第63話 佐竹の理解
「いやいや、そういう意味ではありますまい」
助け舟を出してくれたのは後藤であった。
しかし、佐竹は怪訝な顔をしたままである。
「佐竹様は、冨田流を学び、免許皆伝の腕前をお持ちでございますな」
「うむ」
自慢の一つなのであろう、佐竹の顔に嬉しそうな笑みが浮いた。
冨田流とは、室町時代初期に生まれた中条流を源流とする剣術で、小太刀(脇差)の扱いが優れていることで有名な流派である。
「何度か小太刀の技を見せていただきましたが、あれは見事なものでございました」
「そうか」
佐竹は満面の笑みとなった。
悪い人物では無いのであろう。
「あの技を農民町民どもに披露すれば、やはり、驚くことでございましょう。
しかし、剣の何たるかを知らぬ者たちの哀しさ、おそらく、その驚きとは……」
後藤は声音を変えた。
「おお、短い刀で長い刀の相手に勝ったぞ。凄い凄い」
後藤は声音を戻す。
「まあ、このようなものでございましょうか」
佐竹の笑みに、戸惑いが混ざった。
「ま、まあ、剣にうとい者であれば、そのような浅い感想になることは致し方あるまい」
「しかし、私や景山など、剣に精通する者が見れば違います。
相手の深い間合いを潰し、自身の間合いに持ち込む拍子と足運び。
小太刀の長さを悟らせぬ構え。
室内戦を想定した太刀筋。
これら妙技に驚き、唸ることになります」
「ふふ」と、佐竹の笑みから戸惑いが消える。
「さて、佐竹様。
佐竹様が小太刀の技を披露する相手としてふさわしいのは、農民町民でしょうか? それとも我ら武士でしょうか?」
「それは、言うまでもなかろう。
剣に精通する、おぬしたちである」
「源内も同様の考えではないかと、研水殿は申しておるのです。
造り上げた怪物を農民町民に見せ、ただ驚かせるのも良い。
が、やはり、ただ「凄い」ではなく、どれほどの偉業なのかを理解させるには、それなりの知識を持つ者に披露せねばならない。
そこで目をつけられたのが、蘭学医でもあり、町医でもある研水殿。
と言う話でございます」
「なるほど」
納得した佐竹が、改めて研水を見た。
研水は「ははッ」と頭を下げた。
話が通じた。
これで守ってもらえると思ったのだ。
誰かが護衛についてくれるのならば、この後藤と言う武士が良い。
ほどよく気さくで、頼りがいがありそうであった。
「では、この者を見張っていれば、怪物が現れると言うことか」
佐竹の言葉に、頭を下げていた研水の背が、ビクッと固まった。
「守る」では無く、「見張る」と言われたのだ。
「か、景山様!」
顔をあげた研水は、佐竹に直接話すわけにはいかず、景山に視線を向けた。
しかし、「守ってほしい」と言う訳にはいかない。
「守らねばならぬ」と思わせなくてはいけないのだ。
「……玄白先生は」
研水は、師である杉田玄白の名前を出した。
「玄白先生は、解体新書の翻訳者の一人であり、私など足下に及ばぬほどに、蘭学への造詣が深く、また高名な学者でございます。
先の考えが当たっているならば、いつ、源内が怪物を差し向けるかもしれませぬ。
なにとぞ、奉行所の御力でお守りください」
景山に向かって、深く頭を下げた。
「蘭学者の玄白の元には、すでに小者をつけているのであろう」
研水の言葉を聞いた佐竹が、確かめるように言った。
「はい。私の手の者をひとり」
「この者の言う通り、一人では心許ない。
あと一人か二人、腕の立つ者をつけておくがいよい」
「承知いたしました」
佐竹の命令に、景山が応じる。
「護衛が必要なこと、もっともである。この者に対しても護衛を手配せよ」と言う言葉は続かなかった。
「……江戸には、まだ蘭学者が多く住んでおります」
あがく研水だが、声に力が無い。
「奉行所の人間には限りがある。
すべての蘭学者に対し、どうこうする手立てはない」
景山の声は、研水に対して、少し同情を含んでいるように聞こえた。
「話すべきことはそれだけか?」
「……はい」
目を伏せたまま、研水は小さく返事をした。
「では、こちらの話を聞いてもらいたい」
「わたくしにでございますか?」
景山の言葉に、研水は顔をあげた。
「旗本の軍勢600名が、浅草寺前の広小道で麒麟と戦い、敗れたことは知っておるな」
景山は麒麟と言ったが、当然、それは、ぐりふぉむのことである。
「はい」
「その結果、とんでもないことになってしまったのだ」
景山の表情は厳しかった。
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