【記録:██町について】

@404_dokoka

【記録:四十五億年前】

 あ。


 うまれた。発生した——出現した、思えば既にそこに

 わたしは——いいや、その時は自我など無かったのだから、一人称で語ることは適切ではない——それは、モヤと、煤と、ノイズが合わさったような、不安定な姿をしていた。当然、ヒトではない。岩石でもなく、また空気中の微生物でもない。第一、原始大気の中に生きる微生物など存在しない。

 肉体も意識も自我も無く、そこにいるという認識すらも無いまま、ただただそこにあった。目も脳も呼吸器官も、細胞さえも持ち合わせない何かがそこにいた。しかしそれは、今この瞬間のわたしを形作っているモノと寸分違わない。先日、顔見知りが「地球の次に長生きなのは、誰がなんと言おうとお前だな」と笑っていたので、そういうことなのだろう。余談だが、わたしの成分は今も変わらないものの、満ち足りているわけではない。三割ほど減少している。じゃあその三割はどこに——それはまたの機会に説明しようと思う。

 わたしを構成する物質に刻み込まれた記憶によれば、当時地面は歪み、熱く、不安定だった。大きな大きな岩が遠くの地にぶつかり、酷い揺れがあった。どこもかしこも、ぐつぐつと沸騰していた。次第にそれは収まり、今では考えられないくらいの酷い大雨が降り出した。この頃にもしわたしが聴覚を持っていたら、きっとそれはあっという間に壊れてしまっていただろう。そんなとめどない雨はいつの間にか止み、足下(正しくは足などではなかったわけだが)には大きな大きな水たまりが出来ていた。それは後に海と呼ばれるようになる。

 その頃にはいくぶん気温も下がっていた。間もなく微生物が誕生し、そうしてわたしは肉体を得た。ちなみに、という意識が生まれたのは、さらにそこから数十億年さきのごく最近、霊長類が現れた頃のことだ。


 二本の拙い足のみで立ち、歩き、行動する。皮膚は薄く、骨は細く、鋭利な爪や牙もなく、体毛なぞは無いに等しく、そのくせご立派に脳だけは大きい。そんな気味の悪い(と顔見知りが嘲笑わらっていた)人間という生き物が生まれて以降は、わたしは人間として存在することにした。特にこれといった理由は無い。わたしはいつもそうして存在し続けていただけだった。

 肉眼では見ることのできない微小生物しかいなかった時代も、打って変わってそれはそれは大きな爬虫類が跋扈ばっこしていた時代も、わたしはそうしていた。その時代、最も強く、賢く、生き残ることができるモノに成って。それが今この時代では人間、そして構造上の観点から、人間のオスの身体として、存在しているだけだった。

 人間が、何者かの下位互換になるその時まで。

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