第18話 怪物図鑑
そこまで話を聞いた研水は、たまらずに口をはさんだ。
「源内殿は、その『禽獣人譜』を手に入れたのですか?」
「手に入れた」
そう答えた玄白は、少し間を置いて、はっきりと告げた。
「……そして、今、『禽獣人譜』は、ここにある」
「ここにあるのですか!」
玄白の言葉に、研水は思わず声を高くした。
事前に用意していたのであろう、玄白は背後から、『禽獣人譜』らしき、一冊の書を取り出した。
「『禽獣人譜』である。
これを景山様に」
研水は、前に出てそれを受け取った。
表紙には、何も書かれていない。
再び下がった研水は、景山の見える位置に『禽獣人譜』を置いた。
景山が玄白に視線を向けると、玄白はかすかに頷いた。
「どうぞ、中をお確かめください」
研水は、なぜ玄白が、源内が購入したはずの『禽獣人譜』を所持しているのかと疑問に思ったが、それよりもまず、その内容を見てみたかった。
頁をめくる景山の手元を凝視する。
めくられていく頁の内容に、研水は、思わず呻き声を漏らしそうになった。
それは、怪物図鑑とでもいうべき、恐るべき書物であった。
七つの頭部をもつ、大蛇のような怪物が精密に描かれている。
その複数の頭部は、蛇ではなく口が裂けた人間の顔に似ていた。
さらに、太い胴体の下には、猛禽類のそれに似た一対の脚がある。
犬のような頭部を持つ巨大な魚。
その頭部からは、細かい刃のある角が生えている。
鶏のような頭を持つ、トカゲのような怪物。
ウロコのある、その背は大きく盛り上がり、その体は、四対、合計八本の脚で支えられている。
鋭く長い角を額から生やした馬。
羽の生えている蛇。
甲冑まとったような川魚。
人の顔をしたサルに似たもの。
くちばしの大きすぎる鳥……。
それぞれの怪物の絵の横には、蘭語で文章が添えられていた。
太字で書かれているのが怪物の名称であり、その下の文は、怪物の特徴や習性でも書かれているように思える。
「!」
頁をめくっていた景山の手が止まった。
その頁には、まんてこあが描かれていた。
景山は知らないが、研水が見た、『禽獣譜』に描かれていた、まんてこあとそっくりな怪物であった。
「それは、まんてこあという怪物です」
玄白が、景山に言う。
「……杉原殿と相打ちになった化け物ですな。
たしかに、あの死骸は、鵺と言うよりは、この絵にある化け物に近い」
景山の眉の間に、深いしわが出来た。
さらに頁をめくると、景山と研水は、同時に呻いた。
「か、景山様。
これは、あ、あの……」
その頁には、つい先ほど、七人の捕り方を惨殺した人面が描かれていたのだ。
老婆の顔をした、巨大な猛禽である。
「それは、はあぴいという怪物です」
玄白が言う。
「その鳥の化け物は、三姉妹と言われております」
「三姉妹とな……」
景山の眉間のしわが、さらに深くなる。
玄白の説明を裏付けるように、人面鳥は、最初の一匹を打ち殺した後、さらに二匹が現れたのだ。
「次の頁をめくってください」
玄白が言う。
「騒がれている麒麟とは、おそらくそれかと思います」
景山が頁をめくった。
そこには鷲か鷹を思わせる猛禽類の頭部を持つ怪物が描かれていた。
背に翼があり、張り出した胸から前肢にかけては猛禽類のそれであったが、胴と後肢は巨大な猫を思わせる。
麒麟の頭部は龍のようであり、その体は鹿に似るとされている。
絵で見ると似ても似つかぬ姿だと感じるが、この怪物を実際に見た者がいるとすれば、自らの持つ知識の中から照らし合わせ、「あれは麒麟だ」と言ってもおかしくはなかった。
「それは、ぐりふぉむという怪物です」
玄白が静かにそう言った。
さらに頁をめくり、研水と景山は絶句した。
二本足で立つ、全身を獣毛に覆われた半獣人。
そこには狗神憑きの怪物が描かれていたのだ。
「狗神憑き。西洋では、わぇあうるふと呼ばれています」
玄白がそう言った。
研水はもはや何が何だか分からなくなっていた。
ただの荒唐無稽な絵と、笑うことはできない。
少なくとも、この中の三匹、わぇあうるふ、まんてこあ、はあぴいは実際に目にし、しかも、わぇあうるふ、はあぴい二匹には、殺されかけたのだ。
「玄白殿。
これらは西洋の怪物と申したな。
それがなぜ、江戸にいるのだ」
景山が問う。
そうだ。
と、研水は、心の中で同意した。
自分もまんてこあを『禽獣譜』で見たときに、同じことを思ったのだ。
そして、そのとき玄白が口にした言葉。
『わしも若いころ、生きている、まんてこあを見たことがあるのだ』
あの言葉の意味を知りたかった。
※『はあぴい(人面鳥)』『狗神憑き(わぇあうるふ)』の絵図は、近況ノートに添付しています。
興味のある方は、見てみてください。
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