二 調査

 翌朝、仮病で会社を休んだ染谷とともに駅で張り込みをすると、黒く染まった人間達(僕達には他の人々と同じに見えるが……)をよくよく観察してみる。


 いかんせん、〝黒い人〟は染谷にしか視えないんでなんとも不便で仕方がない。


 ああ、ちなみに染谷は仮病で会社をズル休みしているため、バッタリ同僚と出くわしても大丈夫なよう、サングラスと帽子とマスクで入念に変装を施している……ま、怪しさ爆上がりで不審者として職質されないかむしろ心配であるが。


 それでも、そんな努力の甲斐もあってか、染谷に確認しながら観察を進めると、いろいろなことがわかってきた。


「どうやら、電車の事故ってわけじゃないようだな」


 まず、列車事故じゃないことはすぐに判明する……なぜなら、ホームや電車の中も駅前と同様に、〝黒い人〟とそうじゃない人間が半々に混在しているのだ。


 それにもし列車事故だったとしたら、黒い者達が見られるのはその電車が到着する同一の時刻に限定されるはずだ。


 しかし、実際には朝の通勤時間に集中してはいるものの、その時間には1〜2時間ほどのバラつきがある。事故が連続して起こるとも思えないし、やはりこの線は薄いだろう。


 同じ理由から、駅構内での火災や爆発などといった事故ということもなさそうだ。


「となると、やっぱり同じ地域から通って来てるのか……」


 今度はもう一つのその可能性を探るべく、一旦解散して夕方の帰宅ラッシュ時間に再び集合すると、染谷とともに〝黒い人〟の群を追ってみることにした。


 だが、この仮説も早々に疑わしくなってきてしまう……。


「おかしいな。こっちと向こうの路線じゃ行き先正反対の方向だぞ?」


 駅に入った黒い人々は、てんでバラバラの路線に分かれて電車に乗って行くのだ。


 この人達が同じ地域に住んでいるのなら、少なくとも同じ方角へと帰って行くはずだ。


 それでも一応、任意の黒い集団にくっ付いて、同じ路線に乗って最後まで尾行してみたが、降りる駅もやはりそれぞれバラバラだった。


 それに、電車ではなく、駅前からバスで帰ってく黒い人間もいたようなので、それも特定の地域に住んいないことのむしろ証左となるだろう。


 こうもあちこちに拡散してしまうと、もしその原因が地震などの自然災害だった場合、それはかなりの広範囲に及ぶということになり、〝黒い人〟の数は今見えてるものの比ではない……と、この仮説には唯一視えている染谷も否定的だ。


 確かに、そんな関東一円を巻き込むような大規模災害なら、そもそもからして染谷の会社近くの駅前だけでなく、そこら中に〝黒い人〟が溢れ返っていることになるだろう。


「──やっぱり、あの駅前で何かあるんじゃないかな? アメリカみたいに銃の乱射とか、無差別テロ的なものがあるとか」


 仮説が外れ、調査が暗礁に乗り上げた僕らは、再び居酒屋で夕食がてらの会議を開くこととする。


「うーん……アメリカならともかく、この国でそんな乱射できるほどの銃を入手するのは困難だし、ナイフとか刃物にしても死亡する人数多すぎるだろう? その筋も薄いように感じるけどな」


 染谷の出した新たなその仮説にも、僕は懐疑的な意見を示す。


「でも、駅から方々に散ってったってことは、逆から見れば、やっぱり〝黒い人〟達はあの駅前に集まって来てるってことだよね? つまり、あの人達の住んでる地域は関係なく、黒く染まる原因は、やっぱりあの駅前にある」


「ああ。それに関してだけは異論を挟む余地なしだ。あの駅周辺で何かがあることだけは確かだろう」


 意見は堂々巡り。改めてそれを確認しただけで、けっきょく僕らの推理はそのスタート地点に帰ってきてしまう。


「なあ、ふと思ったんだけどよう…モゴモゴ……ゴクン……むしろその先を追った方がいいんじゃね?」


 僕と染谷が考えに行き詰まっていると、串カツに食らいついていた福来が不意に口を開いた。


「その先?」


「黒いやつらはあちこちからあの駅に集まって来てんだろ? それってようは出勤のためだろう? となりゃあ、向かう先が同じ場所かもしれねえじゃん」


 聞き返す僕に、次の串に手を伸ばしながら福来はそう答える。


「ああ! それだ!」


「そうか! 出勤先か!」


 その言葉に、僕と染谷は同時に目を見開いた。


 逆転の発想というやつだ……僕らは思考の硬直に陥り、帰る先のことばかりを考えていたが、反対に勤め先の方にこそ共通点があるのかもしれないのである。


「よく気付いた福来! ビール一杯奢ってやるよ」


「お! いいのか? 貧しいお笑い芸人の身なんでな。なんだか知らねえが遠慮なくいただくぜ。無論、大ジョッキな」


 その功績を讃え、僕は彼に一杯奢ってやることとする。福来はたまに、こうして思わぬ働きを見せる男なのだ。


「たぶん、それが正解だろう。よし、明日の朝、もう一度出直しだ!」


 翌朝、連日仮病でズル休みをした染谷を先頭に、再び〝黒い人〟の群を追う僕らだったが、福来の思いついた可能性はビンゴだった。


 染谷の眼からすれば、その後を追うごとに黒く染まる人々は徐々に徐々に集まってゆき、次第にその密度を増すと、やがて真っ黒な人間だけの一つの潮流へと変化を遂げる……そして、その黒い人々の一団は、某大手商社の巨大な社屋の中へ入っていったのだった。


「……真っ黒だ……このビル自体、なんか真っ黒に染まってるよ……」


 震える瞳でそのビルを見上げ、譫言のように染谷が呟く。


 人間ばかりでなく、まれにそうして建物など無機物も黒く染まって見えることがあるらしい。


「なるほど。このビルで何か起こるってことか……この規模なら、黒い人間がたくさんいたのも頷けるな」


 染谷の視た〝黒い人〟の原因について、僕らはついにその正体を確信する。


「でもよ、ここってただのビルだろ? 頑丈そうで崩れそうもねえし、いったいここで何が起こるってんだよ? まさか、あのテロみてえに飛行機突っ込むとかねえよな?」


 だが、その確信を揺るがすかのように、そんなそこはかとない疑問を福来が口にした。  


 確かに。何かが視えている染谷はどうかしらないが、僕や福来からしてみれば、なんら危険性を感じない堅固で安全な建造物にそれは見える。


「そう言われてみれば、工場とかなら爆発事故なんかも考えられるけどね……建ってる場所に何かあるのか? 太いガスパイプが通ってるとか、もしや不発弾が埋まってるとか……」 


「いや、何かはわからないけど、このビルで何かあることは間違いないよ。それだけははっきりと言える」


 福来の疑問を受け、またも考え込む僕に染谷はそう断言をする。


「いずれにしろ、警告するにしてもその災害が何か説明できないことには説得力ないだろう。さすがに〝黒い人〟が視えたから気をつけろとは言えないしね。時間ないけど、ちょっと調べてみるから待っててくれ」


 僕らの内では常識になってるので忘れがちだが、世間一般的に染谷の能力は俄には信じ難い非常識なものだ。


 今の情報量では警告もできないので、ここは一旦お開きにし、僕は図書館へ向かうと古地図や新聞、地方史などを漁って調べてみることにした。


 だが、一向に災害に結びつくようなものは出てこない……。


 戦前、そこら一帯には田畑が広がっており、巨大なガス管などの地下施設はないし、空襲の不発弾が残ってるようなこともなさそうだ。


 それに地質的にも地面が陥没するような場所ではない。まさか、ビルのとこだけで地震が起きるなんてことはないだろうし……。


「じゃあ、いったい何が起こるというんだ……」


 ようやく現場まではたどり着けたというのに、その先は手詰まりだ。


 だが、染谷の能力の性質からして、悠長に調べている時間はもう残されていないだろう……起こる事態がわからぬまま、やむなく僕らは警告を伝えに行くことにした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る