第28話 好きですが何か? 《完》
カナの手を強引に引いたまま、何とかアパートに戻って来た。
部屋に入ってすぐ、
「少年。走って汗をかいたし浴びてくるけど、いい?」
「あ、うん。どうぞ」
人波に呑まれながら商店街を駆け抜けたことで、カナの額にはうっすらと汗が見えている。俺はそんなに汗をかいていないが、カナの汗は気恥ずかしさも相まっての汗らしい。
「……少年。君も一緒に入る?」
「もちろん入らないから安心していいよ! というか、俺に構わず浴びてきてよ。その間に俺は部屋を片付けておくから」
「即答かよ! むふぅ、相変わらず照れ屋さんだねぇ。そこが君のいいところなんだけどね~」
俺の部屋に入るのが当たり前になったせいか、玄関から上がってすぐにカナはいつものカナに戻っていた。
シャワーやお風呂は俺がいない時に浴びているらしいが、今回は二人揃っての帰宅だから仕方が無い。それはいいとして、俺は俺でカナの目が届かない時にやらなければならないことがある。
それはもちろん、秘蔵コレクションの状態を確かめること。しまってある場所は、テレビ奥にある隠し棚だ。
カナのあのセリフの数々や姿格好は、どう考えても一度ならず何度も再生しなければ再現出来ない。
そして俺の理想のヒロインを、ピンポイントで当ててきたことも調べる必要がある。カナがシャワーを浴びている今を逃せば、真相がつかめないのは必至。
そう思いながら俺はごそごそと隠し棚を開けて、目的のブツに向かって手を伸ばした。ブツは俺にしか分からない印があって、俺以外がケースを開けた場合にすぐに分かる仕掛けを施している。
しかし、
「あれ? 変化がない……?」
秘蔵アニメがしまってある隠し棚を見たものの、ケースを開けた形跡が無い。カナのキャラ変はどう考えても秘蔵アニメを見まくった影響によるものだとばかり思っていたのに、それがまるで無いように見える。
無いならないで安心だけど、だとしたらあのヒロインは一体どこから?
「何が無いんだい?」
「えっ?」
耳元にカナの声――音も無く静かに忍び寄ってきてたのか?
思わず振り向こうとすると、ふわっとした柑橘系の香りと白いタオルが俺の顔に当たった。
タオルを顔からどけようと手で払いのけると、目の前にはカナの――
「――って、うわああああーーー!?」
カナの顔が近すぎるうえ、それが視界に飛び込んできたせいで慌てて後ずさってしまった。
「おおぅ? そんなに驚いてどしたん?」
「どうもこうも……何で、何でそんなすっ裸状態に!?」
ほんのわずかながら、カナの体には拭き取られていない水滴が見えている。なぜにそんな状態でここにいるのか。
「そりゃあシャワーを浴びてきたからに決まってるじゃないか!」
「……そういうことじゃなくて、少しは隠してよ! 俺だって――」
「ほほぅ? 俺だって襲っちゃうよ? かな? 是非とも襲っちゃってくれたまえ! バスタオルをはぎ取ったのもそういう意味なのだね?」
「……襲わない。でも変に意識しまくってやりづらくなる」
バスタオルを払いのけたつもりが、俺の手に握られているのはまずった。
とはいえ、ただでさえ好みのヒロインの姿とセリフを聞いた辺りからカナのことを気になり出したのに、あられもない姿を堂々とさらけ出されると変なスイッチが入りそうだ。
「つまらん!! 何てつまらん男に成り下がったんだ~……ちっさい頃の君はもっと大胆に襲ってきたというのに!!」
「え、いつの話?」
「もちろん、コザカナ呼びしてた頃だぜ! あの時はキイちゃんともたくさん絡んでいたというのに、すばるくんってばキイちゃんも避け始めたよね~」
それってかなり大昔の、それこそ小学生くらいの話なのでは。
キイとは確かに一緒に遊んでいた記憶があった。しかし物心ついた辺りから姉溺愛マシーンと化して、あいつはてんで可愛げが無くなった。
同じ学校かつ同じクラスなのに、常にはりつけにされていた気分を過ごしていたものだ。
「それはあいつに聞いてよ。俺のせいじゃないでしょ。それはともかく、いい加減隠してよ! 俺の目を潰す気!?」
「あらあら? あたしのたわわな胸をこっそり見ていたくせに、どうして堂々と見ることが出来ないのかな? それでも健全な男か! 今なら見放題だぜ?」
こっそり見ていたのは、カナがゾンビのごとく商店街を彷徨っていた時か。その時から俺だと気づいて接近してたわけだな。
とりあえず俺の手元にあるタオルでカナを巻いてしまおう。
「とりあえず――」
「おっ? 襲っちゃう?」
何やらおかしな興奮状態にあるようだが、俺は俺なりに冷静な行動を取る。もぎ取った大きなバスタオルを広げ、カナの肩から下半身に向けて覆い隠した。
「むっむぅぅ~……スーハースーハー」
一瞬何が起きたのかと言わんばかりにパニック状態になったカナだったが、すぐにタオルから顔だけを出して深呼吸を始めた。
「恥じらいも無くそう簡単にさらけ出さないでよ。俺、マジで困るんだから」
「困る? すばるくんが何を困るの?」
この流れでいけば間違いなく雰囲気で流されそうだが、その前に確認しておこう。
「その前にカナに聞きたいんだけど」
「うん。心配しなくてもすばるくんのマル秘アニメなんて見てないぜ? それはほら、男の子も秘密にしたいわけですし?」
「……えっ? 見てない……の? じゃあどうしてあのメガネとかスーツとか、セリフの数々――」
どうやら俺がごそごそしていたのを全て見られていたようだ。しかしそれならあれは何だったのか。
「それって、『おねティー』ってアニメのことを言ってるのかな?」
「そ、そうだけど……どうしてそれをカナが?」
「…………だって、あたしのデビュー作だから」
「ええええっ!? え? で、でも、ヒロインの声は……」
これは驚きだ。カナの年齢は俺よりも二つ上。このアニメ自体、新しめではなくてそれこそ俺がアニメにはまり出した数年前の作品。
カナが声優の専門学校に行き出したのは、高校卒業と同時くらいだったはず。いくらなんでもデビュー作というのはあり得ない。
「どんなでもデビューなのだよ。それこそガヤでも、ね」
「それってエキストラみたいなものだっけ?」
「そうだよ。にぎやかしって言うんだけど、あたしが最初に参加させてもらったのがその作品ってわけ。ヒロイン役なんてとんでもない話だよ」
なるほど。やはり厳しい世界なわけか。
「じゃああの格好とセリフって?」
「記憶してたから再現してみた。すばるくんが好きそうだなぁと思っただけだぜ! 実際好きだろ?」
「……好きです」
「おほっ」
「ん? いやっ、今のは告白じゃなくて――」
誘導された?
「でもビンゴだったわけだね? あたしは見てたぜ? すばるくんってば、あたしのメガネな姿に顔を真っ赤にして照れまくりだった。可愛すぎ!!」
くっ、錯乱状態になっていたようで俺の状態を冷静に眺めていたっていうのか。キイとみのりにばかり気を取られていたのが裏目に出たか。
「タオルの中身はともかくとして、俺はあの……」
「好きですが?」
「……え?」
「すばるくんのことがずっと好きですが何か文句があるのか、こら!」
「無い……」
何でこんなシチュエーションでそういうシーンに?
そしてカナの俺を見つめる目は真剣そのもののようだ。俺からはまだはっきりと言える立場にないけど、それでもとりあえず見つめるだけ見つめよう。
「……」
「…………なに睨んでんだ~ごらぁ!!」
「今は見つめることしか出来ないって察してもらえると……」
「はいはい、ヘタレなわけだね。はいはい、じゃあ握手!」
よく分からないが、カナから手を伸ばしてきたので応じることにする。
「じゃあ――」
「すばるくんは目をつぶれ~! それで許したる!」
また意味不明なことを。
ここで変に逆らってもって話だし、俺はカナの手に近づけながら目を閉じた。
だが、手を握った感触のはずが、何やらかなりの重量感が感じられる。手を余すかのようなこれはつまり――。
「ふふん、これで契約成立だぜ! すばるくんはあたしの――を揉みしだいたわけだ。今すぐどうこうするつもりはなくても、そういう結末を望んでいると理解したぜ」
「……いや、ずるいってそれは! でもまぁ、いいや。好きなのは事実だし、順序がおかしいけどカナだし。いいよそれで」
「んむぅ。キイと仲直りもしておくれよ? あたしをもらうってことはキイももれなくついてくるんだからね」
何て面倒なおまけなんだ。
「分かったよ、カナ。よく分からない契約はともかく、これからも俺の好きなヒロインを演じて俺をもっと好きにさせてよ」
「うんうん、大好きなすばるくんの為だけに君のヒロインになってみせるぜ!」
色々片付けないといけないことがありつつも、これからカナの気持ちに応えるためにも俺から寄って行く――それしかないかな。
俺の好きなヒロインがこんな近くにいるのだから。
――――――完結しました。今まで応援、お読みいただきありがとうございました!次回作幼馴染の新作は5月中を予定しています。
俺の幼馴染が魅力的なヒロインを目指して、あれこれしながら部屋に入り浸っている件 遥 かずら @hkz7
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