三 結果

「──あ、あのですね。こんな話、信じてもらえるかどうかわからないんですが……この染谷くんは、人の命に関わる災害を予知する力があるんです。それで、近々御社のビルが大規模な災害に巻き込まれるのを予知しまして……ああいえ、別にそれでお金取ろうとかいう、インチキ霊能者じゃありません!」


 その日の夕方、僕らは受付カウンターで「至急知らせたい極秘情報がある」と怪しむ受付嬢を説き伏せ、アポなしで総務部長さんだかに面会させてもらうと、言葉を慎重に選びながら、そう率直に差し迫った危機についてお伝え申し上げた。


 あまり効果は期待できないが、一応、その道では実績のある、僕の探偵としての名刺も添えてである。


「それはどうもご丁寧にありがとうございます。ですが、我が社では避難訓練を毎年行うなど、災害への備えも万全にしております。どうかご安心を……ああ、お客様のお帰りだ」


 だが、案の定、まったく信じてはもらえず、僕らは軽くあしらわれると、詐欺師か、あるいはエキセントリックなちょっとイってしまっている人間として、「これ以上しつこくすると警察呼ぶぞ」と言わんばかりの警備員さんに引き渡されてしまう。


「──ハァ……ま、普通に考えればそうなるよねえ……」


 とぼとぼと、肩を落として正面玄関を出た僕らは、大きな溜息を吐きながらそう愚痴を呟く。


「相手は有名な商社だし、なおさらだね。仕方ない。他の手を探そう。SNSで警告を拡散してみるとか……でも、変なデマを流したとか、名誉毀損で訴えられるかな?」


 やむなく、ここは一旦退き、何か別の方法を模索して出直すことにした僕達だったが……そのまた翌日のことである。


「──災害を警告するメールを匿名で送りつけるってのはどうだろう?」


「いや、警告っつうより脅迫メールだと思われんだろ? それに昨日、名刺置いてきたし、匿名で出しても身元われてっから即逮捕だぜ?」


 喫茶店で遅めのモーニングを食べがてら、福来となおも良い方法について話し合っていると染谷から電話が入った。


「あ、もしもし。どうかしたのか?」


「ちょっとニュース見てみて。大変なことになってるよ……」


 電話に出ると、染谷はなんだか興奮気味の声でスマホ越しにそう言ってくる。


「ニュース? ニュースって、もしかしてあのビル絡みか?」


「ああ、ちょっと待ってろ……な!? こ、これって……」


 僕の受け答えを聞き、内容を察した福来が早速スマホを弄ってニュースサイトを映し出すが、それを見た瞬間、彼もなぜだか表情を強張らせ、思わず驚きの声をあげてしまう。


「ん? いったいどうしたって……!? こ、ここ、あのビルなのか!?」


 僕も眉をひそめて画面を覗き込むが、その上空からのLIVE映像に映っていた光景に、やはり目見開くと、みるみる顔面蒼白になっていった。


 そこには、黒々と煙をあげて燃え上がる、あの商社の社屋ビルが映し出されていたのだ。


「同じだ……昨日、僕が視た真っ黒に染まるビルとまさに同じだよ……」


 スマホの向こうの染谷の声が、絶望感を伴いながらそう言っている。


「い、いったい何があったんだ……?」


「なんでも、男が急にガソリンを撒いて火をつけたらしい……火の回りが早くて、かなりの人数が逃げ遅れたんじゃないかって……」


 途中から見たのでわからなかったが、僕の呟きに染谷がそう教えてくれる。


……そういうことだったのか……どうりでいくら調べても原因がわからなかったはずだ。放火なら、その土地や建物の性格などはまったく関係ない……。


 大災害を目の前にしたこんな状況ではあるが、僕はようやくにしていたく得心がいった。


 これは後にわかったことであるが……どうやら犯人はその商社に勤めていた社員で、ブラックな労働環境に精神を病み、職場の同僚達を道連れに焼身自殺を図ったようである。


「──けっきょく、今回め運命は変えられなかったね……」


 ようやく静けさを取り戻した火事現場で、規制線の外側から真っ黒になったビルを見上げて、染谷が淋しそうにそう呟く。


「仕方ねえよ。俺達、やるだけのことはやった……」


「ああ、僕らのこの力は、なかなか信じてもらえないものだからね……」


 そんな染谷の肩を、福来と僕は諦めに似た思いを込めて、ポンと慰めるように両脇から叩いた。


                  (暗闇に染まるもの 了)

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暗闇に染まるもの 平中なごん @HiranakaNagon

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