第71話 以心伝心
下男である加吉の優れた身体能力を見抜いた後藤は、玄白の屋敷からの帰路、このように言った。
「……野には、色んな男が埋もれているものだ」
それに対して景山が頷き、二人はしばらく無言のままで歩いた。
そして景山が、不意に「おもしろい」と言い、後藤が「であろう」と応じたのだ。
何が「おもしろくて」、何が「であろう」なのか、研水にはさっぱり分からなかったが、今になって、二人のやり取りの内容が、おぼろげに理解できた。
後藤の言葉は、詳しく言えば、こういう意味になる。
「民間には、加吉のように優れた能力を持つ人間が埋もれているものだな」
ぐりふぉむ討伐に苦慮している道中に、後藤の口から出た言葉である。
そこから景山は、後藤の言葉の真意を読み取った。
つまり、
「怪物を討伐するには、奉行所だけでは手に余る。
民間から、能力のある人材を探し出し、登用してはどうであろうか」と。
景山は、はあぴい二匹を瞬く間に討ち取った、千葉周作のことを間違いなく思い浮かべたはずである。
あのような人材を民間から複数見つけ出し、登用すれば大きな戦力になる。
景山の性格からして、その場合の報酬、指揮系統、上司である佐竹の許可の有無まで考えたのかも知れない。
そして、その後藤の発案に対して「おもしろい」と答えたのだ。
「検討に値する」「実行する価値がある」という意味合いになろう。
景山の賛同を得た後藤は、「そうだろう」と返したわけである。
ぐりふぉむのように聞こえない音で会話をしていたのではない。
二人は長年の付き合いから、多くの言葉を用いずとも、相手が何を言っているのか、その真意が伝わるような間柄になっていたのだ。
しかし、その景山にしても、まさか後藤が、濠端に集まっている野次馬たちに対して、いきなり人材登用を始めるとは想像もしていなかったらしい。
……景山様も、なかなか苦労されていることだ。
研水は、面白そうな目になって景山を見た。
同心が、直接人を雇うことに問題は無い。
そもそも、同心が配下として使っている、岡っ引きや手下などは、同心個人の出費で雇っている。
ただ、今回は、それとは違う。
怪物退治に名乗りをあげる人物など、いるのかどうか……。
そう思った研水は、次に聞こえてきた後藤の言葉で、すでに「いる」ことに気付いた。
「何も剣技や腕っぷしの強さだけを求めているのではない。
怪物を討つための、知識、情報、道具でも良いのだ」
これは、知識、情報を提供した杉田玄白のことである。
これは、囮となることを承諾した研水自身のことである。
そのように、枠を大きく広げて考えると、怪物討伐に対して、有効な手段が、町の人々から出てくるような気がしてきた。
「旦那」
と、辰五郎が後藤に声をかけた。
「おお、辰五郎とか言ったな。
早速、『を』組は協力してくれる気になったか」
若い辰五郎を見た後藤は、優しい笑みを浮かべる。
「江戸の町を守るってことなら、組頭が首を横に振るはずがねェ。
組頭の命令ってんなら、おりゃあ、火の中でも化け物の口の中へでも飛び込んで行くぜ」
辰五郎は威勢の良いことを言う。
「けど、まずは、お濠の話をしてくれるんじゃなかったのかい」
「うむ。そうであったな」
後藤が頷く。
「先に誰かが話しておったが、あの小舟の群は、濠に潜む人魚を捕らえ、打ち殺すために出ておる」
「人魚……」
「お濠に人魚が?」
人魚の噂を知らなかった人々がざわめき、再び濠の方向を見た。
「老中の命令で、外様大名たちが動いておるのさ。
上様の身を護るためである。
そして、この江戸を守るためでもある」
何事もさらけ出して話す後藤の言葉に、人々の視線は、警戒から信頼へと変わり始めていた。
「景山様。
御屋敷では、外様大名は動かさないというお話だったと思うのですが」
研水は、さっき後藤にした質問を改めて景山にした。
人々は、濠の小舟に注目を始め、もう景山や研水に注意を払ってはいない。
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