D案×C援≪サナトリア≠ス

gaction9969

#01:唐突≪ラフィリアディオール

「と、とつ、と、とどのつまりわっちゃが、そ、そので、で、『デステネィーストォン』がばを五つか六つがとこ集めてろ、ほんでごら『聖奈る入り江カァラ=サクゥラ』がぁに供えらち、ほってれ元の世界に帰れっるっつぅ寸法でにあると、わ、分かっちりゅーばりもあ?」

「えぇと、僕? です?」


 港南口から伸びる大空間。立ち並ぶ液晶の下を黙々と行き過ぎる利用客の靴音や息遣いがうわんと反響しているような自由通路を、今までの通勤やら外勤時の急ぎ足からは数段シフトダウンした歩様で歩いていたら、穏やかな光が差し込む南側の窓の列の下にぺたりと座り込んでいたと思しき若いコからいきなり「おお、そこな銀縁眼鏡よ!!」とかそのような穏やかならざる声を掛けられて、うっかり立ち止まり見返してしまった。のは、僕がたった今勤めていたとある持株会社ホールディングスから辞してきたばかりで、いや「辞去」の意味じゃあなく「辞職」の意味で辞してきたばかりという途方も無く空虚なる大脳状態だったことに因るものなのだろうか、分からなかった。さらにその後にまくし立て続けられてきた何とかの何々とかがの意味が何ひとつ自分の理解野に染み渡ってこないどころか一分子をも浸透させないレベルの初耳感をもってして無駄に鼓膜を震わせたことに思わず立ちすくむようにして「待ち」の体勢をつくってしまった。それが悪手だったのかも知れないとか思う間もなく、


 お、おがしかおらんじぃながそないに銀縁なんちょがば、とかどこの郷の言葉かは全く分からなくそして何が面白いのかも全然分からないのだけれど、艶やかな黒髪は背中くらいまで落とされていて後ろからの陽光を後光のように存分に煌めかせ、大きな表情のある黒目がちな瞳は真っ直ぐに、昨今ここまで至近距離にてリアルに視線を絡ませた記憶の無い僕の網膜に優しく残像を刻んでいき、つるりとした質感の柔らかそうな唇からは真白き八重歯がほの覗く、そこだけを切り取れば魅力的に見える屈託の無い笑顔にてゆらり立ち上がるやいなや、僕のスーツの袖を馴れ馴れしくもひっつかんで来たのだけれど。純白のブラウス、の上にややゆるっとしたサイズの紺色のセーター。黒地に白とクリーム色の線が入ったすごい丈のスカート、は、ここらではあまり見かけないものだ。もしかすると正規の制服では無いのでは、とも思う。そして、


 JR品川駅である。人の流れは途切れることを知らない平日二時下がりである。こんな時間にこんなところで堂々と勧誘をされるなんて思ってもいなかったので、ゆえに盲点だったのかも知れないと思わせられるが。しかして仮に監視カメラが運よくこの場をスナイプしていたとして、果たして加害者被害者の別は正確につくのだろうかとの問題が僕の視床下部辺りに付きまとうようにしてちらつく。そして、


 事を荒立ててはいけない。


 本日はかなり重度の負なるイベントを青息吐息でこなしてきたわけでもあり、これ以上メンタルに過剰な負荷を掛けること罷りならんとの全中枢神経からのSOSを受け取りながら、僕は極めて穏便にその少女を促し、とりあえず目についた朱色の看板のカフェに入ることにするのだけれど。


「ええと……なぜ僕かっていうのと……いや僕はそのお金もそんなに無く、先行きの見通しもほんの先ほどにばつり不透明になったくらいまであるほどの単なる一介の失業者であるわけなのだけれど、その」「まどるっこしぃのは無じでよかとりあす。立ち止まて話ば聞いてくれて、こん『ラスタシャイニーフラペチーノ』ば奢ってくれよりくしゃ、流石我ぁが選んだだけのことばあるっとりにしあ」


 被せられてくる言の葉は日本語のようで本当にそうなのかどうか分からないくらいの訛り方であるものの、それでも喋らなければ普通に山手線の内側辺りの高校に通っていそうな佇まいの女の子である。そしてこの唐突なる出会いの、その裏に潜んでいるだろう諸々の何かに目をつむれば、こちらに向けられているのは少なからずの好意と見てもよいのではと、己のこれが現況を作り出したのだろうとそろそろ自覚するべきでもあるお人よしというか、メンタルがガラ空きのスタンスにて僕は取り敢えず話を聞いてみることにするのだけれど。幸い、なのかそうでも無いのか、僕の図らずも空白になってしまった時間はまだだいぶありそうなわけで。


 ゆえに銀縁、そなたを私の従者として進ぜよう……というような唐突に改まって放たれて来た、それゆえに胡散臭さが否応増してきた言の葉に、そんなにこのフレームは珍しいものだったのかなとかの無用な思考を挟ませる隙も与えてはくれずに、


「……我、こと『サナルトリア=ブルグムーン・オブジ・ローレンシウム伯爵令嬢』の名の許に、いざ、『デステネィーストォン』探求の旅へと、共に赴かんことをここに誓うがよい」


 咀嚼不能なほどの過多なる情報で一気にこちらを寄り切ろうとしてくる一端の詐欺グループも顔負けの詐術と見まごうほどなのに、それなのに何故かどこか厳粛厳然たる口調で言い被せられてきた言葉が始まりだった。


 僕と、彼女の、奇妙奇天烈で摩訶不思議な「道中」の幕開けなのであった。

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