墓守りの腕時計

西野ゆう

第1話

 民法というものは、幾らか残酷だ。

「家族」という定義すらされていない癖に、「家族」を押し付けてくる。

 昨年、俺のオヤジが死んだらしい。捨てた島にある捨てた家に住む捨てた家族の父が。

 俺を見つけ出した弁護士が訪ねてきて父の死を知った訳だが、もう既に煩わしい。

「放棄で」

 俺は玄関での立ち話でそう答えた。

「相続放棄で。墓守とかも無理だし」

 私の言葉を聞いた弁護士が、辟易とした嘆息を俺にぶつけてきた。

「相続放棄しても、墓守から解放されるわけではないですよ」

 弁護士はそう言って民法第八九七条第一項をそらんじた。

 系譜、祭具、祭祀。

 耳に馴染みの無い言葉が並ぶ。

 今俺が死ねばどうなるのだろうか。

 あの家の関係者。民法の言葉を借りれば系譜を継ぐものは俺しかいない。全てが国のものになるのだろうか。

 ふいに左手首のスマートウォッチがメッセージの受信を知らせた。彼女からの他愛もない報告だ。

「継ぐ、か……」

 もし彼女と家庭を持って、俺が父親になったとして。俺は捨てるのだろうか。子供まで繋いできた系譜ごと。

 続けて彼女からメッセージが入り、俺はスマホを取りに部屋に向かった。そして、外に立つ弁護士に声を掛けた。

「とりあえず入って」

 そして彼女に電話をかける。スマホを手にしていたであろう彼女は、すぐに電話に出た。

「ごめんな、急に電話で。ビデオ通話にするから、一緒に見といて」

 俺がそう言うと、弁護士が気を利かせて「ご一緒の時にでも」と言い出したが、今彼女はサラゴサにいる。来日の予定はしばらくない。

「で、墓守の件、もう一度分かりやすく話してもらえるか?」

 弁護士は、墓地は相続税も非課税であり、そもそも相続財産ではない。祭祀財産と呼ばれる物だと話し始めた。令和の世となっても、一般的に長男が継ぐらしい。

 我が家の場合は、俺がたった一人の子供だというだけではなく、両親もそれぞれ兄弟がいなかった。遠い親戚がいたとして、墓守を任せるに相応しいかはどうかは考えるまでもなく否だ。

「あの島にある墓、俺が墓守をして、そして最後は、一緒に入ってくれるかな?」

 俺は電話の向こうの彼女に、プロポーズのつもりでそう言った。

 すると、遠い距離を感じさせず、すぐにスマートウォッチの小さなモニターに大きく「Sí」と返ってきた。

 俺はなかなか独創的なプロポーズだと思っていたが、日本通の彼女曰く、使い古された文句だったらしい。

「日本って国は……」

 頬を原因不明の涙がつたう。

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