学校の透明恐竜④

照りつける赤、空を茜色に染めるどこか厭世的な夕日を浴びて私、暮方逢華はもはやだれも使わない.....

「ほら、これじゃない?ユタラプトル、属名はユタ州の泥棒...なんか微妙...」

親しみやすそうな、それでいて少しぶっきらぼうにも聞こえる声を皮切りに、私と本の間にドでかい図鑑が挟み込まれる。

見開きには手に羽毛の生えた鋭い爪を持つ中型の肉食恐竜が写っていた。

「...まあ、サイズ的にはそうだったかもしれないわね」

そいつは透明じゃないけどね。

私は適当に返事をし、図鑑を声の主の方に押しやる。

今は本に集中したい、勿論恐竜の本ではない。


昨日の夜、いや今日の深夜に透明恐竜がのさばる学校を脱出した私達は、生き残れた喜びを分かち合うなんてこともなくお互い無言で別れ、私は震えの治まらない足を引きずりながら帰宅し、風呂にも入らずにベットに倒れこみ泥のように眠った。

今日の学校は寝過ごす予定で眠ったのだが、私の意識は模範生だったらしく、いつも通り七時に目を覚ました。

結局私は登校、そのまま何事もなく六時間の授業を終えた。

夢だったのだろうか?夕日差す図書室でそんなことを考え始めた瞬間、それは否定された。

ガラッ

ドアの開く音。

反射的に振り返るとそこには朝比奈晴子が立っていた。

そして私と目が合った瞬間、彼女は言った。

「一階のさ、教室の窓、壊されてたって...」

そして今に至る。


あのふざけた恐ろしい怪談は現実だった。

そして、私達はそれを体験した。

胸焼けするほどの濃厚な非日常を。

「ねぇ、聞いてる?あんたの好きなオカルトの話だよ?」

朝比奈晴子は不機嫌を隠さない声色と目付きで私に話しかけてきた。

朝比奈晴子はあの夜、私が発破をかけなければ動けないほどに怯えていた。

あのことは記憶の底にし舞い込み、二度と浮き出てこないように、共にそれを体験した私とはもう二度とかかわり合いにはなりたがらないだろうと思っていた。

それがどうだ、あろうことか放課後にこの図書室に足を運んでまで私に会いに来た、しかも話の話題は透明恐竜だ。朝比奈晴子の中でどんな心境の変化があったのだろうか?

私は彼女に質問をした。

「どうして、あんなに怖がっていたのにまた話をしにきたの?さっさと無かったことにして忘れればいいじゃない」

すると朝比奈晴子はバツが悪そうに顔を歪めた、昨日の自分の様子については触れられたくなかったようだ。

「…そりゃ怖いけどさ、でも本当に存在したんだよ?しかもそれを知ってるのは二人だけそれってさ...」

そしてそのまま意地の悪そうな顔で笑う。

夕日が朝比奈晴子の顔を紅く照らす。

「…超面白くない?」


...なるほどね、と私は思った。

恐怖より好奇心が勝ってしまった可哀想な人、それが朝比奈晴子。そういう可哀想な人なら理解できる、あとそれを超面白いという感覚も。

「他にもあるのかな?本当の怪談、本物の化け物」

「……あるんじゃない?」

反射的に口を出た言葉に私自身が驚く。

以前の私は現実に妖怪や幽霊が居るなどと本気で考えているほど夢想家ではなかった。

ならばいまの言葉は?

それは私の怪談論がこいつの作った透明恐竜というふざけたものに打ち砕かれたことの証明だった。

しかし、不思議とそれに対する不快感はなかった。

「じゃあさ、またここに来ていい?」

「元から図書室は共有スペースよ」

私は再び本に目を落とし、そう返した。

いまの気分を朝比奈晴子に悟られたくはなかった。

「...これからよろしくね、逢華」

朝比奈晴子はそう言って私に背を向け、出口へと向かう。

私は朝比奈晴子の置いていった図鑑を開き、その背中へ声をかける。

「...ねえ、晴子」

「なぁに?」

朝比奈晴子は振り向かずに返事をする。

私は図鑑に載っている大型の恐竜に指をさす。

「これ、私達を救ったでかいやつはこれっぽくないかしら?」

朝比奈晴子は笑顔で振り向き図鑑を覗き込む。

「ティラノサウルス、属名は暴君竜...イカす...!!」


....そして数日後、中庭から首の骨を砕かれた中型の肉食恐竜の化石が見つかったというのはまた別のお話。

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暮方怪異録 @gozumezu-

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