第48話 旗本の奮戦
馬を駆る村沢の目は、前方の地面に散らばる、無数の矢をとらえた。
頭のおかしい男の号令によって放たれた矢である。
……あの男、必ず見つけ出し、重い罰をくれてやる。
苛立つ感情を押さえ、村沢は散乱する矢を見た。
数が多い。
あれだけの矢の全てが外れたとは思えない。
弓兵の練度不足もあろうが、おそらく魔獣の体毛が強く、皮膚が頑強なのであろう。
命中した矢も、ほとんどが刺さらず、効果は無かったようであった。
しかし、魔獣は手傷を負っていた。
矢の散らばる地面に、血痕が見えるのだ。
火縄銃から放たれた鉛弾の何発かは、魔獣に命中していたようであった。
血痕は、そこから広小路を西へと続き、その先、西の陣では、手傷を負った魔獣が、荒れ狂っていた。
「待っておれよ」
村沢は、散乱する矢を蹴散らし、馬脚を速めた。
近づくと、魔獣の巨大さに圧倒される。
……何という、大きさか。
村沢は驚嘆した。
雑兵たちの中に入り込み、暴れているのだが、地面に四本の脚をつけたままでも、頭部はもちろん、翼を生やした背中までもが、波間に浮く島のように、はっきりと見えるのだ。
村沢の見る中で、魔獣の頭部が、雑兵の中に沈んだ。
沈んだ場所から、新たな悲鳴や怒号が湧く。
次の瞬間、魔獣の頭部が鋭く振りあげられた。
それに合わせて、雑兵の一人が、ぼろきれのように宙に舞う。
その体は、腹部の所で二つに千切れかけていた。
顔をあげた魔獣の嘴からは、雑兵の腸が垂れさがっている。
人間と魔獣の力の差は、絶望的であった。
だが、西の陣は総崩れにならず、必死に抗っていた。
「支えよッ!」
「盾兵、押し返せッ!」
旗本たちが雑兵を励まし、さらに自ら突出し、槍を繰り出していく。
「村沢様。
友部殿が!」
村沢に並走する柴原が叫ぶ。
村沢が西の陣を任せた旗本の一人、友部剛典が、馬を降り、囲いから突出すると、魔獣の横っ腹に向かって、一気に間合いを詰めたのだ。
「いっやああぁぁぁぁ!」
気合を発して、槍を繰り出した。
伸びた穂先が、魔獣の脇腹を抉るかと思えた。
が、魔獣が体をひねると、するどい穂先は、その体表を滑り抜けてしまう。
そして、魔獣は、右前肢を振った。
猛禽類の脚を思わせる前肢の一撃は、兜を被った友部の頭部を叩く。
吹き飛んだ友部の兜は、中身ごと潰れていた。
「……ッ」
村沢の耳に、柴原の呻きが届いた。
……まだ、士気はある。
……しかし、このまま我らが入り込んでも、密集した混乱を生み出し、被害ばかりが増す。
「坂井ッ!」
村沢は、柴原と反対側を並走する坂井を呼んだ。
「はッ!」
坂井が馬を寄せてくる。
「お前は、雑兵をここで待機させ、新たに囲いを作れ。
鉤縄を用意させ、怪物が逃げてきたならば、絡めとれ。
空に逃がしてはならん!」
村沢は、そう命じた。
空に逃がせば、もはや手の打ちようが無くなる。
「柴原ッ!
これより先は、騎馬のみで突撃する。
怪物の注意を引き、西の陣への圧力を減らす。
ただし、深く入るなッ。
四方から距離を持って囲み、正面は防御、後方より、槍で仕留める!」
村沢は、続けて柴原に命じた。
「承知しました!」
柴原が応えたとき、異変が起こった。
◆◇◆◇◆◇◆◇
「徒歩の雑兵を残し、騎馬が突っ込んでいくぞ」
「……良い判断だな。
密集すると、動きに制約が出来、被害は増すばかりだ。
槍の間合いで余裕をもって囲み、押されれば退き、死角から攻める手しかあるまい」
景山の言葉に、後藤が頷いた。
囮役を果たした二人は、盾兵で作られた、囲みの内側に収容されていた。
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