第11話 人面の怪鳥との戦い
視線が合った研水は、あまりの恐ろしさに腰が砕けそうになった。
「おい、見ろ。
あれは鳥か?」
「どこだい?」
「ほれ、あそこだよ。
半鐘の上だよ」
「ば、化け物じゃねえのか」
町を行き来する人々も、櫓にとまる怪鳥に気づき、立ち止まって、ざわつきはじめる。
「町人たちに、屋内へ入るように伝えよ」
景山が岡っ引きに命じたとき、怪鳥が動きをみせた。
折りたたんだ羽の間から、首を持ち上げたのだ。
持ち上げた首の先には、白髪を絡みつかせた老婆の顔がある。
狂気と憎しみに満ちた、黄色い双眸は、研水を睨みつけている。
ゲエエエエェェェェェェェェ。
怪鳥が禍々しい鳴き声をあげた。
怖気が走るほどの強烈な声が、あたりに響き渡った。
見上げていた人々は、驚いて櫓から距離を取る。
と、鳴き声は唐突に止んだ。
一瞬の静寂の後、人々の視線が集まる中で、怪鳥の黒い影が、前のめりに傾きはじめた。
そして足が櫓から離れると、石を落としたように、落下をはじめた。
落ちた……?
誰もが、そう思った。
しかし、落ちたと見えたのは一瞬であった。
怪鳥は落下中に巨大な翼を広げ、滑空に移ったのだ。
翼長は優に一丈六尺(約4.8メートル)は越えているように見えた。
人々が悲鳴をあげて逃げ出した。
岡っ引きも逃げ出す。
研水は、「ひッ!」と短い悲鳴をあげて尻もちをついた。
腰が抜けたのか、そこから動けなくなる
その中で、景山は床几台から立ち上がった。
丹田に力を込めると、「かっ!」と鋭く気合を発した。
あまりの衝撃と非現実感の中で鈍っていた感覚が、一気に戻った。
すでに左手で刀の鯉口を切っている。
やや腰を落とした構えで、刀を抜き放った。
怪鳥は見る間に距離を詰めてきた。
景山は迎え撃つことをしなかった。
この位置で迎え撃てば、横に座り込んでいる研水が巻き込まれる。
妻の胸に耳を当てた、許しがたき男だが、頼りになる町医でもある。
化け物鳥に殺させるわけにはいかなかった。
刀を中段に構え、景山は滑るように前に出た。
怪鳥との距離が、一気に詰まった。
「ぬんッ!」
景山は、最後の一歩を踏み込むと同時に、刀を鋭く切り上げた。
拍子は完璧である。
しかし、怪鳥は寸前で羽の角度を変えて急制動をかけると、そのまま上空へと羽ばたいた。
強い風が巻き起こり、細かい砂利が景山の顔を叩く。
いったん上空で舞った怪鳥は、狙いを変えた。
逃げ出した岡っ引きに襲い掛かったのだ。
「七兵衛ッ!
そっちへ向かったぞ!」
景山が岡っ引きに叫んだが、間に合わなかった。
怪鳥が、巨大な鉤爪のある脚で岡っ引きの背に襲い掛かり、そのまま押し倒したのだ。
岡っ引きの絶叫があがる。
もがく岡っ引きの背に乗った怪鳥が身をかがめ、老婆がくわっと口を開いた。
そして牙だらけの口で、岡っ引きの後頭部に咬みついた。
咬みつきながら、鋭い鉤爪で岡っ引きの背中を切り裂き、肉を抉っていく。たちまち岡っ引きの背中がズタズタに裂け、血に染まった。
「今、行くぞッ!」
景山が刀を手に駆け寄った。
怪鳥はゲエエエエと鳴き声を上げると、脚の下で岡っ引きの体を無茶苦茶に振り回してから、景山が到着する前に、再び上空へ舞い上がった。
舞い上がった砂ぼこりの中に転がった岡っ引きは、ピクリとも動かない。
すでに絶命しているようであった。
羽ばたき、空中に飛んだ怪鳥の鉤爪には、何が赤い肉片がこびりついた、白いものがつかまれていた。
それは、岡っ引きの腰の奥から引きずり出した、背骨の一部であった。
身の毛もよだつ光景である。
怪鳥は飛び去らずに、低い位置を威嚇するように飛び回る。
屋内へ逃げそびれた人々は、悲鳴をあげて逃げ散った。
「誰か、番所へ走れ!
捕り方を呼んでくるのじゃ!」
刀を構えたまま景山が怒鳴る。
そのとき、すでに誰かが報せに走っていたのか、手先を引きつれた岡っ引きたち捕り方が、声をあげながら現れた。
全員、刺又、袖絡、突棒などの長柄を手にしている。
しかし、現れた捕り方たちは、目の前の光景に理解が追いつかず、無防備に立ち止まってしまった。
往来に仲間が血まみれで倒れている。
人々は、家屋の軒下にへばりつくように身を寄せ合い、同心の景山は、刀を抜き放って、上空を睨んでいる。
そして、景山の視線の先には、見たことも無い巨大な鳥が舞っているのだ。
何が起こっているのか、どうすればよいのかが分からず、棒立ちになってしまった。
ゲエエエエェェェェェェェェ。
禍々しい声を上げ、そこに怪鳥が襲い掛かかる。
凄まじい虐殺がはじまった。
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