#02:強引≪インヴィートォ

「あの……何々の何っていうのを何とかするっていうええと『旅』? ……その旅っていうのはその、比喩的なあの」「おお、『冒険』と言った方が通りがよかがろちか? ま、そげなんばどりゅでも良かんねりあし」


 ひとまず一息落ち着いて、テンションもメンタルも立ち位置もせめてせいぜいフラットなとこまでは戻していこうとして何とか放った僕の掠れ気味の言の葉は、その言葉尻を捉えるというよりは、ただ単にそれ以上の圧にて押しつぶしてくるという、僕の短い社会人生活においては幸いにも出くわさずに済んでいた低コンプラブラックなる流れに埋没してはカフェの小洒落た薄橙色の壁紙の方へと転がり散っていったように思えたわけだけど。


 何だろう、これは。ここ至るまでのこと……見知らぬ他人も他人な女のコに雑踏内でいきなり声を掛けられるやいなや、その流れのままこうして相対して話を聞いているというだけでも相当なありえなさであると自分でもようやく感じられてきたところなのに、それプラス、当該そのコの話す言の葉が確かに日本語と思しきものであろうはずなのに全く自分の理解能を刺激してこずに、これはひょっとして物凄くシームレスに僕側の方が異世界ここではないどこかに転移でもカマしてしまったのだろうか、とのこちらもあり得なさではタメを張るほどの思いに否応なく囚われていくまであるのであって、そしてもうこここの局面に至っては、それ以上の深堀る思考はもう諦めて、ただただ目の前に注がれたカフェラテの液面のゆらぎに視点を落としては、お開きのタイミングを見計らうばかりの僕がいて。


「ええとその……キミはその、どこに住んでいるのかっていうのを、あ、まあ差支えのない範囲で大まかにここらへん、とか言って貰えればいいのだけれど」


 十中八九、お金はたかられるだろうことは分かっていたので、ここのカフェ代と帰り賃だけでつつがなく手打ちにしてもらおうとか思いつつも、とんでもない遠距離を示されることを危惧してひとまずはそんな問いかけからうまいこと場を逃れんがための策を必死こいて午前中の諸々で既に熱を持ってるだろう神経接続シナプスたちに拝み倒しつつ紡ぎ出していく。が、


「ローレンシウム伯爵が娘と、名乗ったはずだっがりあ。そこらの辺境伯とは格が違うがろち、あまり田舎侍イモんが事、言わんながーなぁましぃ」


 言うてたけ↑ど→。何て言うか、その体で行くのかな的な立ち位置がまだ掴めていなかったこともあって聞いてみたけど、なんだけれど。相手は日本語に限りなく近しい言語を操るものの、取り敢えず「話は通じない」ということは分かった。そして分かったとて事態は好転しないということも遅まきながら感じられてきた。うん、凍てついていた気を何とか取り直すと、


 で、では今日のところはそうですね、そこいらで食事でもしてからその、は、伯爵様のお屋敷まで送り届けいたしましましょうか? という多分なへりくだりを内包させた物言いで恐る恐るそう切り出す僕だけれど、


「ぼんちりぬすか、おんどれあすは? 大義を為すまで故郷には戻らぬ、そのくらい高貴なる我がローレンシウム家として当然なることと、何故察せられぬ? おは親切なる民草であるものの、やはりその辺は理解が難しいことであるじばぁにがに……」


 「即封」という言葉はおそらく無いとは思うけど、そんなつらつら言葉にて即・封じ込まれた。するりと流れるような美しい黒髪をやや褐色に日焼けした長い人差し指でくるりと絡めながら。殊更にそっぽに向けられた流し目にて。いや、何とかって奴を集めて元の世界に帰る言うてたよね……手段と目的がいまいちはっきりしないままで進行しているような、まぁその辺を気にしだしてもしょうがないとは思うけれど、そして言葉の意味はよく分からないけれど、ごくごく自然ナチュラルにマウントを取られた感もありで、この辺りは昔の彼女に似ていなくも無くて若干の胸やけに似た感情未満の何かを横隔膜付近に漂わせる僕だったけど。


「わかりました。ではその『何とかストーン』とやらを一緒に探してみましょう。それで今日のところはお開きと。ではヒカリエとか行ってみましょうか、いろいろなお店ショップがありますし、きっとキミ……貴方様のご希望に沿うものもあるはず」


 なので諸々はすべて飲み下し、ここはもう徹頭徹尾「従者感」を前面に出して、この不思議少女の狂言につきあってやろうとの諸々の諦観感と何となくの高揚感も混ぜ合わせたかのような思いに突き動かされ、そう発する。このまま誰もいないワンルームに帰ったとて、とても内面に今吹きすさんでいるこの感情のうねりを収めることなど出来なさそうでもあり。だったら誰かと共に何とは無しの平日ショッピングに興じた方が全然ましとの打算も込みで。とにかく今日はもう何も考えたくない……


 が、しかし、


「『デステネィーストォン』が店売りの既製品できあいであるわけがなかがろち。本当ほんくらに銀縁は弩平民おぼんふなやっちゃっちゃねぁ」


 んん? さらりとディスられたのはまあ良いとして、そういうタカりでは無いってことだろうか。ますますこのコの意図が分からなくなってきている。その一日デート的なものの代償に宝石的な物を差し出すみたいなことでは無いんだろうか。と、


 見よ、とのドヤ感を含ませた声と共に、眼前にスマホの画面が突き出されるけど。うん、このフォルムは最新の奴のような気がする……お金持ってんだなぁとは思ったけれど、伯爵云々辺りの設定とそぐわない気がしないでもないけど、そことかはもう流すで良い気がした。あまり頭を使ってはいけない。色々考えたところで人との意思疎通なんてやっぱり些細な事でねじれて崩壊してしまうってこと、短い期間だったけどそこは嫌というほど学んだはずだろ。流れに身を任せるんだそれが処世術……


「……え、海岸? ですか?」


 しかして、画面に映し出されていたのはこれでもかの入り組んだ湾の寒々とした風景であったわけで。うん? 何かこのぎざぎざの崖感……小学校くらいで習った覚えがある……「リアス海岸」……思わずそう呟いた僕に対し、おお「リアス」!! 我がロのいにしえなる勇士の御名みなぞ!! とか即応で喰い付いてきたけど、うぅん、わっかんねぇ……


「確かにそこに在ると伝承されておる『ストォン』の種類は『六つ』!! すなわち『青』『緑』『黄』『赤』『白』『黒』ッ!! それら全てを集めし時、『世界』の扉は開くのであろう……」


 「あろう」と来ましたか。何かのっけから雲をも掴ませないような話とは思っていたけど、さらにのあやふやさも増してきたようなこの状況……それ以上の荒唐無稽さも無論大したもので、こちらの「何でなん」感を表層で吊り上げバフることにてこの根底根本の大元からは目を逸らさせるというか、その辺り、非常にこなれた感を受け取ってしまうのは僕が今結構な疑心暗鬼状態に陥っているからだろうか、いや待て。


 嫌な予感がして<リアス海岸>を素早く検索してみる。いちばん近いので三浦半島。その突端まで仮に行くとなったら結構な小旅行になるぞ……日帰りで行くにしろこの制服然とした恰好の結構な目立つ外見ルックスのコを連れ回すことになる……まったくやましいところは一ミリとして無いとは言え、このご時世用心し過ぎて過ぎることは無い……


 思えばこんな思考に至ってしまったのが、「今」を以ってしても全く解せないわけでもあった。この時こんな選択をしなかったらと、思わなくも無い。それでもまだこの時の僕は、日常に起きたでかい波をやり過ごす、あるいはそれに腰を据えて向き合うために、ちょっとした非日常はうってつけかも、とかいう呑気な感じでいたわけで。

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