今日はアンラッキーさんがテレビゲームにいそしんでいる。

 四足歩行の小さな獣である彼は、ゴーグルデバイスを顔につけて、四肢には小さな加速度センサとジャイロセンサが内蔵されたコントローラを身に着けている。

 私はリビングのソファーにごろんと寝転がって、モニタで写し出されるアンラッキーさんの奮闘を眺めていた。

 ゲームの内容はほぼ一本道のエリア上で、悪漢を倒しながらゴールまで辿り着くという至って簡単な内容のものだが、これをアンラッキーさんがやるとなるとなかなか趣深い。

 最初のうちは画面いっぱいの草原やら、森が広がっていたりして大興奮していたが、ものの五分もしないうちに順応してしまったらしい。要は飽きたのだ。

「そう! そこ右。あー……行き過ぎ行き過ぎ。戻って……」

 指示を出してみるが、小さな獣は自由気ままにそのあたりを歩いたり、走ったりしているばかり。しまいにはごろんと転がってしまい、目的地には一向に辿り着かない。

 仕方ない。ここは誘導作戦にしよう。私はアンラッキーさんの大好物であるリリスの尻尾を棚から取り出して封を切った。

 途端、何かに火がついたようにアンラッキーさんが私の方へと駆け寄ってきた。

 獣の食欲と嗅覚恐るべし。顔につけた視覚デバイスから香料の吹き出し口がついているはずだが、デジタルとアナログではアナログに軍配があがるらしい。

 私が画面を見て、アンラッキーさんをうまく誘導する。

 あ! 痛い! 親指を噛むな! 待て! わっ! 飛びすぎ。跳躍力どんなだよ! 待て。ほんとに待て。ちょっとやるから。ちょっとだぞ!

 私はリリスの尻尾を少しだけ千切って放り投げた。

 光の速さとまではいかないが、音速は超えそうな速度でアンラッキーさんがリリスの尻尾に飛びつく。ガブリと齧りついた。

 画面を見ると中間エリアを表す区域を突破していた。

 よしよし。この調子! なんで私がこんなに躍起になっているんだ? まぁいいや。

「そら行け! こっちだこっち! 残ってるのも欲しかったらこっちにくるんだ」

 画面の中を夢中で移動しているというよりは、嗅覚とおそらく私の足音を頼りにこちらへ向かってきているアンラッキーさんの姿が愛くるしい……いや、ちょっと怖い。

 ともかく、すこしずつリリスの尻尾を千切っては投げ、千切っては投げを四度ほど繰り返した。

「そう! ナイス! いいぞ! そのまま真っすぐ!」

 ゴール前の扉が閉じ、ボス戦が始まる。

 次々にやってくる悪漢どもを得意のアンラッキー肉球パンチやキックでやっつける。

 こいつやるじゃん。難なく全ての悪漢を倒してついに――

「ゴール!」

 私は叫んでいた。ついでにジャンプもしていた。

 ごろんと横になったアンラッキーさんを抱きかかえようと近寄った瞬間のことだ。

「ふぅ~。やれやれ。ご主人にも困ったもんだよ」

 ほ? 声だ。私は一人暮らしで、この距離で声がするということはありえないのだが。

「餌で釣るのは、よくないんじゃないか」

 目の前にいる小さき獣の口がもごもご動いている。まさか。

「アンラッキーさん!?」

 アンラッキーさんが人の声で話しているのか。

「そう。アンラッキーさん」

「WHY!? ニンゲン話術!?」

「たったいま習得したんだ。レベルアップってやつ」

「まーじで。やったじゃん」

 もうわけがわからないよ。

「あ、せっかく意志疎通ができるようになったんだしさ。あれがしたい。一緒にキノコに乗ってジャンプするゲーム」

 なるほど。過去に私が友人とやっているのをマジマジと見ていたのは私とゲームがしたかったからなのか。そう思うとなんだか胸のあたりがくすぐったくなる。

「よし! やるか!」

 私はいそいそと、ゴーグルデバイスとコントローラを取りつけた。

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喜怒哀楽練習帳 維櫻京奈 @_isakura_

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