第93話 目撃者


 商家の奥座敷を借り、与力の佐竹が上座に座った。

 下座に景山と後藤が座ったが、佐竹に軽く頭を下げると体の向きを縁側に変える。

 縁側に、徳蔵と徳蔵の連れた男が座っているのだ。


 最初、徳蔵は恐れ多いと言い、縁側の下、中庭に座ると申し出たが、後藤がそれを拒否した。

 やり取りが外に漏れることを嫌ったのである。

 本当ならば、同じ座敷内で話を聞きたかったが、徳蔵が頑なに固辞し続け、このような形になったのである。


 後藤は、ここで幾つかの質問をし、詳細は後日奉行所で聞くつもりでいた。

 佐竹は、質問には加わらない。

 後藤と景山の質問、そして男の返答を聞くだけである。


 「徳蔵と申したな」

 「はっ」

 後藤の言葉に、徳蔵は深く頭を下げた。

 「下谷北で周旋業を営んでおります」


 「隣の男は?」

 「この者は、八年前、私が鍛冶の幾野へ紹介をした弥吉という者でございます」


 「や、弥吉でございます」

 徳蔵に紹介され、横に座る男が、下げていた頭をさらに深く下げた。

 言葉に奥州訛りがある。


 「弥吉。その方、平賀源内を見たと申したが、真か?」

 「は、はい」

 平伏したままの弥吉が答える。

 緊張のためか、声が震えていた。


 「いつ、どこで見たのか?」

 幾つか確かめることがあったが、後藤は、まず肝心なことを聞いた。


 「先ほど、お城の濠で騒ぎがあったときでございます」


 弥吉の言葉に、後藤、景山、そして佐竹も固まった。

 昨日、一昨日などの話ではなく、「たった今」の話なのである。


 「濠近くにある加賀屋の土蔵の横、そこに置かれた駕籠の中に源内がおりました。

 開いていた小窓から、その顔が見えたのです。

 ま、間違いありませぬ。

 あれは平賀源内でありました」


 後藤は、弥吉の言葉を聞いた瞬間、自身の失態に気付いて蒼白になった。

 弥吉が見た駕籠と言うのは、ぐりふぉむ戦のとき、浅草寺前の路地にあった、あんつぽ駕籠で間違いないと思われた。

 後藤が追い、その途中、駕籠かきが異形の狗神憑きと化した、あの駕籠である。

 ぐりふぉむ戦のことを思い返せば、今回もまた、野次馬に紛れて、平賀源内が現場にいたことは予想できたはずであった。


 「弥吉。顔をあげよ」

 後藤が言うと、弥吉はおずおずと顔をあげた。

 四十半ばとみえる男である。

 鍛冶場の炉で長年炙られていたためか、顔が赤く焼けている。

 「ここに来る前、その駕籠はまだ土蔵の横にあったのか?」

 無駄だと思いつつ、確かめる。


 「い、いえ。

 人魚が濠へと逃げた後、いつの間にか消えておりました」

 答えた弥吉が、また頭を下げる。


 ぐりふぉむのときと同じか……。

 後藤は苦い顔になった。

 人魚のみに聞こえる合図を送り、濠へ戻ることを命じた後、犬神憑きに守られた駕籠で去ったのであろう


 「後藤」

 景山がこちらを見た。

 ぐりふぉむ戦の後に追った駕籠についての情報は、もちろん奉行所内で共有している。

 景山は、後藤と同じことを理解したようであった。


 「外には戸田と室瀬がいる」

 景山が、同僚の同心の名前を口にした。

 遅れて現れ、今は濠端で人魚の骸の処理をしているはずである。

 「あの二人に、手下を使い、駕籠を捜すように伝えてくる」

 そう言った景山は、許可を得るため佐竹の方に向き直った。

 佐竹が頷き、景山が立ち上がる。


 「見つけた場合、尾行だけに専念させよ。

 手を出せば、間違いなく殺されるぞ」

 後藤は、景山に声を掛けた。


 「分かっておる」

 そう答えた景山は、素早く座敷を出て行った。


 自分の証言で、同心の一人が慌ただしく席を外したため、弥吉はさらに緊張し、視線をおどおどとさ迷わせていた。


 「落ち着け、弥吉」

 後藤が声を掛ける。

 「何事もその方の責任ではない。

 ただ、幾つか確認したきことがある」

 後藤がそう言った。

 弥吉を落ち着かせるため、穏やかな笑みを浮かべている。

 しかし、後藤には、どうにも解せないことがあった。


 すでに奉行所は、総泉寺にある平賀源内の墓を暴いている。

 当時は座棺と言い、遺体は桶の形をした棺に座った形で入れられて埋葬される。

 火葬ではなく、土葬である。

 源内の墓を掘り返すと、朽ちて大量の土が入り込んだ早桶の中から、成人男性一体分の骨が現れた。

 しかし、これが源内の骨だと確認する方法は無かった。

 埋葬時、源内ではなく、別の遺体が源内と偽られ、埋められていた可能性もあるのだ。


 さらに奉行所は、平賀源内の捜索に人相書きを使った。

 生前の源内の容貌を知る、杉田玄白の協力を得て、源内の似顔絵を制作したのだ。

 似顔絵の横に、面長であり、顎やや細いなどと、特徴を記載する。

 ここで問題が起こった。

 源内が死んだのは、今より37年前、もし生きていれば90歳近い老人である。

 死んだ当時のままの人相とするのか、それとも、そこから老いた顔を想像して描くのかで少し議論となったのだ。

 結局、死んだ当時より、少し老けさせた人相書きを描くこととなった。

 しかし、この人相書きに『人相手配書 平賀源内』と書くことは出来ない。

 平賀源内は、公式には37年前に獄死したことになっているのだ。

 そのため、『無宿源造』と言う名前、さらに罪状をでっちあげて、あちこちに配布した。


 さらにもうひとつ。

 『近頃、平賀源内、もしくは平賀源内の身内と偽り、人々をたぶらかす者が出没している。情報を持つ者は、奉行所に届け出よ』という告知を江戸の辻々に立てた。


 平賀源内に似た『無宿源造』という罪人の手配書。

 平賀源内と名乗る偽者の手配書。

 どちらも『平賀源内』を手配しているものではない。

 にも関わらず、弥吉は「平賀源内を目撃した」と証言しているのである。

 それが意味するところは、ひとつしかなかった。


 「弥吉」

 後藤は確認をする。

 「先ほど、駕籠に乗っていた者が、平賀源内で間違いないと申したが、おぬし、源内を見知っておるのか?」


 「知っております」

 弥吉は、はっきりと答えた。

 「あれは、十歳のころでございます。

 そのころの私は、奥州会津に住んでおりました」

 弥吉は、そのころのことを思い出すように、わずかに間を置いた。

 「……会津には、磐梯山という立派な御山がございます。

 私の住む村は、その磐梯山の麓にございました。

 ……平賀源内は」

 弥吉は唾を飲み込んだ。

 目に恐怖の色が浮かび上がる。

 「……磐梯山の深き場所で、世にも恐ろしい怪獣を造り上げていたのでございます」



※ ここで第1話「序 会津の怪獣騒動」に繋がります^^; 

 やっとここまで来ました……^^;

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