本当の気持ち


「お届け物です」


 そう小声で告げながら、シエラはドアを開けた。


 ダウノアに戻って、はや十日が経つ。


 今も、シエラはあの宿でエイルの部屋に泊めて貰い続けている。

 けど、いつまでもお世話になる訳にはいかない。お金を稼ごうと思った。


 始めたのが冒険者だ。


 これといった技能も持たぬシエラには、それしか選択肢はなかった。

 受注出来る依頼は、お掃除や配達といった簡易な内容に限られる。

 報酬は少ないから、お金を貯めるにはたくさんの仕事をこなす必要があった。


 この日の配達先は、路地裏にある服屋さんだ。店主は女性でセリシアさんというらしい。

 配達物は両手で抱えて持たなければならない大きな箱だったが、重量はそれ程ではなかった。


 夕方の町を、涼しい風が吹き抜ける。


 思いのほか早く仕事が済んだので、シエラは少しだけ町をぶらつく事にした。


 あの日、ガリムさんからお姉ちゃんが集落を出たと知らされた時、勿論強いショックを受けた。原因が自分である事に罪悪感も禁じえない。


 けど、一方でもっと別の気持ちも抱いていた。


 シエラは思わず足を止めた。


 通りの先に、一人の男性が佇んでおり明らかにこちらへ視線を向けている。

 痩身で背が高く、裾の長いコートを羽織っていた。瞳は暗い灰色、長い髪は重たそうな銀色。


 な、何だろう……。

 直感的に不穏さを感じ取った。


 そのまま直進するのを躊躇い、彼女はすぐ横の路地へと入る。

 次の瞬間、凍りついた。

 すぐ目の前に、銀髪の男が路地を塞ぐ様に立っていたからだ。


 何で?

 追い抜かれた覚えはないのに……。


 男の口が、ゆっくりと開く。


「エイルという少年について、教えてもらいたい」


 シエラは何も答えられない。


「彼の飼いならすスライムと、青い髪の娘についてもだ」


 ど、どうしよう。

 恐怖のあまり、動く事も出来ない。


「おい、お前ッ!」


 その時、背後から鋭い声が飛んできた。


 振り向くと、軽鎧に身体を包んだ金髪の女性がこちらへ駆け寄ってくる。

 見覚えのある顔だ。確か、ハーシェの町で行動を共にした人。

 名前は……リディアさん。


 彼女は、銀髪の男を睨みつけると厳しい口調で言い放つ。


「やはり、生きてやがったか」


 男は薄く微笑み踵を返すと、路地の奥へ走り出した。

 その後をリディアが追い掛けようと走り出した時、目を疑う事が起きた。


 銀髪の男が、地中に消えたのだ。

 そうとしか表現出来ない。


 まるでそこが水面であるかの様に、男は地面の下へ潜ってしまった。


 急いで、シエラはリディアと一緒に彼が消失した地点まで駆け寄る。そこは、普通の硬い地面でしかない。


 リディアは深く嘆息する。


 今の男は、先日マータ渓谷を襲撃した二人のうちのひとりだという。

 祠の洞窟で生き埋めになったはずだけど、土を自在に操れる彼ならば生還できたかもしれない。その可能性を危惧していたらしい。

 それが現実のものになってしまったようだ。


 ただ、グラムを取り返された今、あの男が再び獣人らを襲う理由はないだろうともいう。


「宿まで、送るよ」


 リディアの申し出を受け、シエラは二人で町を歩き出した。


「キミ、エイルと同じ部屋に泊まっているのか?」

「は、はい」

「そ、そうか……」


 少し動揺したみたいに、リディアは視線を泳がす。


「き、キミとエイルは、どういう?」

「どうって?」

「あ、いや……何でもない。うん、気にしないでくれ」


 なぜかリディアは、顔を赤くしていた。


 宿につくと、シエラはリディアに深くお礼を述べた。

 彼女は、チラチラと何度かシエラを意味ありげに窺い見てから歩き去った。


 部屋に戻る。

 朝、大森林フォレストでの仕事へ向かったエイル達はまだ帰宅していなかった。

 シエラは、干してあった洗濯物を取り込んで一枚ずつ丁寧に畳む。


 開け放たれた窓から、心地よい風が吹き込んできた。


 故郷に帰りたい?

 あの日、そうエイルから問われた時、シエラはすごく返答に迷った。

 助け出された直後であれば、即座にイエスと答えたはず。けど、あの時は即答できなかった。


 勿論、生まれ育った場所は大切だし、今もそれは変わらない。


 けど、もう少しこの町にいたいとも思った。

 ミュウちゃんやプル……エイルさんと一緒に。


 でも、それはさすがに図々しくて迷惑である事はわかっている。

 だから、帰る選択をしたのだ。


 お姉ちゃんがこの町に向かったかもしれないと知った時、シエラは正直嬉しく思った。


 この町に戻る理由が出来たから。

 お姉ちゃんには、少し申し訳ないけど。


 廊下から、足音が聞こえてくる。

 エイル達が帰ってきたみたいだ。


 ドアが開き、エイルとプルを抱いたミュウが部屋に入ってくる。


「ただいま」

「おかえりなさいませ」


 シエラの言葉にミュウが笑顔で応じる。


「おかえりッ」

「そこは、『ただいま』だよ」


 エイルがすかさずツッコむ。


「たたいまッ」

「夕飯にしよう」

「は、はい」


 エイルが買ってきてくれた串焼きやパン、サラダをテーブルに並べるのをシエラは手伝う。


 ミュウは、用がなくてもなるべくエイルにくっついていようとする。

 そんな彼女を見て、シエラは思う。


 本当にエイルさんが好きなんだなあ。


 プルが自分も構ってくれと言わんばかりに、エイルの足元に纏わりついている。

 何だか、やきもちを焼いているみたいだ。


 今のシエラには、そんなプルの気持ちがわかる気がする。


 ◇


 第二章は今回で終わりです。


 応援、評価、感謝しております。とても、励みになりました。


 三章については未定です。

 すいません……。


 けど、もっとエイル達を活躍させてみたいと強く思ってはいます。

 その時は、彼らの事をまたよろしくお願いします。


 お読みいただき、本当にありがとうございました!

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竜の生贄からの成り上がり 鈴木土日 @suzutondesu

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