第47話 討伐戦


 ◆◇◆◇◆◇◆


 顔を鞭で打たれた田伏は、情けない悲鳴を上げて顔を押さえた。

そのまま、よろよろと後退り、足をもつれさせて尻もちをつく。

 

 「勝手に、号令をかけるなど、おのれは正気か!」

 怒りのおさまらない村沢は、再び鞭を振り上げた。

 田伏は、「ひいいいい!」と声を上げると、両手で頭を抱えた。


 「村沢様ッ!」

 馬を寄せてきた家来の一人が、村沢を呼んだ。

 「化け物が、西の陣に!」

 強張った声で告げる。


 「!」

馬上で振り返った村沢は、今いる場所とは対面に位置する、西の陣に目を向けた。

 化け物が、置き盾の列を突き破り、雑兵や武者に襲い掛かっていた。

 怒号や悲鳴が届いてくる。


 麒麟と聞いてはいたが、実際に見ると、その頭は龍ではなく、鷲か鷹を連想させる猛禽類のそれであり、体は巨大な猫を思わせ、翼を持っていた。

 さらに、その巨躯は、想像の三倍はあった。

 四つ足で立ってなお、頭の高さは九尺(約2.7m)の位置にありそうである。


 その巨獣が、兵たちの中に踊り込んでいた。

 石ころのように宙に跳ね飛ばされる雑兵や、噴きあがる真っ赤な血飛沫が視界に映った。


 ……まずい。

 村沢は焦った。

 本来なら、正面軍を率いた村沢が、あの怪物の背後か側面から攻撃を仕掛ける流れだが、村沢が持ち場を離れ、東の陣に来てしまったため、正面軍は動いていなかった。


 「柴原と坂井を呼べ!」

 村沢が叫んだ。

 坂井と柴原は、この東陣の指揮を任せた旗本である。

 目を戻すと、この混乱を招いた同心は、どこに逃げたのか、いつの間にか消えていた。


 「お呼びでございますかッ!」

 近くにいた坂井が、馬を操り、現れた。

 

 「これより、東陣の部隊をもって、怪物を背後より叩くッ!」

 村沢は大音声で告げた。

 坂井だけではなく、周囲の兵、全員に聞かせるために声を響かせたのだ。


 「盾兵、前を開けろッ!」

 村沢が命じると、長槍を持つ雑兵が左右に分かれ、その向こうで、盾兵も左右へ移動した。

 道が出来た。

 その先では、有翼の怪物が西の陣を蹂躙している。

 村沢は眉を吊りあげ、歯を剥くと、憤怒の形相となった。

その形相のままに吼えた。

 「皆の者、我に続けッ!」

 馬に鞭を入れると、開いた道をダッと駆け出した。


 「大将の出陣じゃ!

 続け! 続けッ!」

 坂井が叫び、村沢を追った。


 おおおおおお! と、どよめきが起こった。

 「進めッ!」

 「村沢様が出たッ!」

 「我らもいくぞッ!」

 壁の役目を命じられていた雑兵たちも、突き進み始めた。


 その雑兵の群の中から、次々と騎馬が現れる。

 禄の少ない旗本たちである。

 今、乗っている馬も、老中首座の土井から支給された馬であった。


 「村沢様」

 柴原が、村沢に馬を寄せてきた。

 目尻に傷を持つ旗本である。

 禄は1000石。

 低くは無いが、統率力を見込んで、村沢が招いた男である。

 

 「鐘はいかがいたしましょう?」

 「鳴らせ」

 村沢か応じると、柴原は後続する家来に、鐘打ちを命じた。


 カンカンカン。

 カンカンカン。

 

 甲高い鐘の音が響き渡る。

 弓矢と火縄銃の使用を禁ずる合図である。

 流れ矢、流れ弾による同士討ちをさけるためであった。


 戦いは、刀槍を使って怪物に肉薄する、接近戦に入ことを報せる合図でもあった。

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