家族が増えるよ

 俺とレイチェルの間に二人目の娘、リリーが生まれたので報告の為、フリード様の屋敷へ行くことにした。


 といってもレイチェルは魔王との戦いで死んだことになっているので行商人に扮して、フリード様の屋敷へ向かう。


「お父様やブレッド、クロエに会うのは久しぶり。早く会いたい」


 レイチェルはとても楽しみそうだった。


 馬車でセンドの街へ到着し、そのまま屋敷を目指す。


 表向きはフリード様ご贔屓の行商人ということになっているので、すんなりと屋敷の敷地へ入ることが出来た。


 そして、屋敷の正面に到着する。


 するといきなり、屋敷の扉が内側から、バン、と勢いよく開いた。


 飛び出してきたのは慌てた様子のフリード様だ。


「レリアーナ、お帰り。ちょうど良かった。助けてくれ! 殺される!」


「なんですって?」


 フリード様の言葉でレイチェルは勇者の表情になる。


「刺客ですか?」


 突然のことだったのにレイチェルは冷静だった。


 その声はとても冷たい。


 ララはレイチェルの様子がいつもと違うので怯える。


「大丈夫、何も心配いらないよ。リリーと一緒に荷台に隠れているんだ」


 ララは俺の言葉に従い、荷台へ移動する。


 屋敷の中から足音が近づいて来た。


 一体何者なんだ?


 そんな俺の疑問はすぐに解消される。


 足音の主は俺の知っている人物だ。


「ブレッドさん!?」


 抜剣したブレッドが鬼の形相で迫って来た。


 え? ん? どうして!?


「ブレッド!?」


 レイチェルも驚いていた。


 それでも反射的に剣を抜く辺り、実践感覚は鈍っていないようだ。


 じゃなくて!


「お嬢様、お帰りなさいませ。フリード様を暗殺した後、歓迎会を用意致します」


「お父様が暗殺された後に歓迎会なんて楽しめませんよ!」


 俺も同意見だ。


 それに暗殺というには堂々とやり過ぎではないだろうか?


 レイチェルは仕方なく、応戦した。


 俺はフリード様に近づき、「一体、何があったんですか?」と尋ねた。


「いや、ははは…………。私もまだ若い、ということかな」


「…………」


 フリード様は視線を逸らしながら、言う。


 直感だが、フリード様に非があることを確信した。


 だとしても、ブレッドさんの怒りは尋常じゃない。


 あそこまで怒る理由って一体…………


「おかえりなさいませ、アレックス様」


 クロエさんの声がした。


「久しぶり、クロエさ……!?」


 俺は絶句する。


 クロエさんは一年前にあった時とあまり変わっていない。


 しかし、一か所だけ大きく変わっていた。


「クロエさん、怒られることを覚悟で確認しても良いですか?」


「どうぞ?」


「太りました?」


「いいえ。体は動きづらいですけど、太ったということではないですよ」


「そうですねよ」


 クロエさんの言う通りだ。


 顔や手足は前にあった時を変わらない。


 変わっていたのは腹部だった。


 腹部が大きく膨らんでいる。


「ク、クロエ、そのお腹って、まさか……」


 レイチェルも驚く。


 クロエさんは少し顔を赤くしながら「お嬢様の弟か、妹です」と宣言した。


「へ、へぇ~~、そうなんですね」


 レイチェルは上手く笑えていなかった。


 このエロ親父、やりやがった!


「あなたを少しでも信用していた私が愚かでした!」


 ブレッドさんは唖然とするレイチェルの横を通って、フリード様に迫った。


「まぁまぁ、お父様、落ち着いてください」


 怒るブレッドさんを目の前にしても、クロエさんは平然としていた。


「クロエ、あなたが中心なんですよ。というより、ブレッド、なぜ今まで気付かなかったのですか?」


 レイチェルがブレッドさんに確認する。


「私はここ半年、王都にいました。国王陛下の元で仕事をしていたのですが、お嬢様が帰宅されると知らされ、久しぶりに帰って来たら……」


 ブレッドさんは頭を抱える。


 まぁ、いきなり娘が身籠っていたら、そうなるよな。


 俺だって将来、ララやリリーにいきなり「子供が出来ました」なんて言われたら、卒倒するかもしれない。


「お父様、孫が出来たのですから、喜んでください」


「相手が問題なのだ」


 ごもっともです、ブレッドさん。


 俺は黙秘を貫いていた。


 下手に発言をしたら、面倒なことになりそうだ。


「アレックス君は私に味方してくれるよね?」


 そう思っていたのにフリード様に声を掛けられてしまった。


 おい、やめろ。


 俺を巻き込むな。


「クロエがお父様の子供を身籠った……お父様の奥さんになる……! ってことは、クロエは私のお母様になるということですか!?」


 レイチェルが言う。

 大分、混乱しているようだ。


「そうですよ。これからはお母様、と呼んで良いですよ。おっぱい、飲みますか?」


「呼びませんよ!」とレイチェルは即答した。


 まぁ、当然だよな。


「おっぱいはちょっと気になりますけど……いえ、やっぱり要りません!」


 おい!


 まだ俺の知らない君の性癖があるのかい!?


 俺が侮蔑の視線を向けているのに、レイチェルが気づいたらしく、


「違うの、アレックス! 母乳プレイに興味があるわけじゃないの! どんな味がするか、気になったの! これは知的好奇心なの!!」


「お嬢様……」「レイチェル……」


 俺とブレッドさんの声がほぼ被った。


「やめて二人とも! 私をそんな眼で見ないで! アレックスは良いじゃん。私の母乳を飲んだことがあるんだし!」


 おい!


「アレックス殿……?」


 出会って以来、一番、ブレッドさんと距離が離れた気がする。 


「ち、違うんです! 出るって知らなくて!」


 などと言う俺の弁明は、弁明になっていないのだろう。


 ブラッドさんの視線が冷たい。


「うん、君の気持ち、よく分かるから、安心しなさい」


 フリード様には肩を組まれた。


 おい、やめろ。


 俺は変態あんたの仲間じゃない!


「今も出るけど、どうする?」


 レイチェルが恥ずかしそうに言う。


「どうもしないよ!」


 ここへ来る度、俺は同じことを思う。


 つまり〝もう嫌だ、この親娘〟という感情だ。


「相変わらず、仲が良さそうで安心しました」


 クロエさんは笑う。


「…………」


 ブラッドさんは頭を抱えていた。


 口には出さないが、「まともなのは私だけか」と言いたそうだ。


「さぁ、屋敷の中へ入ろうか! 君たちの近況を聞かせてくれ!」


 フリード様は嬉しそうに言う。


「フリード様、有耶無耶にしようとしていませんか?」


 ブラッドさんが言うとフリード様は逃げるように屋敷の中へ入っていた。


「逃がしませんよ!」


 それをブラッドさんが追いかける。


「さぁ、お二人も中へどうぞ。久しぶりに紅茶を淹れますね」


 クロエさんが言う。


「あなた、身重なんですから、今日は私が紅茶を淹れます」


「お嬢様が紅茶を淹れてくれるのですか。少し楽しみです」


「今の私は昔出来なかったことが出来るようになったんですよ」


「それは良いことですね。それではお言葉に甘えて、お嬢様の紅茶を頂きましょうか」


 レイチェルとクロエさんはお互いに笑う。


 俺はララとリリーを馬車の荷台から降ろして、屋敷の中へ向かった。


 過程はともかく、新しい家族が増えたことを喜ぼうかな。

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【長編】『魔王の呪い』を受けた女勇者様を助けた結果、繋いだ手を離せなくなった。 羊光 @hituzihikari

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