暗闇に染まるもの
平中なごん
一 相談
「──で、相談したいことってなんだよ?」
友人の
「なに、んな神妙な顔してんだよ。遠慮せずになんでも言ってみなって。ただし、金はねえからそれ以外でな」
その酒の席にはもう一人、やはり学生時代からの友人である
「ああ……じつはさ、最近、
僕と福来の対面に座る染谷は、生ビールのジョッキを中途半端な位置で握りしめたまま、伏せ目がちにテーブルを眺め、そうポツリポツリと語り始めた。
この染谷、細身の身体に紺のスーツをビシっと着込み、七三に分けた黒髪にメガネをかけるという、いかにも真面目なサラリーマンといった出立ちをしている。
年中、軍用レプリカのコートを着ているモッズファッションの僕や、売れないお笑い芸人兼フリーターのチャラチャラしている福来なんかに比べれば、この
だが、そんな外見とは裏腹に、彼はある非常識的な特殊能力を持っていたりもする……。
染谷は、近い内に死ぬ人間が暗闇の色に──即ち、黒く染まって見えるのだ。
そんな者達のことを〝黒い人〟と染谷は呼んでいる。
「いっぱいってことは、つまり大勢の人間が死ぬってことだよな…モゴモゴ……もしかして、大地震が起こるとかか?」
そんな染谷の言わんとしていることをすんなりと理解し、福来が焼き鳥を頬張りながらそう言葉を返した。
普通聞いたら、眉唾物だと思われても仕方のないようなこの話、福来がなんの疑念も抱かずにさらっと受け入れているのには、前々からその能力について知っているということもさることながら、もっと決定的な理由があったりなんかもする。
じつは福来も、同じくらいに非常識な特異体質をしているのだ。
といっても福来の場合は何か不思議なものが視えたりすることはなく、いわゆる〝霊感〟というものは皆無に等しい……。
だが、その代わりといってはなんなのだが、福来の笑い声は「幽霊を消し去ることができる」のである。
特に爆笑ともなれば核爆弾級で、一瞬にして周囲の霊達を残らず消滅させることができる……その理屈はよくわからないのだが、とにかくそんな反則的能力の持ち主なのだ。
まあ、ご本人には視えてないのでその自覚はないようだが、僕と組んで仕事をすることもちょくちょくなので、一応、自分にそうした力のあることだけはとりあえず認識している。
ああ、かくいう僕、
僕の場合はむしろ福来とは逆に霊感と呼ばれる類の力で、「暗闇の中でのみ、この世ならざる者達がはっきりくっきり視える」というものである。
ただし、明るい昼間の光の下ではまったく視ることができず、夜の闇の中限定の条件付き〝霊能者〟といったとこだろう。
ちなみにただただ視えるだけで、僧侶や拝み屋のように霊を祓うだとかそういう能力もない。
でもまあ、その中途半端な霊能力を使って、僕は心霊絡みの調査依頼を専門に引き受ける〝探偵〟業を
「うーん……いや、それがさ。そういうんでもない様子なんだよねえ……」
ともかくも、僕も福来と同じ感想を抱きながら聞いていると、染谷はそう言いながら腕を組んで唸り出してしまう。
「というと?」
「例えば大地震とか洪水とか自然災害で人が亡くなるとしたら、その地域の人間はみんな〝黒い人〟になって見えるわけでしょ?」
「わけでしょ?」と言われても、それは染谷にしかわからないのでなんとも判断のつけようもないが、僕が聞き返すと彼は詳しい説明を始める。
「でもさ、みんながみんな黒いってわけじゃないんだよ。いっぱいいるにはいるんだけど、割合は半々ぐらいかな? そうなると、その場所で大災害があるっていうのも考えられなくない?」
「そりゃあ、災害起きても助かるやつと助からねえやつがいるってだけの話なんじゃねえの?」
染谷の疑問に、福来がさも当然のことだとでもいうようにそう返した。
「いや、そんな単純なことじゃない感じなんだよね……死ななくても瀕死の重症負う人は、やっぱり部分的に黒くなったり、薄く黒かったりするんだけど、黒くない人達はまったく黒くないんだよ」
だが、単純な思考で生きている福来の意見を、染谷はきっぱりと否定してみせる。
「つまり、同じ地域に死に直面するだろう人間と、それにはまったく関与しないだろう人間が同時に存在している……と。そういうことだな?」
「ああ。まあ、簡単に言ってしまえばそういうことになるのかな? 僕は震災の前にも〝黒い人〟達を見たりしてるけど、やっぱり今回の視え方とはまったく違うんだよね」
僕が要約して簡潔にそう述べると、今度は染谷も我が意を得たりというように頷く。
「ふーむ……〝黒い人〟を見たのは駅前だったんだよな?」
「ああ。会社の最寄駅だ」
僕は改めてそれを確認してから、思いつく限りの可能性を端から口にしていった。
「まず考えられるのは、その駅か、あるいはその駅に停まる列車で事故が起こるかだ。それなら被害者とそうでない者達が明瞭に分かれていてもおかしくはない」
「なるほど。だから自然災害じゃねえのに、黒いのが同じ場所に大勢いるわけか」
その一つ目の仮説には、福来もポン! と手を叩いて相槌を打つ。
福来も当たり前のように染谷の予知を前提に話をしているが、それはこれまでにも百発百中で、その〝黒い人〟の死が現実のものとなるところを見てきているからだろう。
「その通り。もしくは、電車に乗って黒い者達が同じ地域から来ている可能性もある。つまり、大災害が起きるのは駅の界隈ではなく、そっちの地域の方だ」
「ああ、そうか……確かにそういうことも考えられるね」
福来に頷き、もう一つの可能性も僕が口にすると、今度は染谷もうんうんと、その仮説に賛同している。
「で、おまえはどうしたいの? なにも謎解きだけのために僕を呼び出したわけじゃないんだろ?」
幾分さっぱりした顔になった福来に、僕はいよいよ本題について尋ねてみる。
「まあ、そうと知って見過ごすのはやっぱ後味悪ぃよなあ。俺達しか気づいてる人間いねえだろうしよう」
すると、福来が異口同音に、僕と同じ考えで合いの手を入れる。
「ああ。運命をどこまで変えられるかはわからないけどさ。できる限りなんとかしてみたいんだ。あれだけたくさんの命が関わっていると思うと、さすがにね……」
改めて問い質す僕らに、染谷は少し照れ笑いを浮かべながら、だがメガネの奥の瞳だけは真剣な眼差しをしてそう答えた。
〝黒い人〟による染谷の予知は百発百中であるが、限定的ながらも死の運命を変えることは多少できるらしい。
それが何かはまだわからないながらも、大規模な被害が出る災害を予知した染谷は、それをなんとか食い止めたいと考えているのだ。
で、タイプは違うが同じように霊能力的なものがあり、その上、探偵みたいなことをしている僕に協力を求めてきたというわけである。
「染谷の能力を考えると災害が起こるまでもう時間がない……よし。明日からさっそく調査を始めよう。福来、どうせ暇だろ? おまえも手伝え」
「どうせ暇って……確かに芸人の仕事はまったくねえけどな、バイトは詰まってて俺もけっこう忙しいんだよ! ……ま、こんな話聞いちまったら、俺も見て見ぬフリはできねえからな。仕方ねえ、手ぇ貸してやるよ」
染谷の依頼を早々に引き受け、福来にも協力を求めると、口では文句を言いながらも同じく彼も快諾してくれる。
こうして、僕達はその翌日から染谷とともに、その黒く染まる人間達の正体を探り始めた──。
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