第4話 音信不通


 東条正義はカオスゲートの副作用により5歳の女の子になった。そしてバグで時間を飛ばし森に住む老人の孫娘テミスとして、新たな人生をスタートさせる。


「テミス、いつまで寝てる!」


「……う~ん」


 老人はベッドで寝ていたテミスを叩き起こした。窓の外を見てテミスはつぶやいた。


「もう夕方??」


「馬鹿たれ、朝の5時じゃ。さあ森に行く時間じゃぞ」


「朝5時~? もう少し眠らせて~」


「起きろッ!」


 老人はテミスの頭にげんこつを飛ばした。テミスは瞼をこすりながら、のそのそとベッドから立ち上がる。テミスが朝支度を整えると、老人はすでに外で待っていた。


「あの~、ごはんは?」


「今日はぬきじゃ」


「そんな~」


「わしに着いて来い」


 テミスは老人についていった。早朝の森は小鳥のさえずりが聴こえ、すがすがしい気持ちになってくる。森の中を30分ほど歩くと湖の畔に辿り着いた。


「今日はモンスターを1体、これで倒してこい」


「今なんて?」


「これが武器じゃ」


 老人はテミスの目の前にナイフを投げ落とした。テミスはナイフを拾って持ってみる。まるで母親の料理をお手伝いする子供のようだ。


(子供にナイフ? これでモンスターを倒す? どんなスパルタだ? そうだ! どこかにバグはないのか?)


『……』


(あれ、おかしいな? 【バグ認識スキル】が発動しない?? おい女神ッ!?)


《……》


(こっちもか? 一体どうなってる??)


 テミスが戸惑っていると、草むらからモンスターが1体現われた。ウサギのような愛らしい姿だが、牙は鋭く爪も長い。テミスは反射的に構える。


 ザシュッ!


「痛ッ」


 ウサギのモンスターは跳躍し爪でテミスの左腕を切り裂いた。テミスの腕からは血が流れる。


(……これはやらないと殺される)


「テミス! 腰が高い! 低くして相手をよく見ろ!」


 老人のアドバイスでテミスはラグビー時代を思い出した。


(そうかッ! 相手はボールを持った敵なんだ。動いた瞬間を狙えばいい)


 テミスは身体を低く身構える。同時にモンスターも身体を縮めた。そしてモンスターが飛んだ瞬間―――。


「おりゃぁぁぁ」


 テミスはモンスターめがけて突進した。モンスターは吹っ飛びそのまま湖に落ちた。


「やった!」


「なんとまあ……不格好じゃなあ。まああれはあれでよい奇襲じゃったが……」


 老人は湖に目を向ける。すると先ほどのモンスターが陸に上がって来た。


「ダメか」


 テミスは再びナイフを構えた。その姿を見た老人は頭を振った。


「ナイフは刃先を小指側に持つのじゃ。それと敵からはナイフを見せるな」


「そうなの?」


 テミスはナイフを順手持ちから逆手持ちに変えた。そして柄の方をモンスターに向ける。


「そのままモンスターを殴るように斬れ」


 老人に言われた通り、テミスはモンスターに向けてパンチを打った。


「ピギぃぃぃぃ!!」


 モンスターがテミスのパンチをよけた方向に刃先が現われ、ナイフが深く斬り込まれた。モンスターは地面に紫色の血を流し動かなくなった。


「それが素早い敵に対するナイフの使い方じゃ。刃先を隠し油断させて不意打ちじゃ」


「それってズルくない?」


「馬鹿たれ。命のやりとりにズルはない。死んだ方が負けじゃよ」


「……」


 テミスは無言でモンスターの死骸を見る。老人の言葉を聞いて、テミスは呆然自失した。


(そうか。俺はもう東条正義ではない。ここでは、テミスとして生きていかなければならないんだ)


 その日の修行は終わり、その後テミスは老人の元で実践を繰り返した。老人の教育はテミスをめきめきと成長させ、あっという間に10年の時が過ぎる。


 その間、バグは見つからず女神との通信も遮断され、スキルを会得する度、頭の中で女性アナウンサーのような声が虚しく響くだけだった。


 テミスは15歳になり、今年の春から王都の魔法学校へ入学することになった。



     ◇◇◇



 ―――時は遡る。東条正義がテミスとして人生をスタートさせた頃。


 女神の処罰が下された。


「女神マリーチ、処罰だ」

「悔い改めなさい」


 双子の天使たちが女神の前に現われた。そして最高位の神々たちの判決を伝える。


「東条正義を勇者として育てられなかった罪」

「東条正義の魂を消滅させなかった罪」


 双子の天使たちは紙に書かれた罪状を女神の前で代読する。


「以上二つの罪により、女神マリーチの神通力を10年間没収とする」

「なお、10年後に再び、あなたの使命【勇者を育てること】を実行せよ」


「10年……その間、私の管轄はどうなるの!? 私がいないと均衡が保たれない!」


「それについては問題ない。別の女神が代行する」

「降りてきなさい、女神シュリー」


 双子の天使たちの元にお嬢様のような女神が降り立った。女神マリーチはその顔を見た瞬間、ほっぺを膨らまし顔を赤くした。


「シュリー! あんたとは二度と顔を合せたくなかったわ!」


「あ~ら、あなたはいつもそう。品性がないのよ」


 女神シュリーは豪奢な服装で挑発的な態度を取る。女神マリーチは顔をそむけ、天使たちに向って口を開いた。


「こんな女に務まるかしら? 派手で顔だけのデカ乳女に!」


「なんですって!? 貧乳で男ばっか追いかけてるあんたよりはマシよ!」


 二人の女神たちは互いにけなしあう口論の泥試合を繰り広げる。双子の天使たちはあきれ別れの言葉を送る。


「女神シュリーはすぐ仕事に入ること」

「そして女神マリーチ……あなたは10年間、無色界で精神修行よ」


「えッ!? やだッ! 耐えられないッ」


「いい気味ですわ」


 双子の天使たちは暴れる女神マリーチを連れ上空へ飛んで行った。その姿を見て、女神シュリーは高笑いをする。無色界は欲や物質から離れた世界。つまり、肉体のない精神世界。男性アイドルを追っかける趣味の女神マリーチにとって、苦痛以外の何者でもない10年間の禁固刑だった。

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