学校の透明恐竜③

私はスマホの電源を入れる。

(はぁ...圏外...お約束ね...最悪)

私は役に立たない鉄屑の明かりを消す。

(さて、どうやって脱出しようかしら....)

まずこの教室の窓は中庭側にあり、この学校から脱出するには再び廊下を通らなければならない。

となるとやはり教室の扉から出る方法になる、そして丁度今なら透明恐竜はこちらの廊下にはいないようだ、扉から出て最初に入ってきた窓から脱出。

これが最適解に思えた。

(.....なに、見つからなければ問題ないわ)

私は心のなかで自身を奮い立たせ立ち上がる。

気付けば哀れな咽び泣きは聞こえなくなっていた。


「ねぇ、立てる?」

私は落ち着いてきたように見える朝比奈晴子に手を差し伸べる。

「……」

朝比奈晴子はそれを無視し、ゆっくりと立ち上がった。

(...調子が戻ってきたようで結構)

私は差し出した手を下ろした。泣きつかれるよりましだ。

私は朝比奈晴子に教室から出て、最初に入ってきた窓から脱出する作戦を話す。

「異論は?」

「無い」

即答だった。

「じゃあ行くわよ」

私は教室を出ようとドアに向かう。

ドアの取っ手をつかんだ瞬間。


「……ねえ」

朝比奈晴子が私を呼び止める。

威圧的ではなく、不安に満ちた声だ。

「何?」

私は振り返らずに答える。

朝比奈晴子だって今の自分の顔は見られたくないだろう。

なんとなくそう思った。

「....怖くないの?」

朝比奈晴子はそう聞いた。

「...微妙」

「え?」

「透明恐竜はユニークだけどやっぱり夜中の12時になにかが現れるっていうのはやっぱりベタ....っていうか定番よね」

私は早口で言う。

勿論声は抑えてある。

「まあ…確かに怪談はもとある怪談を雛形にどんどん派生していくものなのだけれど...これに関しては語り継がれるような魅力は私的には感じられない...」

そして私はクルっと振り返り、呆気にとられた顔をしている朝比奈晴子に言い放つ。

「センス無いわね、貴女」

勿論声は抑えて。

朝比奈晴子の表情は暫く固まっていたが、やがて口角を上げて意地悪にニヤッと笑って言った。

「なにそれダッサ、手震えてるし」

「っ!」

私は咄嵯に手を隠す。

朝比奈晴子は勝ち誇ったような笑みを浮かべる。

「図星でしょ?ふふっ、ほんとダサい、ダッサイ」

「....声抑えて」

「はいはい」

朝比奈晴子は笑いを堪えながら、私の言葉を軽くあしらう。

不安は吹き飛んだようだ。

「……早く行くわよ」

私は扉をゆっくりと引く。

背後で朝比奈晴子が何かを言った気がしたがよく聞こえなかった。


数分ぶりの深夜の廊下は相変わらず薄暗く、

変わった点といえば何かがいそうではなく、いることが確定した点のみだ。

それも透明恐竜が、ふざけているがとても恐ろしい。

(足音は聞こえない....)

私達は元来た方角へゆっくり進む。

廊下には静寂が満ちている。

それはまるで、この世界に二人しかいないのではないかと錯覚するほどに。

私はそっと、後ろを振り返る。

朝比奈晴子は首を傾げる。

(大丈夫……何もいない……)

安心しかけたその時、

フシューーッ

鼻息が聞こえる。

後ろだ。

それもかなり近い。


(.....ど、どうして?)

足音なんて聞こえなかったのに。

朝比奈晴子の恐怖でひきつった顔が目に入る。

きっと私も同じ顔をしているのだろう。

ドス....ドス.....フシュゥウウッ

音がする。

今度はもっと近くから。

(なんでなんでなんで)

私は必死で考えるが、どうすれば良いのか分からない。

恐怖と混乱が思考を乱す。

心臓の音で鼓膜がやぶれそうだ。 

そして背中に何かが触れた。

冷たいなにかが。

(いや……いやぁ……!)

もう耐えられない。

喉奥から空気が込み上げて.....

「いやあああああっ!!」

その声は私ではなかった。

私の手を引いて走り出した彼女。

朝比奈晴子のものだった。

私は朝比奈晴子に引っ張られる形で走る。

背後からは先程よりも大きな音がする。

轟きつんざく。

咆哮だ。

ドスッドスッドスッ

追ってくる。

奴が。

「嘘嘘嘘嘘嘘嘘」

朝比奈晴子は壊れてしまったように繰り返し呟いている。

私は朝比奈晴子に引かれるがまま、ただ走った。

もうなにも考えられない。

音が大きくなる。

迫る。

「きょっ、教室っ、教室!!」

朝比奈晴子は叫ぶ。

私たちは全力疾走で教室に飛び込む。

倒れこむ。


朝比奈晴子は半狂乱で叫んでいる。

その瞬間私はハッとし、教室の扉を勢いよく閉めた。

ガラガラガチャーン!!

激しい音が響く。

そして鍵をかけた瞬間。

バァン!!

ドアに衝撃が走った。

「ヒィッ!!」

これは誰の声だったのだろう。

そんなことはどうでもいい。

奴がドアに体当たりをしている。

ドンッドンッ

何度も。

ドアはミシミシと悲鳴を上げ始める。

「も、もぉだめっ、こわれるぅうっ」

朝比奈晴子が泣きそうな声で言う。

確かにドアは今にも破られそうだ、このままではまずい。

(....し、仕方ない)

「窓ッ!!」

私はそう言って教室の窓に駆け込む。

朝比奈晴子もそれに続く。

ドアが破られたのと、私達が鍵を開け窓から外に出たのは同時だった。


私と朝比奈晴子はそのまま中庭に出る。

まだ安心は出来ない。

廊下へ続くドアを開けなければならない。

「廊下のドアっ、行くわよ!!」

私がそう言うと朝比奈晴子は震える声で答えた。

「……無理」

朝比奈晴子は膝をつき、その場に崩れ落ちる。

「……鍵がかかってる、しかも廊下側に」

(嘘...)

私はドアに駆け寄り、外開きのドアに体当たりする。

ガシャ!!

しかし、廊下側にチェーンが掛けてあり開かない。

「そ、そんな……」

「ねえ、ねえ、助けて、ここから出してよ、ねぇ」

朝比奈晴子は錯乱している。

私は、彼女を落ち着かせようと肩に手を置こうとした。

しかし、その瞬間。

ガシャーン!!

先ほど私達が出てきた窓のほうで何かが割れる音がした。

私と朝比奈晴子は同時にそちらを見る。

そこにはまるでなにかが窓ごとこちら側に来ようとしているように、窓が不自然にガタガタとひとりでに激しく揺れていた。

「あ……あ」

朝比奈晴子は腰を抜かし、ペタンと地面に座る。

私も同様に動けず、呆然とそれを見ていた。

そして、ついに窓はバリっと音をたて、窓枠ごと粉々に砕け散った。

私達はもう声も出せない。


ドスンッ

奴が地面に着地する。

ドスッドスッドスッ

奴は容赦なくただ無感情に、それでいて全力で私達に近づいてくる。

私はなんとか逃げ出そうとするが、足が動かない。

朝比奈晴子に至っては恐怖に支配されているようで全く動かず、瞬きすらしない。

もう終わりだ。

私達は死ぬのだ。

そう思ったとき、それは再び鳴り響いた。


ウーーーッ、ウーーーッ

低く重いそれは狂ったように一定のリズムで繰り返す。

(これが鳴ると....なんだったっけ?)

精神的に疲れ果てた私は頭が全く回らない。

もうどうでもいい。

もういっそ目を閉じてしまおう。

そう考えた時だった。

グオオオオオオッ!!

大地を震え上がらせるようなそれは轟いた。

ただひたすら暴力的で威圧的。

途轍もない音圧に頭を殴られる。

それは死を目前にした私の諦めに近い倦怠を吹き飛ばした。

(な、何!?)

目眩がする。

「ぐぅ……!」

隣を見ると朝比奈晴子は耳を抑えて苦しんでいる。

足音も止まっている。

(い、一体何が起きているの?)

私は必死で音の発信源を探す。

「……う、上?」

私は空を見上げる。

しかし、そこには星空があるのみ。

(何もない……いや....違う……)

見えないのだ。

ついさっきまで私達を追いかけ回していた奴と同じように。

それに気がついた瞬間、地面が揺れた。


ドシンッ、ドシンッ、ドシンッ

私達の両側から響いてくる爆音と衝撃、巨大なそれは私達には目もくれず、奴へと向かって行く。

ドスッ.....ドスッ.....自分と同じく姿の無い巨大なそれの接近に気づいたのか、奴はゆっくりと後ずさる。

見えなくてもわかる、奴は怯えているんだ。さっきまでの私達のように。

そして、ついにその時が来た。

バキバキッ!バリッ!!

骨が砕けるような音ともに、バダバダと地面をのたうつ音、ゴボコボと水気を含んだ異形の断末魔が響き渡る。


私はハッと我に帰り、気の抜けた顔をしている朝比奈晴子の私よりかは健康的な腕を掴み、奴が破壊した窓へと駆け込む。

そして教室に飛び込み、

廊下へと這いつくばりながら飛び出し、

最初に入ってきた窓へと体を滑り込ませ、

滑り落ちながらも校門を乗り越えた。

その間もずっと私は奴の骨が砕かれる音と、その苦痛に悶え苦しむ奴の悲鳴を聞いていた。

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