1-5 二体の甲一型

 従って、特別高層区域の全区画が常時次元探査にかけられ、事前生体登録者以外はどこに潜んでいようと一瞬で感知される。


 その次元探査を、恒星間航行にも使用される次元反転デヴァイス技術の応用ですりぬけ、堂々と闊歩するアンデッド兵器がいた。


 制御され、安定した「次元の隙間」を歩いているので、目に見えているのに誰も感知できない。この状態を感知できるのは、同等の次元反転機能を有した高レベルアンデッドか、次元反転能力を持つリバーシブル・コンダクターだけだった。


 そのアンデッドの出で立ちは、社会通念上どう見ても隠密行動には不釣り合いに派手だった。


 というわけではないが、やけに仰々しい。設計思想に、敵への威嚇や幻惑が含まれているのではないかと思われた。全身が布状特殊繊維プロテクターに包まれ、赤と黒の色合いで地獄の炎を象っている。死者の目だけが出た頭部は古代の額あてと面頬を模した装束で、スカーフめいて布の余りが首より棚引いている。これは、一種の重戦闘忍装束だ。背は中肉中背で、体系も華奢のようでいてがっしりしており、男性型か女性型かも不明だった。


 階下で非常事態宣言が発令されたこともあり、街は日常を維持しつつも、どこか緊張に包まれていた。


 「アンデッドテロだって……」

 若い女性が、連れの友人へ話しかけた。

 「テロ多くない? アンデッド使いが増えてんのかな」


 この街を歩くほどなので、高級市民だ。政治家か高級官僚、大企業幹部の子女だろう。


 「でも……ちょっと、アンデッドってホンモノ見てみたい」

 「ここじゃ無理でしょ。階下したに行かないと」

 「階下したあ? アンデッドより、階下したのれんちゅうがムリ!」


 その横をアンデット忍者が通るが、感知できない。どころか、障気にも匹敵するその邪悪な霊気に当てられると同時に生命エネルギーを吸収され、二人ともその場で倒れてしまった。


 急いで他の通行人が駆けより、また同じく駆けつけた市街管理用自律型デヴァイスが簡易な医療行為を行う。


 「……さすが、甲二型黄泉死乃火よもつしのび……個体名は不明だが……近づくだけで、人間ひとを殺しかねぬわ……」


 同じ次元回廊中に時代がかった少女の声がして、古代の舞踏会用ドレスめいた、ゆったりしたスカートにデコルテも開いたカナリヤ色の装束に赤金髪の人物が忍の者の前に立ち塞がった。そのぱっちりとした大きな眼は、古代中南部ヨーロピアン型アンデッドの特徴をよく残しており、翠色である。見た目は、十代初めのローティーンに見える。


 忍者が立ち止まる。

 瞬間、棒手裏剣を打った。


 手裏剣が、空間に突き刺さる。すぐさま、次元回廊の隙間より、手裏剣の突き刺さった霊符を手にした、前方の赤金髪より何歳か年上に見える少女が現れる。しかし、容姿はずっと異様だった。灰と黒と青の拳法着に近い上着とズボン風の履物は、上質な正絹だ。漆黒のストレートな髪は肩できれいに切り揃えられ、なにより顔面の左半分を斜めに大きな黄色地に朱書きの霊符が隠しており、右目だけがギロギロと光っていた。いわゆるアーモンド型の眼と低い鼻というこちらの顔立ちは、相棒と思わしき少女と対照的に、古代東アジアン型特有のものだ。


 どちらも「人種」という、当時代人類にはほぼ見られない、かつて存在したそれぞれの地域に由来する特徴を有していた。


 ただし、二人とも顔色が真っ青を通りこして真っ白であり、いかにも死人である。


 (前方が、甲一型エンシェント・ヴァンパイアのリリ・ブーランジュウ……と、後ろは同じく甲一型殭屍チァンシー琵琶行ピーパ・シン……か……フン……)


 地獄忍者の目が細くなる。チァンシーとは、いわゆるキョンシーのことである。なんにせよ、同じく次元反転法を会得した高レベルアンデッドだ。


 「貴様が誰であろうと、アンデッド兵器である以上、検索すればどうせすぐわかる。名乗ったらどうだ」


 ピーパが腕を組みながらふんぞり返って忍者をその血走った右目でにらみつけ、意外にリリよりも甲高い、蝙蝠の放つ超音波めいた声を発した。チァンシーといえば両手を前に出してピョンピョンと飛び跳ねながら進む古代中国大陸の吸血鬼の一種だが、ここまで自由意思を持ち、自在に動けるというのは、仙人クラスの、チァンシーとしても非常に高レベルであることを意味する。


 そのピーパを睨みつけ、忍者はややしばし黙っていた。

 「しのびが、無駄口を叩きたくないのは分かるが……」

 ピーパが苦笑。腕組みを解き、同時にその手へ霊符を出した。

 「人に名を聞く際は、先に名乗るが礼儀」


 忍者の声は音声加工され……いや、思念通話で、男にも女にも聞こえる妙声だった。だが、こちらも意外に端正で、むしろ爽やかな声だった。


 「よかろう」


 リリが牙をむいてニヤリと笑い、ふんぞり返るピーパと逆に、今にも獲物へとびかからんとするネコ科の猛獣のように身をかがめ、殺気に満ちた上目で忍者を凝視する。


 「我はリリ・ラヴェーラ・ド・ラモ・ブーランジュウ。製造から七〇〇年を経た、特殊兵器よ。同じ甲型でも、貴様がごときポッと出とは、わけが違うぞ」


 続いて、忍者がギロリと視線を後ろへ移した。ピーパがいつでも霊符を打てる構えのまま、不遜な態度と他人を見下す顔つきで、


 「……我は羅竜華ルオ・ロンファ……人は琵琶行ピーパ・シンなどとも呼ぶ……リリ殿よりは後出だが……それでも製造より五〇〇年近く経ておる。そこらのアンデッドと一緒にしておると、後悔するのは……リリ殿と同じことよ……」

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