第44話 混乱


 地面に手を着いた景山は、視界の端に、武装した旗本勢を見た。

 1町(約109m)ほどの距離を置き、半円の形に、ずらりと密集して、風雷神門を囲んでいる。

 戸板のような置き盾が並び、その向こうには槍を手にした雑兵、さらに騎馬武者も見えた。

 弓兵、鉄砲隊もいるであろうが、それらまで確認する余裕は無い。

 景山は、背後を振り返った。 

 

 ぐりふぉむは、体の前半分を風雷神門の外に出し、大きくもがいていた。

 カカカカカッ。

 カーーッ、クワワッ。

 激しく鳴き、軽く浮かせた上半身をぐいぐいと揺らす。

 自らが突き破った大提灯の残骸に、引っ掛かっているのだ。


 無残に破壊され、下半分が千切れかかった大提灯であったが、幾重にも連なる頑丈な骨組みは、ぐりふぉむの首から翼に絡みつき、大提灯を吊るす大綱は、暴れるぐりふぉむを何とか繋ぎとめている。

 ぐりふぉむが大提灯に邪魔されず、風雷神門を潜り抜けていたなら、二人はすでに、鋭い鉤爪で押さえつけられ、巨大なくちばしで、ズタズタに引き裂かれていたはずであった。


 ぐりふぉむが大提灯に引っ掛かったことは、景山、後藤にとって天祐であった。

 景山は、身を起こした。

 横では、後藤も立ち上がっている。

 ぐりふぉむが、絡まった大提灯の残骸を引きはがすには、わずかだが、まだ時間がありそうであった。

 その間に、ぐりふぉむから離れる。

 後は、大提灯を引き千切ったぐりふぉむが、二人を追って広小路に全身をさらせば、手ぐすねを引いて待っていた旗本勢が、弓矢、火縄銃で、三方から攻め立てるはずであった。


 もはや、九分九厘は、役目を果たした。

 景山がそう確信し、駆け出そうとした時、声が響いた。


 「弓を引けッ!

 同心を巻き込んでも構わぬ!

 矢を放てッ!」

 響き渡ったのは、とんでもない命令であった。


 その命令に応えるように、数本の矢が飛んできた。

 一呼吸遅れて、その数倍の矢が飛んでくる。


 景山の顔が強張った。

 むろん、矢はぐりふぉむを狙っている。

 しかし、ぐりふぉむとの距離が近く、正面の旗本勢に対しては、射線上に立っているため、矢の何本かは、自分と後藤に向かって飛来してくるのだ。

 

 「ふざけるなッ!」

 罵った景山は、矢の密度が薄い、右斜め前方へと走った。

 飛んできた矢は、太刀で斬り払う。


 後藤も、景山に並走する。

 脇差を抜いてはいるが、振るうことは無く、飛んできた矢は、ひょいひょいと最小限の動きでよけていく。


 「さっきの声、聞き覚えがある」

 矢をかわしながら、後藤が言った。

 景山に声を掛けたようにも、独り言のようにも聞こえる。


 声が……?

 景山が、声質を思い出そうとした時、再度、その声が響き渡った。


 「何をしている!

 鉄砲隊も、早く撃てッ!

 同心もろとも撃てッ!」

 田伏の声であった。


 落雷のような銃声が響いた。

 矢の時と同じである。

 最初の一発が鳴ると、次々と銃声が重なった。


   ◆◇◆◇◆◇◆


 「ぬうううう!」

 佐竹は、旗本や雑兵を掻き分けながら走っていた。

 怒りに顔が赤くなり、口からは唸り声が漏れている。


 何という事か、先に境内から出した田伏が、旗本勢に紛れ込み、勝手に号令を放ったところを見たのだ。

 周囲の弓兵たちは、ためらっていたようであったが、将官からの命令だと勘違いした数名が矢を放つと、それが合図となり、次々と矢が放たれた。

 

 まだ、景山と後藤が射程内にいるのにである。

 いや、田伏の命令は、その二人をも射殺せと言っているように聞こえた。


 矢に続いて、火縄銃の轟音が響いた。


 「撃てッ!

 撃て、撃てッ!」

 佐竹がたどり着いた時、田伏は狂ったように飛び跳ねながら、号令を続けていた。

 醜い笑みを浮かべている。


 「馬鹿者がッ!」

 佐竹は、走ってきた勢いのまま、田伏に飛びかかった。

 引き倒し、馬乗りになる。

 「貴様、何を考えておる!

 まだ、景山と後藤がいたのだぞ!」

 周囲の旗本や雑兵たちが驚き、二人を囲むように数歩下がった。


 「お役目です!

 同心たるもの、命を捨てて、お役目を果たすべきでしょう。

 わ、私は間違ったことはしていない!」

 田伏が口を大きく開いて叫んだ。


 「お前は、どこまで卑劣なのだ!

 どの口で、そのようなことを!」

 あまりに恥知らずな田口の言葉に、佐竹は、その口を拳で殴りつけようとした。

 が、暴れる田伏に跳ね飛ばされてしまう。


 「逃げるなッ!」

 四つん這いで逃げ出そうとする田伏に向かい、佐竹が怒鳴る。


 そこへ、一騎の騎馬武者が駆け寄ってきた。

 「号令をかけたものは誰じゃ!」

 旗本勢をまとめる、村沢主税であった。

 

 「わ、私でございます!」

 立ち上がった田伏が、村沢に駆け寄った。


 あ、あいつは正気か!?

 佐竹は、ぞっとした。

 田伏は、嬉しそうな笑みを浮かべているのだ。

 褒められると思っているような表情である。

 

 「この、たわけ者が!」

 村沢は、鞭で田伏の顔を激しく打った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る