幼馴染み

星雷はやと

幼馴染み


「何処に行った!? 杉村!」


 昼休みの廊下、教育指導の先生の声が響き渡った。アイツまた何かやらかしたようだ。俺はそっと溜息を吐いた。

 杉村とは、俺の幼馴染みである。勇猛果敢で情に厚い男なのだが、如何せん向う見ずな所があるのだ。大人たちを相手にするのは、高校生としてはやり過ぎな面がある。喧嘩を売る相手は選べと苦言をしているが、結果を上げたことはない。


「おぉ! 山田、杉村を見なかったか!?」

「いえ……。俺も探していたところです」


 先生は俺を見つけると、駆け寄って来た。昔から周囲には、アイツと俺をセット扱いする節がある。杉村が暴走機関車で、俺がそのストッパーらしい。だから、俺がアイツの居場所を知っていると思ったのだろう。


「そうか! 見つけたら教えてくれ!」

「はい」


 返事を聞くと、先生は来た道を戻って行った。


「……はぁ、おい。いいぞ、出て来い」


 周囲を確認し誰もいないことが分かると、俺は自身の影を靴の踵でノックした。すると、俺の影から一人の男が這い出てくる。


「優等生ちゃんが、噓ついたらいけないんだ~」

「あ? 何かやらかす度に俺の所に、逃げ込んで来る奴に言われたくない。俺が噓をつく原因はお前だからな」


 生意気にも、俺に悪態を吐く男の名前は杉村。俺はこのどうしょうもない幼馴染みを影に匿っていたのだ。いや、善意で匿っていたのではない。勝手に影に飛び込まれ、結果的に杉村を匿う形になってしまったのだ。杉村を睨む。


「いやぁん! 柄が悪くて~怖い~!」

「気色の悪い声を上げるな、語尾を伸ばすな。先生に突き出そう、そうしょう」


 飄々とした態度で、俺の言葉を躱す杉村。これ以上、甘やかすのはいけない。今日こそ反省してもらい、行動を改めさせよう。


「えっ!? それだけは勘弁して! お願いだから!」

「弁解だけは聞いてやる。今回は、何をやらかしたんだ」


 杉村は情けない声で叫んだ。嘆願など今更、無意味なことだが一応言い分だけは聞いてやる。


「校長のヅラを取った」

「自首しろ」

「何で!?」

「それはこちらの台詞だ。何をしているのだ。お前は……ほら、行くぞ」


 話しを促したことを激しく後悔した。俺は頭痛がする額に手を当てる。杉村にもきっと何かの理由があるのだろうが、それは先生方の前で聞くとしよう。俺は杉村のネクタイを掴むと、職員室へと足を動かす。


「ちょ!? え? 山田も付いて来てくれるの?」

「……一応、幼馴染みだからな」


 引っ張られながらも、杉村は目を見開いた。何時もの事だろうに、何を言っているのだ。学校の窓ガラスを割った時だって、裏山を探索した時だって俺はセットで説教を受けてきた。高校生になっても説教ばかりは嫌だと、先日の七不思議検証を止めるのが大変だった。    幼馴染みとして、この暴走機関車を放置することが出来ない。ただそれだけだ。俺の言葉で、少しでも反省をしたのだろうか?


「そこは、親友だって言うところだろう?」

「は? 調子に乗るなよ、絶対に嫌だ」


 何が楽しいのか、だらしなく笑う杉村。前言撤回だ。俺の幼馴染みに反省という言葉は存在しないようだ。

 ネクタイを強く引っ張ると、鏡の前を通った。



 〇



 小芝居を演じていると、ネクタイを掴まれ歩き出す。


「ちょ!? え? 山田も付いて来てくれるの?」

「……一応、幼馴染みだからな」


 咄嗟のことで、俺は困惑した。説教をされることが分かっているのに、何故関わるのか理解できない。すると、優し気な声で理由が告げられた。嗚呼、これが友情というものか一人納得をする。こういう時、人間たちは如何返すのだったか……。


「そこは、親友だって言うところだろう?」

「は? 調子に乗るなよ、絶対に嫌だ」


 今迄、見てきた情報から言葉を紡ぎ出す。自分でも驚くほど、頬が緩んでいるのが分かる。こんなことは生まれて初めてだ。言葉こそ強いもの、山田の表情に嫌悪感はない。そんなことを観察していると、強くネクタイを引かれ鏡の前を通る。


 必死な形相で、何かを叫ぶ男が鏡に映る。


 喧嘩を売る相手を間違えた愚かな男だ。


「お前の幼馴染み、貰うよ」


 鏡に向かって微笑んだ。

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幼馴染み 星雷はやと @hosirai-hayato

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