第49話 西の陣
矢の雨に続いて銃声が響き渡ったとき、景山と後藤は、さらに身を低くして駆けた。
火縄銃から放たれた鉛弾は、よけることも刀で弾くことも不可能である。
当たらないと自身に言い聞かせ、運を天に任せて走る以外に、回避する方法は無かった。
銃声に紛れ、背後からメキメキと建材が裂ける音がし、ぐりふぉむの声が響いた。
コーーーッカカカカッ。
声が迫ってくる。
風雷神門の大提灯を破壊し、魔獣は自由になったようであった。
景山と後藤は、大提灯が破壊される前に、距離を稼いでいた。
しかし、逃げ場が無かった。
前方は、びっしりと並んだ置き盾で封鎖されていたのだ。
左右に視線を走らせても隙間は無い。
風雷神門を中心とした半円形の包囲陣は、どこも頑丈な置き盾で封鎖されている。
……どうする。
景山が唇を噛んだとき、前方の置き盾が、ザッと左右に開いた。
それどころか、長槍を持つ雑兵や武者が飛び出してくると、景山と後藤を守るように散開した。
「今の内にッ!」
「さあッ!」
声を出す雑兵たちの手が伸びると、景山、後藤の腕をつかみ、一気に包囲陣の内側へと引きずり込んだ。
外に散開していた槍兵や武者も、包囲陣の中に素早く戻ると、再び置き盾が動き、開いた穴は閉じられた。
「怪我は無いか?」
「ぬしら、見事であった」
包囲陣の内に戻った、武者姿の旗本たちが、高揚した顔で、景山と後藤に声を掛ける。
「助かりました」
「どうぞ、口をすすいで下さい」
景山が礼を言うと、雑兵の手から、水の入った竹筒が渡された。
後藤も、別の竹筒を受けとり、口をつけている。
怪物の前では、旗本も御家人も雑兵も関係なかった。
「化け物は?」
竹筒から口を離し、後藤が盾兵の方に顔を向けた。
ぐりふぉむが二人を追ってきたならば、すでに盾兵と接触しているはずであった。
が、その様子は無い。
銃声もすでに聞こえない。
雑兵も馬上の旗本たちも、視線をやや左、西側に向けていた。
その顔が強張っている。
「すまぬ」
「我らにも見せてくれ」
二人は、雑兵の間を抜けて前に出ると、置き盾の間から、兵たちの視線の先を追った。
その瞬間、西の陣で怒号と喚き声が爆発したように上がった。
途中で向きを変えたぐりふぉむが、西の陣に突っ込んだのだ。
置き盾が兵ごと、五枚、六枚と、一気に吹き飛んだ。
密集する雑兵の中に入り込んだぐりふぉむが、鉤爪のある前肢で踏みつけたのか、悲鳴が聞こえ、血飛沫が見えた。
西の陣は、一気に崩壊するかに見えたが、そうはならなかった。
「囲みを崩すなッ!」
「槍を並べよッ!」
旗本たちが必死に叫び、兵を取りまとめようとしていたのだ。
「ちりゃああ!」
盾の外に出た旗本の一人が、ぐりふぉむの後ろに回り込み、槍を繰り出した。
大木の幹のような、ぐりふぉむの後肢に槍が突き刺さった。
「どうじゃあ!」
旗本が叫ぶ、周囲が「おおッ!」と勢いづく。
が、次の瞬間、ぐりふぉむの後肢が跳ねあがり、旗本を蹴り飛ばした。
ぐりふぉむの後肢は、猛禽類のそれではなく、猫の後ろ脚に近かった。
ただし、大きさは桁違いである。
蹴られた旗本は、下半身だけとなって宙に舞った。
上半身は、蹴られた瞬間に、ぼろぼろの赤黒い肉塊となって破裂したのだ。
強烈な一撃であった。
あまりのことに、西の陣の兵たちが固まる。
「怖気るなーーッ!」
兵を奮い立たせるように旗本に一人が叫んだ。
「手柄を立てる機会は、この場を置いて無いッ!
命を惜しむなッ!」
続けて、そう叫ぶと、周囲の兵たちが再び動き出した。
「友部か……」
景山の横に立つ旗本がつぶやいた。
今、西の陣で叫んだ旗本の知り合いなのであろう。
つぶやいた旗本の顔は、自身が戦っているかのように力が入っていた。
「死ぬなよ……」
※ 広小路に出てからは、時系列より人物を優先して話を追っているので、ちょっとややこしくなっているかも……^^;
このエピソード、時系列的には、44話「混乱」の続きになります。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます