第21話 魔人の行方
◇◆◇◆◇◆◇
「源内が手にしていたのは、針金を組み合わせて作った、大きな鳥カゴでした。
そして、その中に……、まんてこあが閉じ込められていたのです」
玄白の言葉に、研水は思わず身を震わせた。
途中から予想はしていたが、実際に言葉にして聞くと、たまらない恐怖が湧きあがる。
「せいぜい猫ほどの大きさでありましたが、顔は猿、首の周りにたてがみを生やし、尾は光沢のある蛇のようで、先端に針を持っていました。
それを見た私は……」
玄白が、しばらく言葉を詰まらせた。
「恐ろしかった……。
源内は、あの異形の生物を、自らの手で造り上げたと言ったのです。
あのとき私は、あのまま源内の屋敷に留まれば、拘束され、訳の分からぬ生き物に造り変えられてしまうのではないかと恐怖しました」
もはや玄白は、源内に敬称をつけることすら拒絶していた。
「そして、私は逃げ出したのです。
源内の天才と狂気に怯えて、屋敷から逃げ出したのです」
話を聞いた研水は、会ったことのない平賀源内に怯えている自分に気がついた。
玄白の話が正しければ、あの怪鳥は、既存の生物を繋ぎ合わされて作られたことになる。
ならば、頭部の老婆は、本物の人間であったことになるのだ。
まともな心が欠片でもあれば、そのようなことは出来るものではない。
老婆の狂ったような怒りの形相は、無理やり怪物にされた恨みと憎しみからきたものかも知れなかった。
「玄白先生……」
研水は、気になることを口にした。
「杉原様を襲い、不忍池で息絶えていた怪物とは、その小さな、まんてこあが成長したものなのでしょうか?」
「カゴの中のまんてこあは、頭や手足の比率から、幼生ではなく成獣に見えた。
断言は出来ぬが、おそらく不忍池のものとは、別の個体であろう」
「とすれば、人為的に作られたものであるため、個体差が大きいと考えた方が良いのですね」
「待て」と、景山が話を遮った。
「どうも、おかしな方へと、話しが進んでおる。
わしも平賀源内のことは、聞いたことがある。
だが、あやつは三十七年前、人を殺めて捕縛され、獄中で死んだはずではないのか」
……そうなのだ。
と、研水は心の中で同意した。
源内は研水が生まれるより以前に、錯乱して二人の大工を斬り殺し、牢内で破傷風にかかって獄死したはずなのである。
「景山様。
おそれながら、まだ、続きがございます」
玄白が言う。
「……分かった」
景山が頷いた。
玄白がそう言うからには、死んだはずの源内が、今回の事件に関わっている答えがあると察したのであろう。
「源内は、部屋を離れた隙に、私が『改造新書』を盗み見ることまで、想定していたと思います。
蘭語を理解できぬ私になら、見られても問題は無い。
そう考えていたのでしょう」
研水も景山も、時折掠れる玄白の言葉に集中していた。
「たしかに『ターヘル・アナトミア』の翻訳を終えた今とは違って、当時の私は、蘭語の単語すら満足に知りませんでした。
しかし、読むことは出来なくとも、覚えることはできるのです」
玄白は、どこかうわずった声で続けた。
「私は『改造新書』の最後の章の章題のつづりを暗記し、帰宅後、それを紙に書き写しました。
そして江戸番通詞の吉雄耕牛殿を訪ね、これがどういう意味かとたずねたのです」
「なるほど、その手があったか」
景山が、感心した声を漏らした。
「それを読んだ耕牛殿は、忌まわしいものでもあるかのように私を見て、こう言いました。
『こんな言葉をどこで知ったのだ?
これは『不死の王への転生術』という意味だ』と……」
「不死の王への……」
つぶやいた研水は、眉の間にしわを寄せた。
言葉のままに『不死』とすれば、それはもう人間では無い。
それどころか、生き物の範疇からも外れているかも知れない。
「源内は、自ら不死となるつもりだったのです……。
あれだけの才能を持つ源内が、魔書を手にし、不死の体を手に入れれば、どれほどの災厄を引き起こすのかと、私は夜も眠れぬほどでした」
「だが、源内は死んだのであろう」
「はい。獄死しました。
なにより、私がその遺体を引き取り、浅草の総泉寺へと埋葬したのです」
このとき、杉田玄白は、平賀源内を惜しむ碑を立てている。
『ああ非常の人。非常の事を好み。行い此れ非常。何ぞ非常の死なる』
これが、玄白の刻んだ碑である。
「この『禽獣人譜』は、後日、そのお礼にと、源内の遺族から受け取ったものです。
しかし……」
玄白は薄暗い奥座から、研水と景山の二人に問いかけた。
「……本当に源内は、死んだのでしょうか?」
玄白の問いに、研水はぞわりと背中の産毛が逆立つような悪寒を覚えた。
「玄白殿、その『改造新書』とやらは?」
景山の言葉に、玄白は首を振った。
「どこにも見当たりませんでした」
平賀源内は、不死の王となって生きている。
研水はそう思った。
そして、怪物を造りだし江戸の町に解き放ったのだ。
「平賀源内の墓を暴く手続きを申請してみよう」
景山は目を閉じてそう言った。
「しかし、もはやこれは、わしの手に余るかも知れぬ……」
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