第3話 5年飛ばしてバグスタート


 幼女となった正義は森の奥へ着地した。木々や草花は前の世界とそれほど違いはなかったが、獣の鳴き声は別だった。森の奥からは悪魔の断末魔のようなうめき声がしている。正義はその音が聞こえるたびにビクッと反応した。戦々恐々しながら森を探索する。


(とりあえず喉が無性に渇く……水の確保が最優先だ。どこか川か湖があれば幸いだが)


 しばらく獣道を歩いていると、正義の耳に水の音が聞こえた。正義は音の方向へ急いで走った。


(見つけたぞ! 川だ! これなら飲める)


 ゴクゴクゴク!


 正義は澄んだ川に顔を突っ込んだ。そして瀞になっている場所をふと見ると―――。


「なんじゃこりゃ~!!!」


 水面に映る正義は、年齢は5才くらい、容姿は美少女、髪色は金髪。そして服装は女神の計らいでパーティードレスだった。


(これじゃまるで、不思議の国のアリスだな)


 正義は自分の身体をあちこち触ってみた。腕を回したりジャンプしてみたりしている。


 ガサガサッ。


「誰だッ!?」


 正義は後ろの草むらを注意深く見た。すると、ぬらっと獣が次々と出てきた。狼に似ているが頭から角が一本生えている。そのモンスターたちはゆっくりと正義の周りを包囲した。


(どうする? この姿じゃ戦えないぞ! モンスターは6体、隙を見て逃げるか!?)


 武器を持っていない正義はモンスターと睨み合う。獲物を逃がさないようにモンスターたちは正義を徐々に追い詰めていった。そして一斉に正義に襲いかかる。


「ガルルルル、ガウッガウッ」


「くッ! ここまでかッ」


 正義はひときわ大きいモンスターにマウントを取られた。仰向けになった正義はモンスターの剥き出しの牙を見て身体が硬直した。モンスターのヨダレがドレスに垂れると、正義は大きな声を発した。


「誰か助けてーーー!」


「フレイム!」


 ボワッ!


 正義に乗りかかったモンスターが火球で吹っ飛んだ。そして他のモンスターたちにも火球が当たり、次々と火だるまが出来ていく。正義はその光景を見ながら背中から冷や汗が流れた。


 モンスターが倒されると、木々の奥からローブを着た老人が歩いてきた。


「どうやら無事だったようじゃな」


 正義は咄嗟に頭を下げる。


「あ、あの、ありがとうございます。助かりました。え~と?」


「わしか? わしはここらに住む……そうじゃな、ただの老いぼれじゃ」


 老人はおおらかに笑った。そして地面にへたり込んでいる正義を立たせる。正義は老人を見あげた。すると、老人はクルリと後ろを向く。


「まずは、わしについて来なさい。ここは子供がいるところではないぞ?」


「は、はい」

 

 正義は老人の後についていった。老人の家は以外にも近くにあり、5分とたたずに到着。ペンションのような一軒家で、煙突からは白煙がモクモクと空へ昇っている。家に入ると木のテーブルに丸太イス、銀食器や蓋のある壺、そして前の世界では見たことがない魔法道具がたくさんあった。そこはまるで魔法研究所のような場所だった。正義は銀細工されたほうきや宝石がはめ込まれている杖など不思議な魔道具をキョロキョロ見回した。


「そんなに珍しいかのう?」


「私には、とても……」


「そうか。ところで、お茶でも飲むかね?」


 キュウ~。


 正義の胃袋が小さく鳴り、老人は大きな口を開けて笑った。


「わっはっはっ、これはいかんいかん。すぐ食事の支度をしよう。ちょうどさっき良い肉が入ったところじゃ。しばらくそこで待って下され、お姫様」


「……すみません」


 正義は顔を真っ赤にしながら席に座った。30分ほどすると、豪勢な料理が食卓を彩る。香ばしいステーキ、笹の葉に乗った焼き魚、珍しい形の野菜や色とりどりの見たことがない果物。正義は礼儀作法も気にせずにガツガツと皿を平らげていく。老人は少し食べると匙を置き、幼い女の子がモクモクと食べる様子をとても嬉しそうに見ていた。ようやく腹が膨れた正義は椅子に体重をあずける。


「ごちそうさまでした。とても美味しかったです」


「おそまつさまでした。ところで……1つだけ訊こう」


「はい、なんでしょうか?」


「なぜ、あんなところに?」


「えっと……」


(当然の質問だ。幼い女の子が一人森の奥にいるんだ。さて、なんて答えるのが正解だ?)


『バグを見つけて下さい』


(ここでバグなのか!? 本当にあるのか??)


 正義は頭の声に従い辺りを見回した。ほうきを見ると確かに電子バグが発生していた。


『銀装飾のリンゴの部分に触れて下さい』


(リンゴ? バグっててよく見えないが……柄の部分か?)


 正義は席を立ち、壁に飾ってあるほうきの柄に触れた。そして、銀色のリンゴは赤色のリンゴに色変わりした。すると老人の口調が急にかわった。まるで家族と話しているかのように。


「まだ、修行の時間じゃないじゃろ? テミス」


「テミス??」


「なんじゃ? まさか自分の名前を忘れたとでも? お主はワシの孫娘テミスじゃろうが?」


「な、な~んてね! ジョークですよ! おじいさん」


「おじいさん?? いつもはジーちゃんじゃろ?」


「そう! ボケてないかテストしただけだから!」


「ボケ? ふん! 馬鹿にしおって……このバカ孫っ」


「てへへ……」


(おい女神ッ! これ、どういうことなんだ!)


《はいは~い、こちら女神で~す。何か用?》


(何か用? じゃないんだよ! だからどういうことなんだよこのバグ能力!)


《え~と、ちょっと待ってね~。今、あなたの成り行きを動画検索してるから……あ、そういう流れね。つまり、さっきのバグでそこにいる老人は、今日からあなたのおじいちゃんになりました》


(説明になってない! どういう流れでそうなるんだ!)


《だから、これがバグの力。神スキルなの。普通ならあなたは赤ちゃんから生れるはずがバグで飛ばして、おじいさんの孫娘としてスタートってこと》


(理解に苦しむ……。つまりは時間速度がめちゃくちゃってことでいいのか?)


《そう。もういい? これから推しのライブだから、じゃあね~》


(この、堕落女神!)


 正義あらため、【バグ認識スキル】により、5年飛ばしてテミスの人生が始まった。

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