入生は能力測定に移る。校舎の外に出ると風が心地よく晴天がいっそう太陽を輝かせていた。能力測定は外の魔法訓練所で行われるため、新入生と先生はそこへ移動した。


 魔法訓練所は東京ドーム1個分ほどの広さで、仕切りや机、様々な測定器具が置かれていた。新入生は能力測定の前に自分の属性を知るため、魔導書の選別が行われる。魔導書の選別は7冊の魔導書によってなされる。それぞれの本は【火の魔導書】【水の魔導書】【雷の魔導書】【風の魔導書】【土の魔導書】【光の魔導書】【闇の魔導書】である。どれか1冊だけ自分に合った属性の魔導書が光るという選別法になっている。


「まずは、首席のアテナ。各魔導書に手を当てなさい」


「はい!」


 担任の教師がアテナを魔導書の机の前に立たせた。机には7冊の本が並べられ、辞書のように分厚く、古書のように荘厳だ。アテナが一つ一つ手を本に置いていくと6冊目が光った。


「お~」


 周囲から感嘆の声が上がった。担任教師は頷き、アテナは相変わらず凛然としている。


「アテナの属性は光だ。さすが勇者の末裔だな」


「ありがとうございます」


 アテナが元の位置に戻ると、次はテミスが呼ばれた。


「次、テミス」


「はーい」


 アテナと同じように、テミスは次々と本に手を置いていく。流れ作業のように素早くトントンと触れていった。


「おいおい……どうなってるんだよ、ざわざわ」


 周囲の声が騒がしくなった。テミスが触れた本を振り返ると―――。


「全部光っている……、ありえないぞ!」


 担任教師は前代未聞の全ての本が光るという現象を見て唖然としている。その様子にテミスは慌てて、小声でなにかつぶやいた。


「いけね、ハーミット」


 この状況を理解できない担任教師はテミスにもう一度、最初からやるように指示した。テミスは最初の本に戻り、火の魔導書に触れる。


「光った……次は?」


 次にテミスは水の魔導書に触れる。


「光……らない? よかった。テミスの属性は火だ」


 テミスが他の魔導書に触れていっても本は光らなかった。担任教師は胸をなでおろし、次の生徒を呼んでいく。


「あなた、どういう……」


「えへへ、魔導書が故障したのかな~」


 アテナの珍獣を見るような目がテミスに突き刺さった。テミスは頭をかいて笑ってごまかした。


 新入生は魔導書の選別が終わった順に、運動能力の測定へと移行する。運動能力は【レベル】【体力】【攻撃力】【防御力】【素早さ】をクリスタルに触れて鑑定する。アテナのステータスは首席だけあって優秀だった。


 アテナ

 【レベル】20

 【体力】2500

 【攻撃力】30

 【防御力】25

 【素早さ】19


 

 続いて、テミスがクリスタルに触れた。


 テミス

 【レベル】15

 【体力】1500

 【攻撃力】20

 【防御力】15

 【素早さ】10



 アテナのレベルを下回り、テミスの能力は全て無難な数値だった。


 次は魔法能力の測定。魔法教師の前で自分の最上級の魔法を唱え、鉄壁に向けて放つ。破壊度と精度によってランク分けされる。魔法教師はアテナを鉄壁の前に立たせた。アテナは右手を前に突き出し魔法を唱えた。


「プロミネンス」


 ドガーン!


 アテナの放った紅炎は鉄壁を半分壊した。魔法教師はアテナの上級魔法を見て、言葉が出なかった。


「先生、評価を」


「あっ、はいはい。上級魔法Aランクです」


 衝撃音が辺りに響くと新入生たちの目は一点に集まった。勇者の末裔アテナの実力を認めざるを得ない破壊力だった。アテナに視線が集まっている間、テミスは隣の鉄壁に向けて、こっそり魔法を放った。


「黒炎」


 ドガガガガッーーーン!!!


 テミスの手からは黒い炎が噴出し、鉄壁を一瞬で溶かした。そして奥の旧校舎まで破壊させてしまった。テミスは小首を傾げ、右手の甲を確認した。


「しまった! もう切れてる!」


 テミスのハーミットはすでに効力を失っていた。


(そういや、ジーちゃんに効果時間は30分間だって言われてた~)


 魔法教師は慌ててテミスの顔を見た。魔法教師の瞼はくまで眠たそうな反目だったが、急に目を見開き大きな目で顔を近づけた。


「テミス! 今の魔法はなんですか?」


「黒炎……初級魔法ですけど」


「黒炎ですって!? 炎の初級魔法はフレイムです。続いて中級がギガフレイム、上級がテラフレイム。そこから先はSランク魔法! あなたの黒炎はシングルエスの魔法です!」


「ですよね~、アハハ」


 テミスの勘違いとハーミットが切れたことが重なり、旧校舎を壊し、予想外の魔法能力を露見させてしまった。テミスは笑ってごまかそうとしたが今回はそうはいかなかった。


(横文字覚えるの苦手なんだよな~)


「と、とにかく。新入生全ての能力測定が終わったら私のところまで来なさい」


「は~い」


 テミスは肩を落とし、しばらく新入生の能力測定を眺めていた。するといつの間にかアテナが隣にいた。


「あなた何者です?」


「えー先ほども申し上げました通りしがない森の田舎者でございます」


 アテナの質問にテミスは抑揚のない口調で答えた。


「それでは説明になっていません!」


 アテナはテミスの規格外の能力に怒りと不安を覚えていた。


「アテナは怒ってる顔もかわいいな~」


「茶化さない! それに呼び捨てです!」


 テミスは急に真剣な顔になり、アテナに訊ねた。


「アテナ。人生で一番大切なことって何?」


「なんですか? いきなり」


「いいから答えて」


 アテナはテミスの質問に沈思した。しばらく間が空いてから答える。


「人を救うこと」


 アテナの解答にテミスは優しく微笑んだ。


「じゃあ、自分は?」


「それはテミス様自身ということですか?」


「ううん、違うよ」


「……」


 アテナはテミスの質問の意味を理解し、無言になった。テミスはそんなアテナを見て空を見あげた。


「人を救う前に自分を救わなくっちゃね。私にはアテナがとても窮屈そうに見えるんだ」


「窮屈……?」


「そ。もっと人生を楽しもうよ!」


 テミスの笑顔にアテナは戸惑った。勇者の末裔として生きてきた15年間。彼女にこんな言葉をかけてくれる人など一人もいなかった。


「善処します」


「それでよし」


 ようやく、魔法学校の新入生能力測定が終わり、魔法教師はさっそくテミスを大声で呼んだ。


「テミス! こっちへ来なさい!」


 テミスが魔法教師の元へ走っていくと、アテナは空を見あげた。


「人生を楽しむ……か」


 アテナは急に肩の力が抜け、久しぶりに笑った。遠くで魔法教師に叱られているテミスを見て、学園生活の始まりに大きな希望を見出した。



   ◇◇◇◇


 魔王城―――。


「魔王様、王都ユークレースで勇者が確認されました」


 魔王は玉座に座りながらピクリとも動かず静かに言った。


「殺せ」


「はッ。しかしもう少し様子を見るというのも手ではないでしょうか? 目下の急務は魔族領域を拡張させること。勇者を倒すのは先でもよいのではと愚考します」


 魔王直属の部下ブライネスは英国紳士のように礼儀正しく魔王に進言した。魔王はギロリと目だけを動かしてブライネスを睨みつけた。


「貴様、目だけではなく頭まで盲目になったか?」


「申し訳ございません」


 ブライネスの目は両目を縫い針で縫ってある。魔王はブライネスに訊ねた。


「ブライネス。お前、今日は何人、人間を殺した?」


「一人も殺しておりません」


「悪い子だ」


 魔王の圧迫感にブライネスの背筋から冷や汗が流れた。魔王は続けて言う。


「勇者は魔族か?」


「いえ、人間です」


「なら殺せ。人間は魔族にとって害虫。大きい害虫ほど先に殺したほうがいい」


「仰せのままに」


 吸血鬼であるブライネスは、コウモリのような羽を広げて飛び去っていく。勇者の末裔アテナのいる王都ユークレースへと……。

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