吸血鬼、古城怜太の一日
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吸血鬼、古城怜太の一日
4時、俺は起床する。
窓からは陽射しが漏れており、まだまだ眠いが、そうも言っていられない。
俺はコップにミネラルウォーターを注ぎ、ぐいっと飲む。
……いい感じに眠気が取れたな。
俺は早速食事の準備をする。
パックご飯を温め、インスタント味噌汁にお湯を入れ、牛乳をカップに入れる。
自分でも質素だと思うが、俺には凝った料理を作る事ができない。
俺はそんな食事を早々と口に入れる。
そうこうしているうちに5時になった。
何となく付けているテレビでは情報番組がやっている。
基本的にニュースはつまらないと思っているが、時々ある飲食店の紹介が楽しみなので、ついつい付けてしまう。
今日は都内の居酒屋紹介だ。
……ほう、午前6時までやっているのか。休みの日にでも行ってみようかな。
しかし一人で終電から始発まで飲むのは大変だな。夜型の仲間と一緒に飲む事にしよう。
テレビに表示されている時刻は17時15分。季節的にそろそろ暗くなり始め、俺も目が覚めてきた。
さて、今日も一日頑張るか。
俺は古城怜太。吸血鬼になった男だ。
――――――――――
吸血鬼になったのは半年前。俺は交通事故に遭い、重傷を負った。
その近くにたまたま高位の吸血鬼が居たため、俺を助けるため、やむを得ず俺を眷属にしたという。
俺がその事に気づいたのは病院のベッドで目を覚ました時だった。
「……ん……んん」
「おい! 大丈夫か!!」
俺が目を覚ますと、いかにもお嬢様らしき身なりの女性と、スーツをしっかり着込んだ若い男性がいた。
「……良かった……ちゃんと暴走せずに目を覚ましたのか……」
「え……え……?」
俺は見知らぬ女性が安心している様子に戸惑うばかりだ。
「夜見さん。やむを得ない事情があったとは言え、国の許可を得ずに勝手に眷属を作る事は違法ですからね」
「し、仕方ないだろう。私がいなければそいつは死んでいたぞ」
「まぁ、今回はそういう事も勘案してお咎めなしですが、気を付けて下さいね」
「分かっている!」
スーツ姿の男性にお嬢様らしき女性が注意されているが、俺には何のことだか分からない。さっき、眷属という聞き慣れない単語があったが、一体どういう事なのだろうか?
そう思っていると、スーツ姿の男性が俺の方を向き、自己紹介を始めた。
「初めまして。私は陰陽庁に所属する平川と申します」
「陰陽庁……?」
「陰陽庁について簡単に申しますと、陰陽師や霊能者といった超常能力者を統括する国の機関です」
「え……?」
俺は陰陽庁なんて機関、聞いた事は無いし、陰陽師や霊能者って実在するのかよと正直に思った。
「そして私は夜見忍。自分で言うのもアレかもしれんが、それなりに位の高い吸血鬼だ」
「吸血鬼……!?」
マジかよ。吸血鬼なんて実在するんだ。俺はこのまま吸血鬼に襲われてしまうのかと怖がった。
「安心しろ。私はお前を取って食おうとは思わん」
「は……はい……」
「いや、もう取って食ったかもしれないな……」
「えっ!?」
おいおいおいおい、吸血鬼に襲われたってどういう事だよ!
そこに平川さんが補足をする。
「古城さん。落ち着いて聞いて下さい。貴方は交通事故で瀕死の重傷を負いました。そこに、たまたま吸血鬼が居て、貴方を助けるために血を吸い、眷属としました。要するに、貴方は吸血鬼になったのです」
「古城、すまぬ……。お前を助ける為にはこれしか無かったのだ……」
「え、えええええええ!?」
俺が吸血鬼になる。その意味が分からず、俺は驚くのみだった。
――――――――――
その後、平川さんと夜見さんが吸血鬼について説明してくれた。
日の光を浴びても死ぬ訳ではないが、眠くなるので夜型の生活をせざるを得ないこと。
吸血鬼に限らず夜型の生活をしている人外は多いため、それに対応した仕事もあるということ。
にんにくや十字架にアレルギーを持っているため、にんにく入りの食事や十字架のアクセサリーは控えること。
ヴァンパイアハンターはいるものの、現在は人間の秩序を守っている限りは狩られないこと。
吸血鬼の寿命が数百年なため、老いにくくなっていること。
名目上は夜見さんの眷属となっている為、月に1回程度は夜見さんと連絡を取ること。
などなど。
なんかもう、頭が痛い。そもそも夜型の生活になるという事は転職が必須という事である。
そして、にんにくアレルギーなのも二郎系ラーメンが好きな俺にとっては痛手だな……。
「銀の銃弾で撃たれたり、杭で心臓を突かれると死ぬのですか」と夜見さんに聞くと、「そんな事されれば人間でも死ぬから、今更気にすることでは無いわ!」と言われた。
「しかし、寿命が数百年という事は、長く生きられる事なんですね!」
俺はその事を少し喜んだ感じで話すと、2人は少し暗い顔をした。
「……喜ぶ事ではないぞ。寿命が長いということは、周囲の人間は早く死ぬからな……」
「私も色々な人と別れを経験しましたからね……」
えっ、夜見さんはともかく、平川さんも?
「ええ、実は私も半妖で、明治時代から生きています。今でも教育勅語を何も見ずに言う事が出来ますよ」
マジか。教育勅語なんて歴史の授業でしか聞いた事が無いぞ。
「と言う事は歴史の生き証人って事ですか……?」
「私はそれでも若いですよ。夜見さんはもっと長生きですし、私の大先輩に織田信長に仕えて長篠の戦いで鉄砲を扱った事を自慢する人が居ますし」
「ええ……」
長篠の戦い経験者が生きているとは驚きしかないぞ……。
――――――――――
その後、俺はその場で書類を書き、国の戸籍に吸血鬼として登録される事となった。
しばらくは吸血鬼の生活に慣れずに、平川さんや夜見さんに頻繁に連絡を取っていたが、それでも三か月も経てば徐々に慣れてくるもんだ。
今では困った時に時折2人に連絡する程度だ。
おっと、夕方から血の衝動が湧いてきた。
こういう時に生きている人間の血を吸う事は禁じられているから……っと、まだ余裕はあるな。
俺は冷蔵庫から血液製剤を取り出した。勿論、輸血用としては期限が切れているもので、それを吸血鬼の衝動を抑えるために使用している。
本来であれば自己負担があるものだが、吸血鬼になって1年は全額公費負担となっている。また、吸血鬼用の血液製剤は医薬品として扱われ、国の制度でその後の自己負担額も1割だ。
こんなところまで国の制度があるとは驚きだよ。
今の時間は18時。まだ出勤まで時間があるので、俺はゲーム機を立ち上げ、オンラインゲームをやる。
そろそろ、人間のプレイヤーが仕事終わりで活動をし始めるため、サーバーにはそれなりの人数がいる。
俺はいつも通り、オンライン上での知り合いとチャットを始める。
『いやー今日も仕事がきつかったな』
『俺はこれから仕事だよ』
『おっと、夜勤だったか。それは大変だな』
『慣れてしまえばそうでもないよ』
こんな感じのチャットをしつつ、俺は知り合いと共にチームを組み、ゲームを始める。
何戦か行ったが、今日の戦績はあまり良くなかった。
『うーん、何か後味悪いな……もう一戦できない?』
『そうは言ってもそろそろ出勤しなければならないしなぁ』
『それはしょうがないな。俺は別のチームメイトを探す事にするよ』
時刻は19時、そろそろ職場に行かなければならない。
俺は出勤の準備を行い、自分の部屋を出た。
――――――――――
23時、諸々の事務作業を終えた俺は、仕事用の機器の準備をする。
そろそろ列車の本数が少なくなる頃だ。
俺の今の仕事は鉄道保線員だ。
保線作業は深夜早朝に行われる事が多く、多くの夜型生活の人外が働いているという。
他の夜型生活の人外が働く仕事として、警備員や倉庫の作業員、中には公務員として警察官や自衛官になる者もいるという。俺には警察官や自衛官は厳しそうだと思ったから、この仕事を選んだんだが、それはそれできついな。
とは言え、今の仕事は前の仕事より給料が良いし、吸血鬼になったせいか体力も付いたから、案外重いレールも楽々運べるもんだ。
終電後、俺は線路に出て、線路の横でセッティングされている新しいレールに交換する。
その作業中、先輩の人狼、犬山さんに俺は話しかけられた。
「古城もだいぶ作業に慣れてきたな」
「はい。犬山さん」
「俺は生まれてから夜型の人狼で、昼の生活の事が分からないんだが、昼ってどんなものなんだ?」
「そうですねぇ。人間だった頃、眩しい日光を浴びると元気になっていましたよ。今は日光を浴びると眠くなりますが」
「……そうなのか? 俺には一生分からねぇや」
犬山さんは複雑な表情をしていた。
「そうだ、明日満月だろ」
「そうでしたか?」
「すまねぇな。明日は満月休暇をもらっている」
「あっ、犬山さんは……」
そうだ、人狼は満月の夜に凶暴になるから、満月の日に休暇が認められているのか。
仕方が無いとは言え、犬山さんが抜けるのは痛いなぁ……。
「というわけで明日は頼んだ。何、明日は人間の佐藤が代わりに入る。大丈夫だろう」
「そうですね」
そういった話をしつつ、俺は作業を着々と行った。
――――――――――
朝6時、決められた部分のレール交換が終わり、俺は退勤した。
既に陽は出ており、そこそこ眠いが、今日はこれから用事がある。
俺は部屋の近くの喫茶店の前で、とある人物を待った。
朝からやっている飲食店は吸血鬼にとって貴重だ。24時間営業はそれ以上に貴重だ。
「おお、古城、待たせたな!」
「実際会うのは一か月ぶりですね。夜見さん」
「その気になれば私は古城の様子を感じることができるのだが、まぁ、プライベートを覗き見るのも悪いしな……。それに最近仕事も忙しいしな……」
「お互い大変ですね……」
俺にとっての主、夜見さんだ。
高位の吸血鬼だが、仕事は事務職らしく、会社で色々苦労しているようだ。
そして、その気になれば俺を操れるらしいが、俺を操ろうとは全く思っておらず、むしろ俺に対して申し訳なさを感じている様子だ。
俺達は喫茶店へと入った。
俺と夜見さんはモーニングを頼んだ。
もっとも、吸血鬼にとっては夕食のようなもんだが。
俺にコーヒー、夜見さんに紅茶が来ると、夜見さんは口を開いた。
「なぁ、古城」
「なんですか?」
「お前……吸血鬼になって人生終わったって思っていないか……?」
「そうですね。最初は戸惑いの連続でしたが、今はだいぶ慣れていますよ。別に人と会えなくなるわけではありませんし、吸血鬼特有の体質も今では長所と捉えていますし」
「二郎系のラーメンが好きだと言っていたが……」
「にんにくを抜けばまだ全然食べられますし、今は二郎系よりさっぱりしたラーメンが好みですね」
「そうか……なら良いのだが……」
やはり夜見さんはどこか申し訳なさそうだ。
俺は思い切って夜見さんに聞いてみる事にした。
「夜見さん。どうしてそこまで僕に吸血鬼になる事を申し訳なく思っているのですか?」
「……古城は人間として生きたかっただろう……」
「まぁ、確かに人間として生きられなくなったのはアレなんですが、今では第二の人生を歩んでいると思っています」
「……そうなのか?」
「そう言えばですが、夜見さんには俺以外の眷属はいるのですか?」
「……」
その質問を言うと、夜見さんは急に黙ってしまった。
「……すまぬ。その質問には答えられない」
「そうですか」
「長く生きていると色々あるのだ。良いことも、悪いことも」
きっと夜見さんにとって何かあるのだろう。俺が立ち入っていい内容では無さそうだ。
俺は話題を最近食べたラーメンの話に変え、夜見さんと今度食べに行く約束をした。
――――――――――
帰ってみると時刻は午前8時半。随分と夜見さんと話をしたものだ。
陽射しもだいぶ強くなっており、眠気も一気に出てきた。
明日、いや、今日の夜も仕事だ。夜更かしならぬ朝更かしも程々にしないとな。
……そういう言葉を使ってしまう辺り、俺も人間時代の癖が抜けていないかもしれないな。
俺はベッドに横になった。
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