秘匿の床板 白日の罪科

斑猫

秘匿と消失は同義にあらず

「ねぇ桜花ちゃん。死体が消える井戸のお話って知ってるかしら?」

「ごめんなさい、詳しくは知らないの」

「良いわよ別に。桜花ちゃんってお嬢様って感じだもんねー。私らの業界に入るのもごくごく最近の事だし。

 それで消える井戸の話に戻ろうか。ある男の人が庭にある井戸に死体を投げ込むの。投げ込んだ翌日には消えているから、完全犯罪が出来ると思っていたのよね。でも最後には、老いた母親が証拠隠滅をその都度やっていたって事が解るって話。それが解ったのは、もちろん母親を殺した後なんだけどね」


 元々は小説だったのが、その部分だけ抽出してネットに上がったみたいだね。そう語るフジカワさんの顔には笑みが浮かんでいた。いたずらっぽい少女のようにも、邪悪な生き物のようにも見えた。いずれにせよ、フジカワさんは死ぬ事を忘れた身であるから、死体が消える井戸の話とやらも、遠い世界の出来事なのかもしれない。


「――要するに、隠していたって悪事は消えないの。どうしても露呈する定めにあるのよ」


 真面目な表情でフジカワさんが言い放ったその次の瞬間、桜花たちは床板を剥がす事に成功した。彼女たちはこの一軒家に棲むあるじの家宅捜索を行っていたのだ。フジカワさんも桜花も警察ではない。だが、彼女らは警察でも裁けない事柄を解決するための存在だった。

 床板の下には、様々な物品の残骸が散らばっていた。金目の物は一切無い。あからさまに死体と判るような物も無い。骨の欠片や肉片を探すのも難しかった。それでも、事件の残り香を嗅ぎ取るには十二分すぎる物品たちである。

 引き裂かれてぼろ布になったドレス。

 顔写真の部分が穿たれ、飴細工のように熔けた免許証。

 ひび割れながらも時を刻む腕時計。

 これらの持ち主がどうなったのか。床下に押し込められた者たちは証言者となっていた。持ち主の末路と――この家主の悪行を。


「やれやれ、お行儀の悪いお嬢さんがただ」


 声のした方を振り返ると、家のあるじが音もなく近付いていた。その傍らには一匹の奇妙な獣が侍っている。狼ほどの大きさはあるが、身体つきはイタチで顔は何処となく狐に似ていた。藍紫の隈取が禍々しく、不気味な紋様を描いている。

 ゲド。あるじは短い声で獣に呼びかける。植物の声が聞き取れるだけの、桜の生としての力しか桜花は持ち合わせていない。しかし彼女にも、ゲドと呼ばれた獣の邪悪な本性がその姿から伝わっていた。


「ゲドちゃんね。さしずめ、外道の術で生み出した犬神ってところかしら」


 フジカワさんがすっと立ち上がり、桜花を庇うように前に進み出た。彼女はゲドとあるじの姿を見ても全く怯えていない。動じてすらいないようだった。


「ふふふ。その子が活躍しているから、特に骨とかも見つからないのね。ワンちゃんは食いしん坊だもんねぇ」

「小娘が。言うに事欠いてべらべらと宣うじゃないか……このゲドの怖さが見えないようだな」


 フジカワさんはゲドをしっかと見据えていた。その瞳が潤み、うっすらと上気しているようにさえ見えた。

 ゲドと言う獣に喰い殺される事を彼女は望んでいるのか――桜花の脳裏に、そのような推論がぽうっと浮かんでしまった。

 だが流血の惨事はすんでの所で免れる事が出来た。何処からともなく無音で飛来してきたフクロウの化け物がゲドに襲い掛かったからだ。アレが味方なのは桜花も知っていた。最近仲間入りした3Dプリンターの生み出したモノだ。


「あーあ。弟分と妹分が気を利かせてあのフクロウちゃんを用意したみたいね」


 大丈夫、怖くなかったかしら? フジカワさんはリーダーらしく優しさを見せていたが、内心残念がっている気配は完全に消し去る事は出来ていなかった。

 もつれあって格闘していたフクロウとゲドの闘いも、いつの間にか決着がついていた。

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秘匿の床板 白日の罪科 斑猫 @hanmyou

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